リボツナ3 | ナノ



4.




身支度を整えてファーストフード店員の証である帽子を頭の上に乗せる。
鏡の中のオレは先ほどまでの淫猥の耽りを色濃く残した顔色をしていて、こんな顔を見られたというのによくも獄寺くんにバレなかったとさえ思うほどだ。
拭い取られたせいで一見して綺麗に見える手をせっけんで洗い流しながら、朝の冷たい水を顔に浴びせ掛ける。
しゃっきりというより、縮こまるほど冷えた水道水に身を震わせながらもどうにか普段の自分を取り戻そうと足掻く。頭を振り、水滴を滴らせた髪ごと顔を拭った。
顔を合わせることが怖いと思いながらももう一度鏡で帽子の位置を直してから店の中へと踏み入れる。

「いらっしゃいませ!」

という自分以外のアルバイトの声に反応して同じ言葉を口にする。そろそろ2人で回すことも難しい時間になることに気付いて顔を上げると、お客さま用の出入り口で長身を扉に預けたままオレを眺めていた視線とかち合った。

「あ…うぅ…」

オレを待っていたと言わんばかりの表情で笑い掛けられて顔が赤らむ。否が応でも先ほどのあれを思い出して慌てて顔を背けると、オレの後ろを追うように店内へと入ってきた。
リボーン君の方を向けないまま、レジにいたバイトのおばさんに声を掛けて変わる。するとそれを待っていたのかリボーン君がレジの向こうに立った。

「いらっしゃいませ…今日は何になさいますか?」

羞恥と恐怖に頭を押さえつけられながら顔を上げられずに声を掛ける。それに小さく笑う気配がしてビクリと肩を震わせていると、いつもと同じ口調が頭の上から降ってきた。

「いつものヤツな、」

「…かしこまりました。獄寺くん、ホットサンド一つ!あとコーヒーミディアムで」

オレの声にすぐ返事をした獄寺くんとバイトのおばさんが支度に取り掛かり、オレとリボーン君から視線が離れた。
顔も上げられずに手元だけを見ていれば、リボーン君の手が千円札を差し出してきた。

「千円をお預かりしま、」

いつものようにレジ台に身体を乗り上げているから背後にいるリボーン君のおっかけには分からないだろう。獄寺くんも、バイトのおばさんもこちらを見ていない。
そんな状況で千円に伸ばした手をぐっと握られて、飛び上がるほど驚いたが声は出せなかった。

「バイトが終わる7時過ぎにそこの駅前で待ってる」

やっぱりかと目の前が真っ暗になる思いでどうにか頷いた。
どうしてあんな場所であんなことをしていたのかという興味があるのだろう。だけど理由だけは言えない。
オレの返事を確認したリボーン君の手が離れたと同時に後ろからコーヒーとホットサンドがトレイに乗せられた。
慌てて会計を済ませるとお釣りを渡して湯気を立てているトレイごと押し付ける。

「ありがとうございました!!」

頭を下げたままのオレにつまらなそうに鼻を鳴らすと、リボーン君はいつもの席へと遠ざかっていった。
それにホッと息つく暇もなくお客さまが来店して、結局時間までそれが途切れることはなかった。








まだ少し湿っているズボンの前を隠しながら着替えを済ませると、同じ時間にあがった獄寺くんに手を振って彼の学校の正反対にある駅前へと向かった。
聞いたところ、リボーン君は獄寺くんと同じ学校の1年先輩ということらしいのだが、それ以外に色々と逸話を持っているらしい。
真偽は定かではないが、本来は博士号まで習得済みで学校へは気まぐれで通っているとか、この近辺の男子高校生を裏で操っているとかまで言われている等など。
なんと言っても店長にすら頭を下げない獄寺くんが、何故かリボーン君の言葉には従うということがそれを裏付けているようで少し怖いと思っていた。
それがだ。
バイトに入った当初はオレのことを散々バカにしていた獄寺くんが、リボーン君と少し話す仲だということを知ってからオレの言うことだけは素直に従うようになった。今では獄寺くんを動かしたければオレということになっている。
いつの間にやらリボーン君はオレの新しい生活に溶け込んでいて、それを今更否定する気になはならいが、得体の知れないところは健在のままなのだ。
結局のところオレは店で彼と会話する以上のことを知らない。知らなくていいと思っていた。
だから学生と会社員で賑わう駅のロータリーで、人待ち顔で長い脚を投げ出すようにベンチに座るリボーン君を見付けて思わず足が止まった。
逃げたい。
全部忘れたフリをして逃げ出してしまいた。
足が張り付いたように地面から離れられなくなっていると、横を向いていた視線がこちらを捉えた。
スッと細められた瞳にビクっと身体を震わせれば、ゆったりとした動作で立ち上がり向かってくる。
通学中の女子高生や通勤で駅に向かう会社員たちの波に逆らっているというのに、まるで人波が割れるように邪魔されることなくオレの前までやってきた。
チクチクと頬に刺さる視線を感じて自分が見られていることに気付く。何か言わなければと思うのに人の視線が気になって口が開かなかった。
顔も上げられずに俯いていると、リボーン君はおもむろにオレの手を鷲掴み駅に向かって歩き出す。
それについていけずに転びそうになると、足を止めてオレの肩を掴んで受け止めてくれた。

「ボヤボヤしてると人に跳ねられるぞ」

「跳ね…いや、これからどうするんだよ?」

まさかリボーン君の学校に付き合わされる訳じゃないと思いながらも、てっきり早朝の件を訊ねられるとばかり思っていたから付いていけなかっただけだ。
少しばかり足の長さが違うこともあるかもしれない。
いつもの様子で話すリボーン君に気を緩めて顔を合わせると、オレの鼻先より上にある顔が人の悪い笑みを浮かべた。

「こんなところで聞かれてえのか?」

「ッッ!」

返す言葉も失って目を見開く。
勿論こんな公衆の面前でする話でもない。
大人しくなったオレの腕を引きながら自動券売機の前に来ると下を向いて従うオレに声を掛けてきた。

「で?ツナの家はどこなんだ?」

「…どうして教えなきゃならないんだよ」

たかる気なのかと身構えると、眉間に皺を寄せて顔を近づけてきた。

「どうしてだと?人の話も聞いてなかったのか?ここじゃ話せねえって言っただろう」

「そ、そうだけど」

くっ付きそうなほど顔を寄せられて慌てて身を引く。それでも手を握られたままだからそれほど逃げられる筈もなくうろたえた。

「嫌ならうちでもいいぞ」

こんな状況じゃ逃げ切れないのは分かる。しかもここじゃ周りの視線が痛い。
こうしてリボーン君と近付いているだけで好奇と嫉妬の視線が注がれておちおち話も出来ないのだ。
オレをジッと見詰める視線は揺るがなくて、返事をしなければずっとこのままだと知れた。
それ以上の視線に耐え切れなくなったオレは項垂れるように俯きどうにか口を開くと、張り付いてしまっていた喉の奥から声を絞り出した。

「それじゃ、そっちの家で…」

そう返事をしたオレにリボーン君はニヤリと笑っていたことを、オレは知りえなかった。


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