10.眠りたくても昨日から散々寝倒していたせいで、今は目を瞑っても眠りにつくことさえできなかった。 電源をOFFにしたくせに気になっては手に取って、また床に放ること数回。 やっぱりもう一度電話しようとまた手にして電源に指を滑らせてはそこで止まる。 先ほどは女の子の声に慌ててしまったけれど、オレが休みならクラスの子や先輩たちがこれ幸いと取り囲んでいるというのは知っていた。 だからと言って今回も必ずそうだとは限らない。 気になるなら聞けばいいと思うのだが、電源を入れるとこさえできずにいた。 指輪を取られたということは、白紙に戻ったということだろう。 望んでいた普通の幼馴染みになったというのに、逆に距離ができてしまったようだ。 それならどうしたいのかと問われても困る。 京子ちゃんとは違う。獄寺くんや山本とも違う。これはどのカテゴリに入る気持ちだろうか。 互いの隣に別の誰かが座ることを想像して、それが現実になるのかと思うだけで苦しくなった。 また一粒枕に吸い込まれていった涙はどんな意味を持っているのか。 ぼんやりと天井を見上げていると、階下から母さんの声が聞こえてくる。 もう一人の声は低くて聞き取り難いけど、母さんのあの声の調子だと多分… 咄嗟に布団を頭まで被って寝た振りをした。 階段を上がる足音はひとつ。 ほとんど足音を立てない独特の歩みは逆にあいつだとすぐに分かる。 被った布団の中で、ドキドキと煩い心臓の音が響くようだ。 ノックもせずにドアノブがたてるの僅かな音が聞こえた。 部屋の床にはカーペットが敷いてあるので余計に足音が拾い難い。 丸まった姿勢で声を掛けられるのを待っているのに、一向に声が掛からなかった。 ひょっとして寝てると思って出ていっちゃったのかと布団から顔をそーっと覗かせると、目の前にリボーンの顔があった。 ………。 多分、目も顔も真っ赤になっていると思う。 布団からはみ出した顔を同じようにゆっくりで隠そうとしたが、布団を下に引っ張られて隠れることが出来なくなった。 「お前、タヌキ寝入りが壊滅的に下手だぞ。しかも一旦起きてるのがバレてんのに、何もう一回寝ようとしてやがる。」 「……バカ。」 顔を見て、つい零れた言葉がこれだった。 なのに顔色も変えずにいつもの調子で言葉を返してくる。 「誰がバカだ。てめぇみたいな鈍感に言われる筋合いはねぇ。」 「オレが鈍感なら、お前はお節介焼きだ。しかもスケコマシで人妻キラーじゃないか。」 「チッ…黒川のおしゃべりが。」 視線を逸らすとベッドの縁に腰掛けて、オレに背を向けた。 なんだか最近、こいつの背中ばかり見ている。 くやしくて、もどかしくて、リボーンの腰にしがみついた。 「…オイ、何のマネだ?」 「だって、お前最近オレの目を見ないし。本当はからかってるんじゃないの?」 本気でそう思った訳じゃない。口調はいつも通りなのに、態度はつれなくてついムカッとして口に出てしまっただけだ。 なのにいきなり腰に回していた手を取られると、仰向けの状態でベッドへ縫い付けられる。 両手を顔の横に押し付けられて、顔は30センチほどの距離まで詰め寄られた。 びっくりして瞬きしていると、その先で鉄皮面がわずかに崩れる。 「これ以上近付いたら何するか自分でも分からねぇんだ。」 「何、って?」 歪んでいく顔に、心臓は早鐘を打つ。聞きたいと思った。ひょっとしたらこの胸にわだかまるモヤモヤが形になるかもしれない。 「最後まで…じゃ分からねぇな、セックスだ。お前が嫌がれば無理矢理にでも。」 自嘲気味に笑うと、縫い付けていた手を外し遠ざかっていく。 嫌だと思った。 その手を逆に掴むと引き寄せた。 袖口を掴んだので布団の上に転がったリボーンをぎゅっと腕で囲った。 「ツナ?」 「怖いけど、嫌じゃない、よ。」 おぼろげにしかない知識だけど、何をしたいのかは分かっているつもりだった。 以前押し付けられた無修正のエロ本でちらりと見えたくんずほぐれずの姿だろう。 しかし言ってしまってから後悔した。 はっきりと何をしたいのかを想像して、そんなことをしてもいいと言ってしまったことに羞恥を覚える。 胸に抱えたリボーンから手を離すと枕の下に顔を隠した。 言葉に嘘はない。 けれど、どんな顔すればいいのか分からない。 呆然としていたらしいリボーンが、恐る恐るオレの上へ覆い被さる。 ぎゅうと握り締めた枕をあっさり剥ぎ取られて、慌てて顔を手で覆うとベッドに押し付ける。 「…京子は?」 「女の子の中で一番仲のいいトモダチ…」 「手ぇ繋いで帰ったのは。」 「そんなことしてない。最後に握手しただけだって。」 「さっきの電話は、何で切った?」 「……」 「女の声が聞こえたからか?…嫉妬したのか…?」 顔を覆っていた手を外し、キッと睨みつける。 「したよ!顔いいし、頭もいいから女の子は騙されてるんだ。本当は性格すげー悪いのに…!バカ、アホ、何で今回は引いたんだよ。…オレ、どうしたらいいか分かんないってば!」 「京子が好きだっつってたじゃねぇか。」 「好きだったよ!でもリボーンが寝込んでるときにあんなことするから…違うことに気付いたんじゃないか!」 恥ずかしさと、分かって貰えないもどかしさにまたも涙が滲んできた。 それでも歯を食いしばって睨みつけていると呆れ顔で笑われた。泣き笑いにも見えるその顔は見たことのないものだった。 「素直になれ。」 「嫌だよ。お前相手に言ったら最後、絶対好き勝手にする気だろ?!」 「よく分かってんじゃねーか。」 照れくさくてまた手で隠そうとすると、その手を取られてしまう。片手は握り込まれて顔の横に押し遣られ、もう片方は取られたまま薬指に口付けられた。 左手の薬指に落とした唇はそのまま手の甲を伝って捲くれたパジャマの袖口まで辿っていく。 ぞくぞくする感覚にどうしていいのか分からなくて手を取られたまま好きなようにされる。 今度は裏側の柔らかい皮膚を手の平へ向かって這わせたり、ときおり軽く噛みついたりを繰り返して手の平まで辿るとやっと離した。 それだけで息も絶え絶えだ。 煩い心臓のせいで、浅くたくさん吸い込んだ呼吸に混じるりんごの香りを胸から追い出そうとゆっくり息を吐いていると顔の上が少し暗くなってきて、馴染んでいる筈の気配にどきりとした。 ゆっくりと近付いてくる顔に、ここでキスされたら最後だと思った。 それでも逃げずに目を瞑って、唇を重ねた。 . |