6.「あれ、京子ちゃん?」 「…ツナ君?」 冬の夕暮れはあっという間に過ぎていく。 夕焼け色に染まる廊下に長い影を落としながら歩いていると、前から見覚えのある姿が見えた。 互いに、こんな時間にこんな場所で会うとは思ってもいなかったのでびっくりして歩みが止まる。 「私はお兄ちゃんのクラブに行ってきたところなの。ツナ君は?」 「オレは朝、雲雀さんに取り上げられた生徒手帳を取りに…。」 そっか、そうだったね。と言って横に並ばれた。何だかむず痒い。横を見ればオレの目線の位置にある頭。中学生の頃はそう変わりはなかったのに。 やっぱり可愛いな、なんて鼻の下を伸ばしていると、思い切って顔を上げましたといった様子で京子ちゃんがこちらを振り仰ぐ。 「あ、あのね…昨日の、話…」 「へ?昨日………あ、う、うん。」 すっかり忘れていたオレって鳥頭? しどろもどろに頷いて、慌てて視線を前に向ける。 「まだ、いいなって思っているだけで…できればゆっくりはじめたいなって…」 ちらりと視線だけ横に向けると、真っ赤になっている京子ちゃん。 うん、やっぱり可愛いし、いい子だ。 きちんと考えて喋る彼女に、オレもきちんと答えなきゃならない。 すう…と息を吸い込み、今思っていることを長い廊下が終わる前に告げた。 グランドから聞こえる運動部員の掛け声と、寂しげに鳴くカラスの声が遠くに聞こえた。 翌朝、昨日の失敗に懲りてどうにか20分前には自転車に乗せられて学校へ向かう。 やっと普通に戻れたことにほっとしていて、まさかそんなことになっているとは思ってもいなかったのだ。 「寝てんじゃねぇ。」 「んあ?」 「…学校に着いたら熱いキスで起こしてやるぞ。」 「んな!…何、犯行予告してんの?!起きたよ、起きてます!!」 本当にまったく。 相変わらずオレをからかうのが楽しくて仕方ないっていうのが見え見えの口調で、でもそんな遣り取りに戻れたことが嬉しかった。 もうちょっと、そうもうちょっとだけ待っていて欲しい。 京子ちゃんとは友達にしかなれなくて、それがリボーンのせいなのか実ははっきりしていない。 好きにも種類がある筈なのに、オレの中の好きは大雑把過ぎるようだ。 今日は時間が押していないこともあって、ゆるやかなスピードを出す自転車の荷台に乗っていると冷たい風が頬を撫でる。 朝の冷気を纏った空気はピンと背筋を伸ばしてくれた。 リボーンの腰にしがみ付いていると、その手をそっと握られる。 ほっこりと温まるのは手だけじゃない。 知らず零れる笑みを知ってか知らずか。 「ちょっ!お前、何でスピード上げるの?!!」 慌てて力を込めてしがみ付く。 わざとスピードを上げた理由なんて分かっていたけど。 学校に着くと何だか視線が集まっていることに気付いた。 昨日の今日だし、噂が広まったのかと思ったけど放っておくことにした。 人の噂も75日とか言うし、その内飽きるさと気楽に考えていたのだ。 背中まで追ってくる視線から逃れるように教室へと足早に向かうと、クラスでは大騒ぎになっていた。 ガラリと教室の扉を開けると、人垣の合間から覗く京子ちゃんが見えた。 どうしてそんなことになっているのかと思う間もなく、その人垣がオレに押し寄せてきた。 「なーなー、やっぱ笹川と付き合うことにしたの?」 「は?」 「それならリボーン君はフリーなんだよね?!」 「へ?」 わいわいと横から前から後ろからと声が掛かる。 意味も不明なら、会話にすらならない質問ばかりで何が何やらさっぱりだった。 「ちょっと…!みんな、どうしたんだよ?何のことだよ!?」 「しらばっくれてもダメなんだからね!私たち昨日見たんだから。京子と一緒にいたでしょ。そんで、仲良く手を繋いで帰っていったじゃない。」 うーわー… 何であんな時間にいたんだよ。見られてたなんて気付きもしなかった。 だからといって特別何かあった訳ではない。 きちんと断って、京子ちゃんも分かってくれて、最後に握手をした。 オレはごめんねとは言えなくて、言うのもおこがましいというかそんな感じで。 ちょっと涙目になった京子ちゃんにこのままちょっとだけ歩いてと言われて、そんなのでよけえばと下駄箱までのほんの数メートルを手を繋いだまま歩いたのだが。 どう言い繕おうと確かに手を繋いで歩いたのには変わりはないし、ここで変にいい訳をしたら京子ちゃんにも失礼だ。 どうしたらいいのか分からなくて焦っていると、オレから離されたリボーンが低い声で呟いた。 「てめぇら邪魔だ、どけ。」 モーゼの十戒の話のように人垣が割れた。それは見事に。 オレとリボーンを隔てる人垣はなく、リボーンがオレへと一歩足を踏み出す度に人垣が散り散りになる。 それはそうだろ、背負う雰囲気が怖い。 付き合いの長いオレですら逃げ出したくなる程の迫力だ。 思わず誤解だと喉まで出掛かったが、それは必死に飲み込む。 オレの前に立つと、腕を掴んで引っ張られた。 そのままオレを引っ立てて戸口まで歩くと、くるりとクラスメイトに振り返って一言。 「ついてきたり盗み聞きしたヤツは命はないと思えよ。」 「「「「はいぃ!!!」」」」 真っ青になって身体をガタブルさせながら全員でいい返事を返していた。 オレもその中に入っていたかった! いい訳無用なほど怒っているリボーンに、どうやって説明しよう? オレだって、まだはっきりしてないのに! . |