リボツナ3 | ナノ



5.




同じ制服を着た学生たちが興味津々といった表情で降りていくホームとは逆方向の電車を待つリボーン君とその隣のオレを眺めていく。
その視線に顔を伏せてやり過ごしていると、ほどなく電車がこちらのホームに滑り込んできた。
2駅分の乗車券を手渡されたが、どこで降りるとも聞いてはいない。
手首を握られたままリボーン君の後に大人しく従って中に押し込められると、すぐに電車のドアは閉まった。

「学校、いいのかよ?」

オレをドアの隅に追いやり、自分はその後ろから長身を誇示するように立って肩越しにオレの顔を覗き込んできた。それを横目でチラリと確認して、あまりの近さに慌てて顔を逸らすと窓の外に視線をやる。

「一日ぐらい平気だぞ」

少しも気にしていないらしいリボーン君の返事に顔を合わせられないまま気になっていたことを訊ねた。

「でも今日はマラソンがあるっ…っ、うぁ!」

獄寺くんから聞かされていた今日の学校行事のことを訊けば、上着の隙間から生ぬるい空気と一緒に自分以外の手が入り込んできた。
下着代わりのTシャツを捲られ、冷たい指が腹から肌を伝って上へと向かう。

「ツナのバイトが終わるまであそこで待ってたんだぞ。暖めてくれるよな?」

「待ってくれなんて言ってな、ひっ!」

いくら満員とはいえ人に見られたら終わりだ。相手は学生で、見た目からして冴えないオレとリボーン君とでは言うまでもなくどちらが有利なのか知れているから大声も出せない。
手摺りを握っていない方の手で服の上から蠢くそれを押さえると、今度は湿ったままのズボンのウエストから別の手が忍び込む。
寝不足と食欲不振でまた痩せたらしいオレの身体は、どうにかベルトでズボンを括りとめてはいるもののそれすらあまり役目を果たしてはいなくて、容易くリボーン君の手は中へと下ってきた。
言葉通り冷たくなっている手が下着越しに中心を撫でて、ビクリと身体が揺れる。漏らしそうになった声を塞ごうと上着の上から押さえていた手を離すと、自由になった両手が服の中で暴れはじめた。
額をドアに押し付けて口を押さえながら下を向けば、胸元とズボンの前が膨らんでいて何をされているのか嫌でも目に入る。
手摺りから手を外せないのは身動ぎしたらバレてしまいそうだからだ。
2駅分だけだと目を閉じて声を漏らさないように唇を噛むと、突然耳たぶに喰い付かれて反射的に顔を上げた。

「や…!なに、」

「何、じゃねえだろ。一回出したってのにずいぶん元気だな?」

言われてすぐに気が付いた。リボーン君の手の中で下着を押し上げている自分の起立の熱さを知って頬が赤らむ。
抑えようにも抑えきれない昂りにリボーン君の指が絡んでくびれをなぞれば、湿った下着が纏わりつくように張り付いて、それを指で擦られると息が荒くなってきた。
塞いだ手の平の隙間から漏れ出した声を聞いて、自分の手許が緩んでいたことにハッとする。
止めて欲しいと声にも出せず、首を振って手摺りにしがみ付くだけで精一杯になっていると、徐々に電車はスピードを落として、それに合わせるようにリボーン君の手が抜けていく。
鉄と鉄が摩擦を起こしてうるさい金属音を響かせながらホームへと吸い込まれていくと、後ろから鞄を放り投げられた。

「それで隠してついてくるんだぞ」

ニヤニヤと声まで笑っていることが分かる調子のリボーン君に一言いいたくて口を開きかけると、目の前の扉が左右に開いていく。
オレを追い越す人波に慌てて頭ひとつ分高い黒髪を追っていけば、オレを探す視線の余裕のなさに目を瞠る。
けれどオレを見つけた途端、今までの表情が嘘だったといわんばかりに不遜に笑うから自分ばかり踊らされているような気がして悔しい。
やけっぱちと自意識過剰だったことに照れが入り混じったオレは、勢いをつけてリボーン君に駆け寄ると渡されたバッグで前を押さえ付ける。
それを確認したリボーン君に手を引かれて駅からそう離れていないマンションへと連れて行かれたのだった。










友だちらしい友だちも居ないオレは、こうして他人の家に足を踏み入れることもはじめてで、これが普通なのかそうでないのかは分からない。
本当に人が住んでいるのか不安になるほど整頓されている室内は塵ひとつ落ちていなくて生活臭すらしないことに驚きつつも、自分たち以外の靴が見当たらない玄関からひょっとしたら自分の部屋より広いかもしれない廊下を渡り、リビングらしき広い部屋へ通された。
革張りのソファに見たこともない大きなテレビが壁に備え付けられている。こんな大画面でゲームが出来たら楽しそうだと、現実逃避をしていればリボーン君の手がオレの背中を押し遣る。
どこでもいいから座っていろと押し込められたオレは毛足の短いラグの上にしゃがみ込むと、やっと手にしていたリボーン君のバッグを床に置いて膝を立てたままそれに顔を乗せてため息を吐く。
着替えてくると言って部屋から出ていったリボーン君の足音を聞きながら、どう説明すれば肝心な部分を誤魔化せるのかを考えはじめた。

「脅されてることは言ったらダメだよな…」

正直、一人で抱えるには大き過ぎる秘密だ。だけど彼女の名誉のために、いや…自分の怠慢と独りよがりのファン心理が招いた不始末を誰に言える筈もない。
寝不足と過度の緊張が続いたせいで誰もいない空間に一人取り残されていると、緊張の糸が解けてきたのかぼんやりしてくる。どうにも意識が散漫になっていく自分に頭を振るとふとそこに目がいった。
少し時間を置いたせいで忘れていた自分の昂りがおさまっていたことに膝を抱えてから気付いてホッと息を吐く。
あれは事故だと自分に言い聞かせるように膝を強く抱えると、思い出さなくてもいい感触が湧き上がるように肌の上に蘇って慌てた。
そもそもあんな場所で自慰をしていたオレが悪いことは承知していた。だからそれをどう言い繕えばいいのかが問題だった。
へたな嘘を吐けば必ずボロが出る。頭の回転がいいリボーン君のことだ、少しの破綻も見逃してはくれないだろう。

「どうしてもシタくなって…じゃ、露出狂だと思われそうだしさ」

そう呟いていれば扉の向こうから足音が近付いてきて、ドアノブが音を立てて動くとリボーン君が見慣れない恰好で現れた。
そういえばいつも学校の始まる前に顔を出してくれているから、制服姿しか見たことがなかったんだということに気付いた。
黒いセーターに黒いジーンズと頭の上からスリッパまで真っ黒尽くめのリボーン君はどう見てもオレより年上に見える。ただでさえ等身が高いリボーン君だが、制服よりもシンプルな服装が余計に大人びているように感じた。

「何でラグに座ってんだ?」

「…オレには合わなかったんだ」

「ソファに合うも合わねえもあるか」

理解出来ないといった表情で手にしていたコーヒーの乗ったトレイをテーブルに置くと、革張りのソファに腰掛ける。
リボーン君の身体を受け止めたソファは本来の主に満足げに応えているように見えて、そのお高くとまった佇まいにムッと唇を尖らせた。

「それで?今朝のアレは説明してくれるのか?」

コーヒーを手渡されながらの言葉に顔が強張る。
どんなに考えても答えられる筈がない。だけど見られてしまったのだからなかったことにも出来ない。
受け取ったコーヒーカップからは白い湯気と香りが立ち上っていき鼻先をくすぐられた。焦る気持ちとは別の場所がそれを感じていい豆なのかなと違うことを考える。
そんなオレに痺れを切らしたのか声が掛かった。

「ツナ」

「…言えない」

「どういうことだ?」

「だから、それも言えない。」

バカだと思う。適当なことを言ってやり過ごせばよかったかもしれない。だけどそれも自分には出来そうにもなかった。
俯いていた顔を上げてリボーン君と視線を合わせると、何かを言いかけたのか開いていた唇が閉じた。
切れ長の瞳が伏せられ、睫毛が目元に陰を落とす。彫りの深い顔はまるで彫刻のようにも見えて意外に長かったリボーン君の睫毛の先がわずかに動くことをぼんやりと見詰めていると、ゆっくりと黒い瞳があらわれた。

「聞かれたくないってことだな。なら聞かない代わりに付き合え」

「…どこに?」

それとも何にだろうかと首を傾げていれば、呆れたといわんばかりに白けた表情がオレの顔をなめた。

「ふざけてんのか?」

「全然。そっちこそオレからかってもバカだから分かんないよ」

リボーン君の意図が読めずに眉を顰めて見上げていれば、手にしていたカップをテーブルに置いた白い手がこちらに伸びてくる。
ぐっと襟元を掴み上げられ、息苦しさに膝をつけて身体を上げると目の前を影に塞がれた。
自分以外の温かさと、コーヒーの匂いのする息が唇の上をなぞる。

「ん…」

視界を塞いでいるそれはリボーン君の顔で、唇に触れているのは彼の唇だと理解したのは、ぼやけていた輪郭がはっきり分かるほど距離を置かれてからのことだった。


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