5.いつもより、ほんの少し遅れて店に着いた。 店の外には獄寺が、うろうろと回っているのが見えて、慌てて店の前まで駆けて行く…気持ちだけ。 あらぬところの痛さに、内心悲鳴を上げて、それでも獄寺の待つ自店前まで早足で歩いた。 「ごめん!お待たせ!」 「沢田さん!」 店の鍵を開け、最初の客である獄寺に中に入るよう勧める。 獄寺はといえば、ツナの顔を見てあからさまにほっとすると、いつものカウンター席へ座る。 「店を開けるのが遅くなっちゃってごめんね。」 「いいんです!…ただ、あの…雲雀のヤローが昨日帰って来たって聞いたものですから…その、沢田さんは平気かなと…いえ!何でもありません。」 ああ、心配してくれていたんだ。 ふにゃりと笑み崩れると、獄寺は顔を赤らめて下を向いた。 「ありがとう。」 「とんでもない!」 ぶんぶんと手を振る獄寺には言えないが、雲雀さんと一悶着はあったのだ。 別れたなんて認めてない。と言われたのだけれど。 でも、もう何とも思っていないと昨日知った。 そして、やっと叶った想いもすぐ終わると知っていた。 「さて、準備できたから、いつものでいい?」 「はい、お願いします。」 フライパンでベーコンとソーセージを炒め、今日は卵をスクランブルエッグに、厚切りトーストを焼き、サラダとヨーグルトを添えてテーブルへと乗せる。そこへ、丁度のタイミングで淹れたエスプレッソも置く。 てきぱきと動くが、昨晩の激しいベッドの上での運動のせいで、手を伸ばしたりするとズクリとする。 ふうっ…とため息を吐けば、目の前の獄寺が食事をするのも忘れこちらを見入っていた。 「ん?何か?」 「いいいいっ、いいえ!色っぽ…いや、何でもありませんっ!」 「ふ〜ん?まぁいいや。」 エスプレッソのフィルターを外して洗っていると、カランとベルが鳴った。 目を上げれば今朝まで一緒に居た相手が、ニヤつきながら入ってきた。 しかも、何だか色香を振りまいている。 男でも色っぽいっていうんだなー…などと思っていると、いつもの席に座り、長い足をこれ見よがしに組む。 「慌てて出て行きやがって…挨拶を忘れてんぞ。」 「何言って…。」 何だか恥ずかしくてまともに視線を合わせられないでいると、カウンター越しにぐいっと顔を掴まれた。 そのまま唇にキスを落とされて、思わず目を瞑りそうになったが、よく考えたらここは店内。 そしてリボーンの横には獄寺。 「ちょっ…っ!」 ちょっと触れただけで逃げることに成功したが、ばっちり見られたらしい。 獄寺が固まっている。 「ああああ!」 上手いいい訳も思い浮かばずに、壊れたレコードのようにあを繰り返していると、獄寺はふっとぬるい目で遠くを見詰めだした。 「気にしないで下さい。知ってましたから。」 「なな何を?!」 「お二人のことを、です。」 んぎゃー!!と悲鳴を上げるが、獄寺はもういっそ自棄のようなスピードでモーニングをかっこみ、エスプレッソを飲み干すと逃げて行ってしまった。 残されたツナとリボーンの反応はそれぞれだった。 ツナは顔を赤くして、カウンターの下で蹲っている。 リボーンは別に気にした風もなく、むしろ上機嫌で座っていた。 「…どうしてあんなことするの!」 カウンターの下から恨みがましい声が出た。 「何言ってやがる、獄寺は随分前からオレとツナは出来てるって思っていたぞ。」 「何でそんなこと…。」 呆然と呟くが、顔にでも出ていたのだろう。 自覚はなかったが、おそらく一目惚れだ。気付いたのは昨日だが。 気付くのが遅すぎた。 昨日気付いて、来週には終わる。そんな恋だ。 ふと、蹲って下を向いた視界がぼやけた。 湿っぽいのは嫌いだ。 ぐしぐしと手の甲で目を擦る。 頬を軽く叩くと、立ち上がってお説教を開始する。 「いい!店ではそういうことはしない!!分かった?!」 守れなきゃ入店拒否するからな!と腰に手を当てて怒れば、ちっとも懲りていない顔でニヤニヤしている。 「店じゃなきゃいいんだろ?」 「へ…?んん?…い、いよ。」 言い聞かせていた筈なのに、言いくるめられた。しかも嫌じゃない。 うっかり返事をしてしまったが、よく考えれば恥ずかしいことを! もう一度顔を赤くして、カウンターの下へとまたも沈んだ。 「ツナ、いつもの。」 「…はぁい、かしこまりました。」 こっそり顔を出せばいつものすまし顔になりきれていない、上機嫌な顔。 目を合わせれば包むような笑顔で見詰めてくる。 重力に逆らえない林檎みたいだ。意識も身体も、吸い寄せられる。 好きだという気持ちだけで幸せになれたのに、想って想い返されたら貪欲になった。 でも今だけ。 好きだという気持ちに嘘はないから。 . |