リボツナ3 | ナノ



8.




「ムダだぞ。逃げても人を使って探すだけだ。」

後ろからかかった言葉に慌てて振り返ると、寝ていた筈のリボーンがゆっくりと起き上がる。
熱の引いた後の身体はまだ節々が痛むのか柳眉を顰める表情に、駆け寄りたい衝動に駆られたが、どうにか踏み止まる。

負けまいと引き締めた表情の先で、ベッドの上から胡坐をかいたリボーンが両手を広げた。

「来い…」

「っっ!」

「どこにも行くな、傍に居ろ。」

傲慢に言い放った一言に腹が立つより涙が零れた。
逃げ出そうと思えば逃げられるのに、足がそこから離れることを拒否している。
だけどリボーンの傍に行くこともできないとその場で立ち竦んだ。

見詰める顔がふと歪むと、広げた腕はそのままでいきなり喋り出した。

「…一番最初に会った時のことは覚えているか?」

「食堂で突然話し掛けられて…」

突然変わった話の矛先に戸惑いながらも返すと頭を横に振られた。

「違うぞ、その前だ。その前の日に両手一杯の資料を廊下にぶちまけただろう?」

言われて記憶の底をほじくり返してみるも綺麗さっぱり忘れていた。
オレの表情を見て察したのだろうリボーンは、まぁいいと一つため息を吐くとまた話の続きを喋り始めた。

「会議で必要だったんだろう、重役が使う資料を社長室のあるフロアーまで借りに来たお前は分けて運べばいいのに目一杯抱えてエレベーターに乗り込もうとしていた。」

そこまで言われて引っ掛かるものが出てきた。滅多に行くことのない重役たちのいるフロアーに足を運び、とにかく一度で用事を済ませたいと欲を掻いてすべて抱えていたことを思い出す。

「だが、やはりムリだったんだろう…エレベーターの前で蹴躓くいたお前は、大事な資料を廊下にぶちまけた…」

「そうだ…その時一緒に拾ってくれた人が居た。年若かったし、重役じゃないと思って…とにかく急いでその場から逃げ出したかったからその人の顔も見ずに逃げ出したんだっけ…」

「それがオレだぞ。」

「え、ええぇぇえ?!」

よくよく思い出してみれば、リボーン以外にありえないと今なら分かる。
あの場所に自分と同じ歳くらいの人物が社長室から出てくる訳がない。だけどその時は深く考えずにおざなりに礼を告げると逃げ出したのだ。

「その時は社長の顔も分かってないなんてこいつバカなんじゃねぇのかと思ったな。」

「ひどっ!」

「それでもお前のそのアホ面が忘れられなくて、食堂に顔を出したら居るじゃねぇか。そう言やお前はよく食堂に居たってことも思い出してな…声を掛けてやったのに昨日のことをさっぱり忘れていやがって…」

「ご、ごめん…」

ううううっ…オレって本当に間抜けだ。恥ずかしさに身体を小さく縮めていると、くくくっと肩を震わせてリボーンが笑い出した。

「だからもう忘れられないようにしてやろうと思ったんだ…沢田の息子だったのはただの偶然だな。」

ニヤリと笑う顔は悪びれがない。
どこまでも我が侭自侭なリボーンはただそれだけのためにオレを秘書課に入れたというのか。

「…バカはどっちだよ。」

オレみたいに仕事も碌にできないヤツを傍に置いておくなんて正気の沙汰じゃない。
社長秘書なんて一つ間違えればとんでもない損害に発展しかねないポジションだというのに。
それを分かって傍に置いたというのか。

ドアに凭れ掛かっていた身体から力の抜けていく。
ずるずるとフローリングの床に尻餅をついて呆然とリボーンを眺める。

「変化を嫌うお前から動くことを待っていた。無理矢理じゃこっちも寝覚めが悪ぃしな。」

「充分、無理矢理だっただろ?!」

突然秘書課に配属されたことも、襲われたことも。
だけどその言葉の意味も分かった。今更逃げても遅いということも。

「…無自覚に誘うツナに何度襲っちまおうかと思ったことか。」

「い、言い掛かりだ!オレは誘ってなんか…」

「好きだよな?…オレの傍から離れてもいいくらい愛してんだろ。」

「バッ…!どこまで自信家なんだよ!」

言いながらも徐々に赤く染まる全身と、秘密にしていた気持ちを指摘されて呼吸困難になった。
いつからバレていた。どこでバレた。

「しょうがねぇ…一個だけ逃げ道を作っておいてやる。お前が居るなら女とは分かれる。居なくなるなら逆戻りだ。」

「脅しかよ!」

突っ込むとニッと口角を上げた顔は、意外にも不安が覗いていた。
だがそれもこいつの手なのかもしれない。
だけど…

力の抜けた足で這ってベッドまで近付くと、広げた腕の中へとおさまった。
ぎゅうと身体に抱きつけば抱き返してくる腕に包まれて蕩けてしまいそうになるほど気持ちがいい。

罪悪感はある。
また逃げ出したくなることもあるだろう。
けれどこの瞬間だけは大事にしたい。

「いいか、傍に居るんだぞ?」

その言葉に嬉しく思ったのは本当だったというのに。









月曜から普段通りの毎日が始まった。
社長と社長秘書という関係に変わりはない。
そこに恋人という新たなエッセンスは加われど、日々の仕事に忙殺されてそれさえ忘れかけるほどだった。

やたらとボディタッチをする以外は、襲われることなく一週間を終えた金曜日。
落ち着いたのかとホッとしたり、実は飽きられたんじゃないのかと密かに落ち込んだりしていた帰り間際に送っていってやるとリボーンの車に押し込められた。

「…あのさ、こっちオレんちの方向じゃないんだけど?」

隣でハンドルを握るリボーンはそれを聞いて楽しそうに口角を上げただけで返事をしない。
向かう先は多分、リボーンの住むマンション方面ではないかと思うのだが…

何も言わないリボーンは、そのまま華麗なハンドル捌きを披露してくれながらも見覚えのある建物へと車を滑り込ませていった。

「着いたぞ。」

「イヤイヤイヤ!ここ違うし!送ってくって言ったよな?だったらオレんちに行くのは当然だろ?!」

ミッション越しに乗り越えて怒鳴っても、ニヤリと笑う顔はそのままで一人先に車を降りると早くこいと手招きされる。
オレはといえば、もう何も言う気も起きなくてしぶしぶ車を降りるとリボーンの待つエレベーターの前まで歩いていった。


と、いうわけでリボーンのマンションに連れてこられた訳なんだけど。
何でここにオレの靴が何足も置いてある訳?
この前来たときにはモデルルームみたいな部屋だなと思っていたのに、物凄い見覚えのあるレンジやまな板、タンスが置いてあるんですけど!

「リボーン!!」

体格差が如実に現れるシャツ姿でワインを片手にこちらを見ているリボーンに詰め寄ると、ニヤニヤと笑いワインを傾けて言う。

「ここがこれからお前とオレのうちだぞ。もう前のアパートは契約を解除してある。鍵も変えただろうな…」

「なっ…なんでオレを無視して進めるんだよ!」

「言ったじゃねぇか、傍に居ろと。逃がさねぇとも。」

だからって…
あまりの強引さに開いた口が塞がらないオレの手を取ると、膝の上に向かい合う格好で座らされた。
もういい。何もいう気も起きない。

明日は休みだから朝まで付き合えよと恐ろしい言葉を耳にしつつも、ネクタイを外されてシャツの中に顔を押し込めるリボーンの好きにさせながら自分の間抜けさ加減にホトホト嫌気が差していた。

「よろしく頼むぞ、社長秘書…」

「ムリ!」

こんな強引なヤツをどうやって管理しろって?!
それでも目の前に迫ってきた顔に目を瞑ると自らの唇を重ねていった。


  終わり



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