リボツナ2 | ナノ



6.




きゅっ、きゅっ…熱心にグラスを磨いている。

お客さんの居ない時間には、グラスを磨いたり、窓ガラスを拭いたりして常に綺麗な状態であるように心掛けているのだ。それが先代の祖父から譲り受ける時の条件だった。
エスプレッソマシーンも詰まったりすると困るので、使った後は必ず綺麗にしているくらいだ。

いつもの手入れに専念しながら、それでも思うのはリボーンのことだった。
個展も今日で終わる。それから1週間は片付けやら、スポンサーとの会食やら雑誌のインタビューやらでこちらにいるが、その後は帰国するという。

イタリアへ来いとも言われているが、ついて行く気はない。
店もある。今更イタリアへ渡っても食べていけるのかとも思う。リボーンは居てくれるだけでいいと言ってくれているが、それは違うと思う。ささやかながらも矜持もある。

それに…相手の迷惑にはなりたくないのだ。男同士というのは、それだけでリスクがある。足を引っ張る存在に成り下がりたくはない。

手の中のグラスを棚に戻すと、ふぅとため息が出た。

本当はそんなことじゃない。ついていって、そこでリボーンに新しい相手が見付かったら?そんなことを今考えても仕方がないのだろうが…。
オレだって、雲雀さんと別れて…あれ以上好きになることなんてないと思っていたのに、リボーンが現れた。
雲雀さんに怯えたのは、好きだった人を忘れることに恐怖したからだ。

人は忘れることで新しいことを吸収できるのだという。けれども、その忘れたことはどこにいってしまうのか。
恋の残滓も、新しい恋にかき消されてしまうだけだ。

ついて行きたい気持ちと、待っていたい想いと、忘れてしまいたい感情で心の中は嵐のよう。
けれども、最後に出す答えは決まっている。
ついていかない。待たない。忘れることはできないかもしれないが、ここに居る。

雲雀さんのときと同じ答えに辿り着いた。
あの時と同じように、何年かかってでも忘れて新しい恋に落ちるのか。
想像するだけで胸を鷲掴みされるようだ。

暗い気分に浸っていると、カランとベルが鳴る。

「いらっしゃいませ…。」

営業スマイルが張り付いた。

4年前と同じ、黒いスーツ姿の綺麗な人。
シャープな頬のラインに、切れ長の目。猛禽類を思わせる視線は、オレを見るときだけ優しい色になる。
ずっと好きだったのに。


「今日はブレンド。」

「はい。」

じっと逸らさず見詰める視線に、身体がぎこちない動きになる。
それでもコーヒーを淹れると、雲雀さんの前に置く。
カップを置いた瞬間に手を握られた。

「雲雀さんっ!?」

強く握り込まれて身体が震える。

「イタリアに行くの?」

「…っ、行きません…。」

「そう…結局、彼も僕と同じなんだね。」

小さく呟くと、手を離した。
すぐにカウンターの端に背を付けて逃げると、くすりと小さく笑われた。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。今は何もしないから。」

「今はって…。」

「だって、彼がいなくなれば君はフリーだ。ついて行かない、待たない…だっけね。結構じゃないか、また一からやり直せばいい。僕は今度こそ綱吉の傍にいるよ。」

優しく紡がれる言葉に、首を振る。
そんなに簡単に気持ちは揺るがない。これでも、雲雀を忘れるのに4年も掛かったのに。
それだってすきで別れた訳じゃない。

「何が違うの?綱吉は傍にいてくれる人がいいんでしょ。」

「違います…!」

「違わない。ついて来ない、待ってもくれない…って、君酷いよ。」

「だったら忘れて下さい!!」

気が付けば流れていた涙は、シャツに染みを作っていた。
これ以上聞きたくなくて、耳を手で塞いでいればカウンターに乗り上げて手を外された。

「そんな簡単に忘れられる訳がない。聞きなよ、今度はきちんと。」

聞きたくなくて首を振っていれば、顎を手で掴まれ視線を合わせられる。
怒っているのかと思っていたのに、意外に優しい瞳で見詰めていた。

「4年前はうちの親が綱吉に頼んだんだってね、別れるように。」

「違います。」

「今は全て僕の思い通りになるよう、文句は言わせないようにしたよ。」

「雲雀さん…!」

「今度こそ、ずっと一緒だ。」

「嫌っ…!」

見ていられなくて視線を落とせば、掴まれた顎を上向ける。
昔ならここでトンファーが飛んできたのだが、随分丸くなったものだ。

「…ここ。」

何かに気付いたのか、もう片方の手が上向けた顎から襟元へと下り首の丁度襟で隠れる部分を撫でた。

「襟で隠れるように付けてあるなんて、存外嫉妬深いね。」

言われてカッと頬が熱くなった。
そこは今朝、出掛けに付けられた痕がある場所だった。

顔が近付く気配がして、咄嗟に身体を後ろに引こうとしたが顎から後頭部へと滑らされた手が逃がしてくれない。手で押し返そうにもカウンターに手をついて身体を支えているので離せなくて、困っているといいタイミングでベルが鳴る。

「沢田さん!」

客は獄寺で、すぐに離れたが見られたらしい。
雲雀を睨むが、知らん顔でコーヒーを口にしていた。

「大丈夫ですか?!」

「平気、何にもないよ。」

獄寺を雲雀から引き離すために、パタパタと手を振る。

「…気を利かせなよ、駄犬。」

「んだと!てめぇ…沢田さんはな、今はリボーンさんていう方がいらっしゃるんだ。それを横恋慕しやがって!!」

「勝手だろ。大体、彼はイタリアに帰るそうじゃないか。」

帰るという言葉に肩を揺らすと、獄寺が気付いて雲雀を睨む。
雲雀は気にすることなくコーヒーを飲みきった。

代金はカウンターに置き、席を立つと最後にくるりと振り返り、一言。

「またね、綱吉。」

「二度と来んな!」

獄寺の悪態もどこへやら、くすりと笑うと肩越しに手をひらひらさせて出て行った。
後に残ったのは、獄寺の憤りと、オレの困惑。

4年前に置いてきた恋の残滓が、今の恋に暗い影を落としていった。

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