リボツナ3 | ナノ



1.




珍しく朝一で登校したのには訳がある。
別にチョコを貰えるかも!だなんて期待は一ミクロンもなかったし、そもそも今日はバレンタインだなんて覚えてもいなかった。なんて、それは言いすぎか。
商魂逞しい日本企業の尽力のお陰で、2月はバレンタインがあるということは誰でも知っている。
だが、オレのように縁遠い男には14日なんてみじめになるだけのイベントでしかない。
だからいっそ忘れてしまえばいいのだとカレンダーから目を逸らして、ついでに家の時計についているカレンダー機能も止めてみたら何故かアラーム機能まで停止していた。

バタバタという滅多にない母親の騒がしい足音で目を覚ましたオレは、どうやら止める際に電池まで外してしまっていたことに気付くも、そんな情けないことをしていたと母親に話せる訳もなく急き立てられるままに家を追い出された。

止まったままの7時30分が、一体何時だったのかも確かめもせずに。

そうして人気のない通学路を歩くにつけ、どうやらこれはいつもより早いと思いはしたものの今更帰ることも出来ずにこうして下駄箱の前に立っていた。
靴を手によれた上靴を取り上げて、それからいつものように突っ込もうとして手を止める。
見覚えのない白い封筒が置いてあったからだ。
担任が忘れ物の多いオレを驚かすためにびっくりでも仕掛けたのかと、違う意味でドキドキしながらそれを手にした。
表には「沢田綱吉様」ときちんと書かれている。入れる場所を間違えてもいないが、担任の汚い文字でもない。
後ろを確認しても何も書かれてはいなくて、クラスメイトの悪戯かとため息を吐きながらそれでも中を確認すると。

「う、そぉ…!」

直接お会いしてお話したいことがあります。朝のHRが始まる前に屋上でお待ちしています。

誰もいない昇降口で顔を赤らめて叫び声を上げた。








それでもまだ半信半疑だった。
当たり前だ。
何せオレはダメツナとあだ名されるほどのダメ男。
勉強はいつもビリから数える方が早く、運動も全然ダメ、身長は女の子たちと変わらないか低いくらいで顔もどこにでもいる普通の中学生といったところなのだから相手の気がしれないと思ってもなんら不思議はない。
100%悪戯だと分かってはいても、もしも本当だったらと期待する気持ちもない訳でもない。総じて不安9割期待1割の心持で屋上へと足を運んだ。

早朝練習をしている運動部員たちの声が遠くから聞こえてくる。
本来ならば鍵が掛かっていて立ち入ることなどできない屋上だが、その錠が壊れていてコツさえ分かれば誰でも出入りが可能になっている。
だから昼休みなどはクラスメイトの山本や獄寺くんとお弁当を食べたりすることもある屋上の扉の前に辿り着くと、いつもはない緊張にごくんと喉を鳴らせながらその取っ手に手を伸ばした。

握ってはまた離して、そして握る。幾度か繰り返してからぎゅっと目を瞑るとそっと音を立てないようにしながら取っ手を回す。
恐る恐るドアの隙間から屋上の先を覗き込んだ。
すると。

「今日は珍しく遅刻寸前じゃねぇんだな、ツナ」

とあっさり話し掛けられてドアの前でビクリと肩を震わせた。
それも道理でどうしてここにこの人物がいるのかが分からない。
どちらかと言わなくても、今日のような日には追い駆けられる側の人物が何故ここにいるのか。
それでもクラスメイトの悪戯でなかったこに心底ホッとしながらも、可愛い女の子でなかったことに少なからずガッカリと肩を落としてドアを開けその人物の前に歩み出た。

「先生こそ、どうしたんですか?こんな早くに、こんなところで」

去年の9月から臨時教諭として勤務しているリボーン先生はイタリアから来た数学教師だった。
母国語であるイタリア語から英語、フランス語、ドイツ語と他にも数カ国の言葉が分かるらしいというのにである。
語学に堪能で理系もばっちり、身長も190に届かんという高身長の上に顔もとてもよろしいのだから女の子たちのハートを鷲掴みにしていることは周知の事実だった。
また数学のテストが悪かった話だろうかと哀しくなりながらも、それでもトボトボとリボーン先生の前に歩み出ると突然何かで視界を塞がれた。

鼻先に押し付けられた冷たさとそれから甘い香りに驚いて瞼を上げれば目の前がパステルカラーで埋め尽くされていた。
何だ、どうしたと目を白黒させて上げた視界の先でリボーン先生の手が伸びてくる。
ぐいっと腕を引かれて、押し付けられていたそれを抱えさせられながら背中に腕が周ってきた。
腕の中のそれが花束だと分かったところで何の足しにもならない。どうして先生の腕がオレの背中に回っているのかが理解できないのだから。
声にならない絶叫を上げているオレを無視して、オレより随分と高い位置にあった顔を下げると頬にくっ付かんばかりの距離からそっと囁かれた。

「好きだぞ、ツナ」

「…」

これはアレだ。夢なんだ!と全力で現実逃避をしているというのに、間近に迫った顔は段々と甘い雰囲気を濃くしていく。
いわゆる恋人同士の気配ってヤツじゃないのかと慌てるオレを尻目に近付いてくる顔を花束でガードすると懲りない顔が、今度は上から迫ってきた。

「何するんですかっ!」

「お子様だな、ツナは。一々言わねぇと分かんねぇのか?キスだぞ。日本語で言うと接吻てヤツだな」

よくそんな言葉まで知っているものだ。天才となんとかは紙一重と言うが、リボーン先生もそれなんじゃないのか。
なんてことを思う間もなくまた迫ってきた。

「ちょ、ヤメ…だから、どうしてオレと先生がそんなことしなきゃならないんだよ!」

ファーストキスですらまだなのだ。何かの嫌がらせにしても嫌すぎる。
必死で抵抗していればチッと小さい舌打ちが聞こえて、少しだけ拘束が緩んだ。

「どうしてだ?今日は男に告白してもいい日なんだろう。そう聞いたぞ」

真顔での問い掛けに顔が引き攣る。
誰だ、間違った情報を流したヤツは。情報はきちんと正確に伝わらなければ意味がないのだと知ったが、それが今後のオレに役立つかは不明だ。
慌ててブンブンと頭を横に振ると、オレの腕を掴んだままでリボーン先生が首を傾げた。

「違うのか?」

「違うっていうか、そもそも男が男に告白なんてしないだろ!女の子が男に告白する日なの!」

一番最初が間違っていると伝えると、リボーン先生は色っぽいと噂の切れ長の瞳を瞬かせてマジマジとオレを見詰めた。

「本当か?」

「本当ですよ!」

「そうか…日本は色々とモラルの薄い国だからそれぐらい当然だと思っていたぞ」

どれだけ奔放な国だと思われているんだろう。それは極一部の変わった人だけですと答えたかったが、そういえばクラスにもだいぶ変わった趣向の女の子たちがいることを思い出して口を閉ざした。
山本がオレの肩に手を置くたびに、獄寺くんがオレの言葉に瞳を輝かせるたびにキャアキャアと騒いでいる女の子たちがいることも事実だ。
そしてエロ本もかなり際どい。
否定する材料が見当たらず、黙ることでこの場を切り抜けようとしたが、それもやはり通じなかった。

「それはそれとして、受け取ってくれるか?」

「う、や、それは…」

先生は男前だ。誤解していたと分かってもあくまでそれはそれとしてきちんと自分の気持ちを伝えてくる。
逃げることしか考えていないオレとはまったく違うのだと突きつけられて突っ撥ねることも出来なくなった。
断ればいいのに、それも出来ない自分が分からない。
花束を手にしたまま、緩んだ腕から後退りしたオレは後ろも振り返らずに屋上から逃げ出した。


2011.02.07


タイトルをhakuseiさまからお借りしています



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