リボツナ3 | ナノ



1.




先生はモテる。
老若男女問わず、それはもう道を歩けば棒に当たるように、先生が廊下を歩けば女子生徒が横といわず前後にまで連なっていくほどだ。

先生はオレのなのに!

なんて言える訳もない。
だって好きですって言ったけど、分かったって言われたけど、それ以降もなんにも変化はないのだから。
あれっていわゆる大人の対処ってヤツだったのかな?
分かったっていうのは、ただ受け止めただけ?

そうか、嬉しいぞ。って言ったのは大人としての社交辞令だったのか、それとも本当に特別なのかが知りたいよ。
言ってくれなきゃ分からない。だってバカだもん。
教えて、先生。






夕暮れまでにはまだ時間のある放課後。
数枚のテスト用紙を手にした担任のリボーン先生が、その一枚一枚を手にしてハァー…と深いため息を吐く。
同じくオレもため息が漏れた。

「…お前な、中間はそこそこだったのに何で期末でこんな点を取るんだ?真剣に進級できなくなるぞ?」

「…」

いい訳もできなくて、目の前の机の端に視線を落としていると頭をひとつ叩かれた。握りこぶしが脳天に直撃して目から涙が出るほど痛い。
涙目でリボーン先生の顔を覗くと柳眉が跳ね上がっていた。
男らしいのに端正なその顔からは生徒を心配する先生の心情しか覗けない。それが悲しい。

「仕方ねぇ、教えてやるからやり直せ。」

「嫌だ。」

「…なんだって?」

「い・や・だ!うちで直してくるから、もう帰っていいだろ?!」

顔を見ていたくなくて、先生の手からテストを毟り取るとプイっと横を向いて鞄を手に立ち上がる。
掴まったら負けだと急いでその場から逃げ出すと、後頭部に衝撃が走った。バン!とでかい音を立てて何かを頭にぶつけられた。
一度ならずも二度までも。

あまりの痛さに頭を抱えてうずくまっていると、先生の靴が目の前にきた。
オレの頭を直撃して床に落ちた日誌を拾うと、頭の上から無言の圧力が掛かる。
怖い。怖いがオレだって今日は引く気はない。

「酷いだろ?!これ以上バカになったらどうしてくれるんだよ!」

「そんときゃ責任取ってやんぞ。」

どんな責任の取り方だろうか。頭を解剖されそうで恐ろしい。
でもそんな先生が好きなのに。
我慢しようとしても、うううっ…と情けない声が漏れた。

「何泣いていやがる…」

「頭を二度も叩かれたからだよ!」

そういうことにしといて欲しい。
頭も痛いが胸も痛くて、気が付けばポタポタと涙が床に落ちていた。

好きですなんて言わなきゃよかった。
嬉しいなんて言わないで欲しかった。
男同士だっていう時点で諦めればよかったのに、バカなオレは気付いた瞬間に言ってしまったのだ。

制服の袖で拭っていると、目の前にハンカチが現れた。きちんとアイロンのかかっているそれに女性の影がちらついて余計に惨めになる。
それでもハンカチを借りると、顔を拭いたついでに鼻もかんでやった。

「おまえ、それを教室のゴミ箱に捨てるなよ?」

「なんで?買って返すよ。」

分かっていて嫌がらせをしたのに、何故かピント外れなことを言い出す。どういう意味だろうか。

「ストーカーが喜んで取りにくるぞ。」

「…いないよ、そんなの。」

怪しいヤツはいるけど。
そう言うと握っていたハンカチを取り上げられた。

「それで、今度はどうした?」

座り込むオレの前にしゃがんで顔を覗きこまれる。見られたくなくて慌てて横を向くと追ってきた。

「なんでもない。」

「なんでもなくねぇだろうが。おら、吐け。」

顎を掴まれて迫ってくる顔を手で押し退けると今度は手首を掴まれた。ぎゅうと握られた手が痛い。

「痛…っ!」

酷い。女の子たちはもとより、オレ以外の男子生徒にだってこんな酷い扱いはしないのに。何だってオレばっかりこんな目に遭うのか。
気心が知れてると思っていたけど、本当はどうでもいいってことなんだろうか。

オレがあんなこと言ったから?嫌いになれってこと?
諦めろってことなら、最初からはっきり言えばいいじゃないか。

「ツナ…」

唇を噛み締めて意地でも涙を零さないようにと堪えていれば、それをじっくりと穴が開くほど見詰められた。
こんなときでも見詰められれば心臓は煩く脈打つし、顔はどんどん赤くなっていく。
だって好きなんだ。諦めなきゃならないのは知っていても、それでも諦められないくらい好きなのに。

昨日の帰り道、獄寺くんとDVDを見ようとレンタルショップで幾つか借りて出てきたところで丁度見てしまったのだ。リボーン先生が妙齢の美人と車に乗っているところを。
学校の女教師でもなく、女子生徒でもない。見たことのない女の人で、とても綺麗な人だった。
お似合いだとそう思ったほど。

モテる割に今まで女性の影が見えなかったから安心していた。なのにあんな美人と仲睦まじいところを目撃してしまって動揺した。
あまりのショックに獄寺くんを置いて泣きながら家に帰ったなんて誰にも内緒だ。

あの人だ誰だと聞きたいのに、聞く権利があるのかすら分からない。
そんなあやふやな現状が苦しくてたまらないのに。

零れそうになった涙を上を見ることで堪えると、鼻水は垂れてくる。それを啜ってやり過ごす。
それを見ていた先生に身体ごと引き寄せられた。
間近に迫った顔に驚いていると、その顔がぼやけて眦に暖かくて柔らかい何かが触れる。

涙を吸い取られたのだと分かったのは、もう片方の目じりから涙が頬を伝い落ちてからだった。その流れた涙まで舐め取ってまた顔を覗き込む。

「我慢にも限界があるんだぞ?」

そんなことを言いながら近付いてきた影が、あっという間もなく唇に落ちてきた。
柔らかい感触と暖かさにそれが先生の唇だと気付く。
キスされてるんだと分かった瞬間、慌てて目の前の身体を突き飛ばした。

けれど転がったのはオレだけ。
先生はといえばその場で尻餅をついたオレの腕を取って教壇の上に座らせる。
意味も分からない行為に逃げようと腰を浮かせたところを逆に転がされた。

「なななに?!」

教壇の上に仰向けになったオレは、それでも必死に手で突っ張ると抵抗した。
それさえものともせず手を取られ頭の上で一纏めにされる。
自由になる足をバタつかせていると上からボソっと聞こえてきた。

「…好きだぞ。」

「へ…?何か言った?」

「チッ…だから好きだっつってんだろうが!」

「へー…ぇ。……えっ、ええぇぇえ?!なっ、ウソだぁ!」

やっと聞き取れた言葉に、嬉しいよりも疑心が芽生える。
眉間に皺を寄せてオレの上に居座る先生を睨みつけるも逆に先生に睨まれた。

「誰がそんな嘘吐くんだ。」

「だって…昨日一緒に居た人…」

「昨日?……昨日は獄寺の姉とたまたま買い物先で居合わせて送っていったぐらいだぞ。途中で獄寺とも会ったからついでに乗せてな。」

「…」

本当だろうか。
下から見上げる顔は嘘を吐いているようには見えない。
信じたいと思っていると、視線の先の顔がニヤリといい笑顔になった。

「誤解して泣いてんのか?」

「ちが…!」

「オレが何も言わなかったから諦めようとしたんじゃねぇのか?」

「うっ…」

言い当てられた恥ずかしさに顔がどんどん赤くなっていく。
逃げ出したくても逃げられない体勢に、先生の身体の下でもがいていると顎を掴まれて口付けられた。
ぴったりと重なったそれにどうしていいのか分からない。

息を止めてされるがままでいると、唇をぬめった何かがなぞっていった。
訳が分からないながらも、なぞられる度にゾクゾクする感覚が増していく。
その内に息が苦しくなって口を開いて空気を吸おうとすれば、それを狙っていたのかぬめったそれがするりと口の中に入ってきた。

わずかに吸った空気よりも口中を這うそれに気を取られ、瞼を瞬かせた。
最後に音を立てて吸い取られてから、やっとそれが先生の舌だったことに気が付いた。

「ふっ…はぁ…」

思う存分空気を吸いながら離れていった唇を視線で追う。湿った唇が自分のそれに重なっていたのだと思うと身体中が熱くなる。
こんな風に熱くなった身体をどうすればいいのか分からない。

顎を取られたままで居心地も悪い。
バツの悪さに視線を横に逸らすと顎からそろりと手が下に降りて適当に結んであるネクタイを解きにかかった。

「な、にするの?」

「…最初が教室ってのも、らしいか?」

「は?」

「本当は先週の土日がよかったんだがな…」

「だから何が?」

目一杯不安になってきた。
だってこの人はリボーン先生だ。
他の人には優しいけど、オレには情けも容赦もない。

悪寒が背筋を這うも、先生から逃げられないとこなど分かっている。
恐る恐る訊ねると、ものすごくイイ笑顔で言われた。

「ヤルぞ。」

なにを??


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