リボツナ2 | ナノ



8.




どれくらいそうしていたのだろう。
錆び付いた扉が開く音がして、咄嗟にそちらへ目を向けると雲雀さんが現れた。
同じ黒髪に黒い瞳でもこうも違うものかと、ほっとした気持ちが半分、がっかりした気持ちが半分で、そんな自分に笑っていると珍しく雲雀さんが慌てた表情でこちらに向かってきた。
何かあったのだろうかと、そこまで考えてーーーーそこからは意識が途切れた。



壁に打ち付ける雨粒の音と、雨の日特有の湿った空気にゆっくりと意識が浮上してきた。
今日は雨かと外を確かめようとして首を横に回して…気が付いた。
ここは保健室だ。
清潔だけど冷たいシーツに横たえられ、掛けられた布団からも消毒液が染み付いているような匂いがする。
起き上がろうと身体を持ち上げるが異常に重たい。またも枕へと倒れると、オレが起きたことに気付いた人影が仕切りのカーテンを躊躇いなく開けた。

「雲雀さん…?」

「……倒れるなら学校以外で倒れなよ。」

「倒れた?」

「記憶にないの?もっとも、あの雨の中で寝不足の上にずぶ濡れで座ってたんじゃ倒れるだろうね。」

呆れたようにオレを見る。
雨の中で座っていた記憶もなくて、記憶を辿る。
自転車の後ろに乗せられて登校した。その後は教室から屋上へ上がり…指輪を外された。
そこにあった筈の硬い金属は今はなく、ただあった場所をシャツの上から掴んでいるだけだ。

ぽたりと落ちて、白いシーツに染みを作っていく。
頬を伝う熱い液体の正体にも気付かずに、視界が悪くなっていくことを訝しんだ。

「泣いてるよ。」

「あれ?…おかしいな、すみません。」

へにょりと笑ってみせると頭を素手で殴られた。

「ったく、群れる草食動物は噛み殺したくなるけど、泣いてる小動物はどうにかしたくなる。…彼は敵に回したくないから、そんな顔見せるんじゃないよ。」

「…意味が分からないんですけど。」

「トンファーで殴られたいの?」

「ごめんなさい。」

「いいから起きな。そこに鞄もあるし、タクシーも呼んであるからそれで帰りなよ。」

ベッドの横にある丸椅子にオレの鞄が置いてあった。
着ている服は妙にぶかぶかで、しかも鞄の上に学ランが置いてある。と、いうことは今着ているのは雲雀さんの予備の制服だろうか。
ベッドから起き上がって布団から出ると、ズボンも足の長さが違ったらしくて折り返されていた。ウエストはぶかぶかでベルトでどうにか括りつけてある。

「…何から何まですみません。」

「まったくだ。今度一週間はお茶を淹れに来てよね。」

「はい、必ず。」

最後にシーツで顔を拭かれて、頬を指でピンと弾かれた。
痛さに目を見張ると、ほんの少し和らいだ表情でまたねと言って出て行ってしまい、お礼も言えなかった。

あの雲雀さんに世話を焼かれてしまった。
風紀委員長なのでたまにはこんなこともするのだろうかと思ったが、ぜったいそんなことはない。屍の上を歩くのは好きでも、弱い草食動物は大嫌いだと公言しているのだから。
珍しい親切心に触れてしまったようで、逆に怖いなと思っているとカーテンの外から声が掛かる。

「おい、そろそろ帰れ。熱がある。」

「…すみませんね、女の子じゃなくて。」

シャマルが肩を竦めて肯定する。
びしょ濡れだった服をビニール袋に押し込めてオレに手渡すと、机に向かったまま呟いた。

「何があったか知らねーが、どんなことでも話し合いはするもんだぜ。」

「……呆れられちゃったみたいで、聞いて貰えるか分からないんですけど。」

「掴まえて、引っ叩いて、首根っこ押えて聞かせてやれよ。ガキはガキらしく主張すりゃいいんだよ。大人からの忠告だぜ。」

「恋愛のエキスパートからの?」

「バカ言ってんなよ。てめーらみたいなガキんちょが腫れた惚れたなんざまだ早ぇ。自分の気持ちもコントロールできねー内はゴッコ遊びで充分だ。」

「ははは…厳しいや。」

でも言う通りなのかもしれない。

酷くなる頭痛に背中を押されて保健室を後にする。
ふらつく足元で外に出ればタクシーが待っていてくれて、雲雀さんの好意に素直に甘えることにした。
冷たい雨がタクシーのガラスを斜めに流れていく様をずっと眺めていた。


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