2.「今日からだったよね。」 「ええ。すごく来場者が多いみたいです。今は姉貴が様子を見に行ってます。」 花屋の獄寺と喫茶店マスターのツナは、珍しく来ない人物の話をしていた。 その人物は、イタリアから来た写真家のリボーン。 今日は個展の初日だという事で、さすがの彼もちょい抜けが出来ないようだ。 すでに時間は3時を回っていて、いつもならば朝一でモーニングを、3時には一息付きにやってくるのだが、今日はまだ一回も来店していなかった。 ここ2日ほど準備が忙しいらしく、会ってさえいない。 少し寂しいツナは、けれどもそれを見せないようにいつも以上に笑顔を絶やさない。 寂しい理由は思い浮かばす、はて…とは思うのだがあまり深くは考えていなかった。 「2人で抜けちゃっていいの?」 「大丈夫です。バイトが入ってますから。」 ニカっと笑う獄寺に、笑い返すツナ。けれどもその瞳は寂しげで、獄寺は切なくなる。 中学の時から大事に大事にしてきたのだ。できれば一番傍に居て欲しかったが、彼が望んだのはリボーンだったようだ。 4年前、ヤツとの別れからずっと、儚いまでに一人で通してきた綱吉だがやっと本来の明るさが戻ってきた。 それを取り戻したリボーンに嫉妬もしたが、彼ならば…とも思った。 お似合いの2人を前にすると、そんな気持ちすら野暮だと思わされる。 いつもよりもぼー…としているツナに、もう一杯、と声を掛けるとカランとベルが鳴った。 入店を知らせるそれに、ハッと顔を上げたツナはしかし顔を強張らせていた。 獄寺は咄嗟に後ろを振り返ると、いつもはラフなジャケット姿のリボーンがブラックスーツを粋に着こなして立ってる。 ブラックスーツを見た瞬間、あっと思った。 あいつがいつも着ていた、黒いスーツ姿。強張るツナの表情の訳も分かった。 「?どうした?おい、ツナ。朝から碌に喰ってねぇから、何か作ってくれ。」 「あぁ…うん。」 虚ろな表情に、生返事をして慌ててリボーンから視線を逸らす。 サンドイッチでいい?と訊ね、いいぞ。と返事をする2人を前に、事情を知る獄寺はけれども何も言えなかった。 それでも手際よくサンドイッチを作り、エスプレッソをリボーンの前に置くと、獄寺のカップを下げて新しく淹れ直していた。すると、いつもは慎重な手からつるりとカップが落ちる。 ガシャン…と割れたカップにさえ、虚ろなツナはぼんやりとそれを見詰めていた。 何気なく拾おうとした手が、カップの破片で切れ、白い手から赤い血がぷくりと膨れる。 慌てて中に入ろうとした獄寺を押し退けて、リボーンがカウンターに入れば、その格好を見たツナがひっ…と小さく悲鳴を上げる。 あきらかにおかしい様子のツナに、近付くことができないリボーン。 「リボーンさん。ジャケットを脱いで下さい。」 「ジャケット?これか?」 「ええ。」 黒のジャケットをすぐに脱ぐとカウンターに投げ捨て、ついでにネクタイも外す。 すると、やっとほっとしたように嘆息していつもの淡い笑みを浮かべたツナ。 それでも青い顔は、今にも倒れそうだ。 シャツの袖を捲り、割れた破片を片付けるとそれを終始無言で見ていたツナがやっと言葉を呟いた。 「リボーンだよね?」 「…当たり前だ。」 「なら、いいや。」 花も綻ぶ笑みを浮かべる。けれども瞳の奥には暗い影が仄かに見える。 その影に何かを悟ったリボーンだったが、何食わぬ顔で頬に手をやると視線を合わせた。 ミルクチョコレート色の瞳と、漆黒の瞳が外れることなく絡まる。 見詰め合ったままでいると、オホン、と小さく咳払いが。 獄寺を睨むリボーンと、やっと気付いたツナは顔を赤くして欠片を持って裏へとまわってしまった。 残されたのはリボーンと獄寺。 睨みを利かせたまま、リボーンは事情を知っているような獄寺に訊ねる。 「何か知ってるな?」 「…黒のスーツはあいつのトレードマークみたいなもんでした。」 「あいつ?」 「雲雀恭弥、オレらより一つ上の中学からの知り合いです。…そして、多分沢田さんの想い人だったんじゃないかと思います。」 切れ長の黒い瞳を見開く。 「付き合っていたかどうかは知りません。でも、4年前に突然仕事の都合だかで居なくなったんです。それ以来、沢田さんは塞ぎがちで…リボーンさんが来るまで、今みたいな寂しい笑い方しかしなくなっていました。それが、あなたに会ってから昔のような、いえ、昔よりいい笑顔が見れるようになったんです。…お願いです。沢田さんの傍にいて下さい!」 頭を下げる獄寺に、リボーンは言葉もない。 不安になった獄寺はリボーンの表情を窺うと、いつもの鉄皮面が珍しく苛立っている様を見た。 そこに、やっと欠片を始末したツナが現れる。 少し赤い顔で、けれどもふんわりと笑う顔は見る者を幸せにする。 その表情からは、リボーンが愛おしいという思いに溢れていて、見ている獄寺はあてられっぱなしだ。 けれども、これで自覚はないらしい。 「ごちそうさまっス。」 お代を置いて出て行く獄寺に、またねー!と鈍いツナは声を掛けた。 残されたのは、過去に嫉妬しているリボーンと、自覚はないが態度に出ているツナ。 「ツナ。」 「ん、何?」 「今日の打ち上げ、お前も出ろ。」 「何で?!オレ関係ないよね?」 「関係なくないだろ。通訳したじゃねぇか。」 ずいっと顔を寄せると、カウンターの後ろに下がる。顔は赤い。 「お前が来ないなら、打ち上げは行かない。」 「って、恨まれるのオレ?!…ったく、通訳が欲しいの?それならそう言えばいいのに。」 ブチブチ呟く淡いピンク色のそこに、触れたいと思ったのは何度目か。 らしくもなく、手を出せないのは同性だからではない。 大事にしたいと思う、庇護欲がストッパーとなり、知り合って一ヶ月にもなるのにキス一つすらしていない。 それも今日までと決めた。 「ツナ、好きだぞ。」 「って、何遍も言うけど、日本で男相手にそういうことは言わないの!勘違いされるよ!」 「お前だけにしか言ってねぇだろ。本気で言ってるんだから、いいだろうが。」 「もう…イタリア人ってヤツは……。」 辟易しているツナの腕をぐいっと掴む。 カウンター越しに抱きつく格好になったツナは、慌てて掴まれた腕を引き抜こうとするが、しっかりと掴まれた腕は離して貰えない。 「リボーン!」 耳元に口を寄せて低い声で何事か囁かれ、瞬く間の顔を赤く染める。 顔を見れば意外なほど真剣な顔をしているリボーンにぶつかる。 けれど、ダメなのだ。 ふんわりと笑って見せるその表情の奥にある寂しげな瞳はどうして拒絶するのか…。 それを知るのはもう少し後。 . |