リボツナ3 | ナノ



1.




ありがとうございましたと頭を下げつつ、噛み殺しきれなかった欠伸が喉の奥で妙な声になった。それに気付かないのは相手がドライブスルーのお客さまだからで、後ろのキッチンからは同じく欠伸が聞こえてきた。

「眠いっスよね!」

「確かに。でも朝は始まったばっかだから頑張ろうか」

「はいッ!」

元気のいい返事をする同じバイトの獄寺くんに笑いかけて、それから朝メニューに変わった店内を見渡した。
24時間営業のファーストフード店。
今は5時を回ったばかりで通常のメニューはなく、安価で手軽なメニューが並んでいる。平日の朝の時間なんて店を開けているのも勿体ないぐらい客足はまばらだが、まったくお客さまが来ないという訳でもない。
不況の波が厳しく冷たい昨今では並み居る喫茶店が店をたたみ、代わりにこういったファーストフードが台頭している。だからこそオレみたいな出来損ないにも職があるのだからありがたいといえば、ありがたい。
ニートよりはマシだよなとふと、ここにアルバイトに入るキッカケを思い出しかけて慌てて頭を振っていれば2つある出入り口の一つにお客さまの影が見えて顔を戻した。

「いらっしゃいませ!」

思い出したくもないというより、触れたくもない秘密なのにと自分の馬鹿さ加減を押し遣りながら笑顔を浮かべると、毎朝の常連さんが顔を覗かせた。

「どうしたんだ?腹でも痛いのか?」

そう言いながら近付いてきたのは近所の高校に通うリボーン君だ。
バイトの獄寺くんと同じ高校生だが、妙に大人っぽい彼はほぼ毎日顔を合わせるほどウチのファーストフードを贔屓にしてくれている。
ゆえにというかオレの童顔が悪いのか、気安い口調でこうして声が掛かるのだが彼目当てでここを利用している女の子たちにはいらぬ焼きもちを妬かれるので辟易していた。今もこちらを睨むように見詰めている女の子の視線が痛い。というか怖い。

「や、大丈夫だよ。それより今日は何にする?」

さっさと注文を取ってしまおうと朝のメニューを差し出すと、それを受け取らずに肩を竦めていつものとだけ口を歪めながら言う。コーヒーとホットサンドのセットは朝の人気メニューだが、それをこんなに嫌そうに注文するお客さまもそうはいない。

「あのさ、毎回思うんだけどウチのコーヒーそんなに不味い?」

「美味いとでも思ってんのか?」

問いかけを問いかけで返されて眉が情けなく寄った。

「う…でもさ、ならどうしてウチに通うんだよ?」

安いとはいえ、そこまで致命的なら来なけりゃいいのに…と思わず本音が漏れそうになって、慌てて口を塞ぐとハッと鼻で笑われた。

「どこ行っても同じだからな。だったらこっちの方が顔馴染みがいる分、気楽だろう?」

「まいど!」

どこも似たり寄ったりだからという言葉に苦笑いで返すと、後ろから声が掛かる。

「沢田さん、あがりました!」

「あ、はい…っと。お待たせしました!」

いいタイミングでの横槍に会話を終わらせることに成功したオレは、リボーン君にトレーを渡してお金を受け取るとそう頭を下げた。

「…この鈍感が」

「は?」

そんなオレの頭の上にボソリと何かを呟いたリボーン君の声が聞こえて慌てて頭を上げる。しかし顔をあげれば既に片手でトレーを持つリボーン君とそれを追う女の子の背中だけが見えて聞き取れなかった言葉に首を傾げるだけだった。
呼び止めるのも悪いかとそれを眺めていれば、イヤホンからドライブスルーのお客さまの声が聞こえてすぐにそれも忘れてしまう。仕事中だったと思い出したオレは、イヤホンを掛け直すと笑顔を作りながら注文を聞くためにレジから離れていった。

それを眺めている人影があるともとも知らずに…。















深夜から朝にかけての時間をどうにか乗り切ると、今から学校だという獄寺くんと別れて自宅へと帰る。陽は洋々と高く空に浮かび、一晩勤労してきたオレの睡眠を妨げようと照り付けていて、今日もまた眠りが浅ければこれで3日寝ていないことになるなとため息が漏れた。

「…メール、来てるよな」

見たくもないが見なければどうなるのか分からないからそれも出来ない。
寝不足で頭痛のするこめかみを揉みながら肺が空っぽになるほど息を吐き出した。


事の起こりは3ヶ月ほど前の一通のメールからだった。
その頃のオレはいわゆる『ニート』といわれる無職で、大学は出たけれど働き先が見つからずに家でゲームばかりをして過ごしていた。
そんな折、とあるネット配信のゲームにハマりネットに手を伸ばしたことがきっかけだったと今なら分かる。
普段なら絶対に仲間なんて探さないのに魔が差したとでも言うのか、たまたま募集を見かけてニートの気軽さと鬱屈した気持ちを吹き飛ばすように仲間に入れてもらったことが始まりだ。
そこで知り合ったのが件の『黒い暗殺者』という人物だった。
ハンドルネームなんて大概が中二病を患っているようなヤツが多くて、そいつも学生だろうなとタカを括っていたオレは、そいつの的確すぎるシューティング力と攻略方法に度肝を抜かれた。
仲良くなったというほどでもないがメールのやり取りをするようになり、他の仲間たちとは別に2人だけで時間を忘れて別のゲームに挑むこともあった。
その時のオレは半ば自暴自棄の状態で、とにかく現実と向き合うこともせずにゲームとネットばかりをしていた。
だからかもしれないと今でも思う。その報いがこうして自分に降りかかっているのだと。



家に帰れば、ちょうど母さんは買い物なのか誰もいなくてホッと息を漏らした。今は誰にも会いたくなかったからだ。
キッチンにはバイトから帰ったオレ用にだろうご飯の支度がされていて、けれどそれを見ても少しも食欲が湧かない。悪いとは思いながらも横目でそれを無視しながら冷蔵庫から飲み物だけ取り出してキッチンから抜け出した。
ギッギッと鳴る階段を上がると自分の部屋が目の前に現れる。片手で飲み物のペットボトルを抱えたまま、もう片手でドアノブを回して空気の入れ替えをされている自室へと足を踏み入れた。

「疲れた、眠い…」

だけど眠れない。
引き寄せられるようにパソコンの電源を入れて立ち上げると、部屋の窓を全部閉めて遮光カーテンもすべて引いたから真っ暗になる。
すぐにOSが起動して暗い部屋の中にそこだけがポツンと明るくなった。

「やっぱり、な」

すぐにメールを開けばたくさんの迷惑メールの中から一通だけ見覚えのあるアドレスが出てきて苦い笑いが零れる。こんな風になるなんてあの時は思ってもみなかった。ただ初めて出来たネット経由の『トモダチ』に浮かれていた自分が哀れだと思う。
そうして今日の「指示」を確認すべくメールを開くためにマウスを手にした。


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