1.ここはとある町の小さな喫茶店。 その小さな喫茶店の切り盛りするのは、ギャルソン姿のまだ年若い小柄な青年。 ふわふわしたミルクチョコレート色の髪と、それと同じ色の大きな瞳に全体的に小ぶりな顔。肌は瑞々しい白さで思わず触ってみたくなるほどの肌理の細かさ、少しぷっくりとした唇は淡いピンク色で男にしておくには惜しいほど。 いつもニコニコと淡く微笑んでいる様から並盛の聖母などと言われ、町内の老若男女から慕われ、恋慕されているのだが本人はさっぱり気が付かないという…何とも言えない状況にあった。 それがここ数週間で少し様変わりしたと、町のみんなは噂をしていた。 曰く、益々綺麗になった、と。 思わず振り返ってしまうほどの色香に誘われて、つい声を掛ければ横から鋭い視線が飛んでくる。 そう、隣に居る彼が来てからというもの…それは真っ白だった青年が徐々に開く花の蕾だったのだと誰もが歯噛みしたことだった。 横の男に睨まれた、哀れな電気店のオヤジさんは慌てて喫茶店から立ち去っていくのみ。 それを小柄な青年、名を沢田綱吉、通称ツナは手を振って見送った。 慌てる背中にハテナを飛ばしながら。 「…もう一杯くれ。」 「ん、うん。今日はオレそっちに行かなくていいよね?」 「ああ。大分日本語にも慣れたしな。」 ツナのいるカウンターに座る青年の名はリボーン。黒髪に漆黒の瞳を持つが、足の長さや身体の作り、肌の白さなどから日本人ではないことが分かる。 迫力あるその瞳は、けれどもツナを見詰めるときには解けそうなほど甘くなる。 黄金比率によって配置されたのかと思えるようなその顔と滲み出る男の色気に、ない物ねだりとは知りつつも、思わず愚痴が漏れる。 「リボーンのお陰でこの店も女の子の客が増えたよ。ありがたいんだけど、みんな注文そっちのけなのは困るなぁ…。」 「ツナのファンも似たようなもんだろ?」 「ファンなんていないよ。オレは地味だから声掛けやすいだけだって。」 「どこがだ。大体その面で25過ぎってのは詐欺じゃねぇか?」 「失礼だな!どの面だってんだ。」 「この面だろ。」 言うと頬に触れてムニッと摘む。肌理の細かい肌は吸い付くようで、思わずもう片方の手まで出た。 「いひゃい!」 「おっと、悪かったな。触り心地がよくてつい。」 左右を摘んでいた手を離し、撫で上げる手つきがいかがわしいのだが、されている本人はさっぱり分かっていなかった。 その2人の近くに座る銀髪の青年と、茶髪の美女はと言えば、もういつものことなのだが…切なくて仕方なかった。口に出して止めることもできないので。 「沢田さん〜…っ。」 「くっ!」 情けなく声を上げるのが獄寺隼人という銀髪の青年で、ツナの中学時代からの同級生であり、信望者である。花屋を営む彼は、隣で歯噛みする茶髪の美女ビアンキとは姉弟だ。 そこへカランと来店のベルが鳴る。 慌てて入ってきた男を見て、リボーンは眉根を寄せた。 ツナとの穏やかな時間を邪魔されることに、不快感を顕わにした。 「リボーンさん!打ち合わせがあると伝えたじゃないですか!」 必死な形相に、慌てたのはツナだ。コツンと頭を叩くと、目を合わせる。 「こら、約束は守れって言っただろ?守らないなら今日お前んち行かないからな?!」 「ちっ!…分かったぞ。行ってくる。今日は夜までかかるから、渡してある鍵で入って待っていろ。」 「えー…ひとんちに、勝手に上がり込むのは嫌だよ。終わったら電話しろよ。」 「待ってろよ。」 繰り返し言うと、返事も聞かずに店をあとにしたリボーン。その後ろ姿を眺める3人は、三者三様の表情をしていた。 ごくり、と喉を鳴らしておそるおそる獄寺がツナへ訊ねる。 「あの…鍵って?」 「へ?ああ…リボーンの借りてるマンションのだよ。ほら、日本語の先生してるだろ?いつもあいつんちか、オレんちで勉強してるんだ。でも、オレんち狭いからさーリボーンの借りてるマンションの方が都合がよくて。で、いちいち行くだの来いだの電話するのも面倒になったんじゃないのかな?2、3日前に渡されたんだよ。…って、ビアンキさん、物欲しげな顔しないで下さい。やれません。」 鍵が入っているらしい、がま口の財布をしっかと抱え込んで牽制する。 「私が通訳をするって言ったのに…!」 「だから、何度も言いますけど、それオレのせいじゃありません。リボーンが女の人は嫌だっていうから、仕方なくオレが変わっただけです!」 実情はこうだ。 イタリア人カメラマンのリボーンが、この町で個展を開く運びとなったのだが、如何せん言葉の壁があった。主催者側も通訳を用意していたのだが、それが女性だったのが悪かったのか通訳をしながらしつこく口説かれたらしく、もう女性の通訳はいらないと突っぱねていたところに、たまたま足を運んだ喫茶店のマスターであるツナがイタリア語を喋れたと言う訳だ。 そこからは言う必要もないくらい、お約束な展開だった。 ちょっと違ったところがあったとすれば、イタリア人カメラマンは親日家へと転向したようで、通訳をしていたツナに日本語を教えてくれと頼んできたところだろうか。 そんな訳で、本来ならば接点のない筈の2人がひょんなことから知り合いになり…交友を深めてきたという訳だ。 「ほら、2人ともそろそろ開店の時間でしょ?行った、行った!」 ふんわりと笑顔で送り出されては、さすがの2人も否とは言えない。 この笑顔を見ると、今日も一日頑張ろう!と思えるのだった。 . |