リボツナ3 | ナノ



7.




まだ人気のない社長室に入って、社長が出社していないことを確かめて床にへたり込んだ。
昨日のアレはいい訳できない。
流されて、受け入れたのは間違いなく自分だ。

あの後、外部からの電話が秘書室からかかってきて慌てて衣類を整えると仕事に戻ったけれど。
同じ部屋にいるというだけで浮き足立つ自分に辟易した。
どうにか定時で終わるとリボーンを振り返ることなく逃げ帰ることとなった。

今日からどうやって一緒に仕事をしていこう。
やはり辞めてしまおうか。
そんな暗い誘惑に駆られていると、社長室のドアが数度ノックの後開かれた。

まだ社長が出社するには10分はある筈。
とドアから覗いた顔は、同じ秘書課の先輩秘書だった。

「あら、沢田さんも風邪?」

「は?……いえ、違いますよ!」

慌てて立ち上がって誤魔化すと、人の話を聞いちゃいない先輩は顔を曇らせてふぅとため息を吐いた。

「先ほど社長から電話で、風邪をこじらせたみたいなんですって。…私が看病して差し上げたいわ……」

「は?風邪ですか?」

「そう、風邪。とにかく今日の予定はこちらで調整しますから、沢田さんもこちらにきて仕事して下さい。」

そう言うとパタンとドアを閉めて出て行った。
風邪?あのリボーンが?鬼の霍乱ってヤツか?

抱えていた書類を机に置くと、昨日のことを思い出そうとして失敗した。
思い出せるのはキッチンでの一幕で、でもそういえば手が異常に熱かったような…
奥で感じた起立も火傷しそうだったか…とまで思い浮かべて顔が赤くなる。

「何思い出してんの、オレ…」









会社帰りに寄ったスーパーで、ポカリやらミネラルウォータに少し滋養のつく食べ物を買い込んで初めて訪れるリボーンのマンションの前に立っていた。

ここまで来ておいてまだ踏ん切りがつかない。
だって恋人が山のようにいっぱいいるリボーンのこと、今もその内の誰かが居るかもしれないと思うと二の足を踏む。

来たことはなかったが、場所はしつこく教えられていたので知っていた。
いつでも訪ねてこいとは言われていたけれど、本当に今は大丈夫なのだろうか?
やっぱり邪魔しちゃ悪いか…とは思えど、ひょっとして一人で苦しんでいるんじゃないのかと心配になって来てしまった。

どうにかこうにかリボーンの部屋の前まで来たのだが、さてこのインターフォンを押してもいいのか。
もし彼女が居たらすぐに退散しよう!と心に決めて、恐る恐る鳴らす。すると目の前から声が掛かる。

『…ツナ?いや、熱が高いから夢か?』

「ちょ…!夢じゃないよ!寝ないで!」

どうやらベッドにあるリモコンで確認できる代物らしい。ゴソゴソと音がしてまた寝入りそうになるリボーンには悪いが、せっかく来たのに夢扱いは悲しい。

「えっと…誰か他にいる?」

『いいや、さっきまで医者が診察にきたがそれ以外は来てない。』

本当に熱があるのか、掠れた気だるげな声だった。
この調子だと何も口にしていないのかもしれない。

「入れてくれる?お見舞い…っていうか、看病しにきた。」

『……』

いきなり黙り込んだリボーンに、ひょっとして寝ちゃったかなと思っているとゴトンとでっかい音が聞こえていきなり切れてしまった。
やっぱり寝てしまったのか。

仕方ないから帰ろうと踏み出しかけると、目の前の玄関がいきなり開いた。もう少しで額に当たるところだったそれを呆然と眺めていると、同じく呆然としたリボーンがこちらを穴の開くほど眺めていた。

いつもはきっちりとセットされた髪の毛が、今日は汗で寝乱れていた。熱で上気した頬にくるんとかかる前髪を指で梳いてやるとその手を引き摺られて中へと引っ張り込まれた。

「…医者は何だって?」

「ただの風邪と疲労だと…」

熱を持った身体に抱きすくめられた。ぎゅうとしがみ付く背中をポンポンと叩いて離させると、手を差し伸べて寝室へと追いやった。
額に手を当てるとかなり熱い。肩まで上掛けを掛けると眠りに落ちるリボーンから手を外して立ち上がった。






翌日は土曜だった。
本来ならば少し仕事が入っていたのだが、社長の体調を考慮して予定を先送りにさせてもらったために今日明日と休みにしてある。

リボーンは一度夜中に起きて薬を飲むと大分熱が下がってきたようで、その後は目覚めることなく眠っていた。
ベッドの横に椅子を持ってきて付きっ切りで居たのだが、どうにも眠かったようで船を漕いでいたようだ。
ガクンと頬杖から落ちた顔がリボーンのベッドに突っ伏して息苦しくなったので目が覚めた。

「どうかな…」

間近にある顔を覗き込むと昨晩とは違い、随分顔色が戻ってきていた。
不自然な頬の赤みもなく息遣いも普通だ。
そっと手で額に触れて熱が引いたことを確かめる。

本人が以前話していたのだが、どんな高熱でも一晩で直ると豪語していた。確かに。
呆れるほどの回復力だ。

汗を掻いていた額をタオルで拭うと、マジマジとリボーンの顔を眺めた。
すっと通った鼻筋に薄い唇はどちらかといえば高慢ちきに見えるかもしれない。だけど、今は閉じている切れ長の瞳から滲む色香と強い意志が現れている眼差しがそれさえ魅力に変えていく。

ドキドキと煩い心臓を宥めて、閉ざされた瞳のせいで作り物めいて見える顔にそっと近付いた。
最初に秘書課に連れてこられた時は、混乱と困惑でリボーンのことをよくは思っていなかった。
強引なやり方にこれだから外国人は…とイラついて、オレみたいな無能なんかすぐに飽きるだろうとそう思っていた。

父親のコネで入ったオレを容赦なくしごいて、その甘ったれた気持ちを叩き直してくれたのはリボーンの真摯なまでの仕事に対する態度を見せつけられたからだ。
それまでの自分はただ与えられたことを唯々諾々と消化し、ゆっくりと過ぎる毎日に安堵していた。

それがどうだ。秘書課に配属されて社長と共に仕事に励みだしてみれば目まぐるしく変わる情勢や、会社の内情のアレコレがつぶさに社長へと上がってくる。

そういう会社に仕立て上げたのは誰あろう社長だったのだと、先輩秘書から自慢げに語られた。
だから毎日が忙しくても働いている実感があるのだと笑うリボーンに気が付けば惹かれていたのだ。

惹かれていたからこそ、自分ではダメだと突っぱねてずっと傍に居られる秘書でいたかった。
熱心に口説かれれば口説かれるほど頑なになっていて、もう誤魔化せないと諦めたからあのお見合いに加担した。

それが思わぬ展開になり、こんなことになってしまったのだが…

安らかに眠るリボーンを飽くことなく眺めていたい。
だけどそれももうお終いにするべきだろう。

大した趣味もなく、ただ日常生活を送ってきた自分には多少の蓄えがあった。
辞められないのならば、別の方法をとるまで。
成人男性が失踪したとしても、それは自分の意思だと誰もが理解する筈だ。

たとえリボーンには理解されなかっとしても。

辛辣な毒舌を吐く形のよい唇に軽く自分のそれを重ねると、すぐに離してベッドから立ち上がる。
最後に見る顔が寝顔だったなんて。
いつものあの不遜な笑みがよかったと思ったが、仕方のないことだ。

「さよなら…」

と零れた言葉にある筈のない返事が返ってきた。


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