リボツナ2 | ナノ



1.




その日、その時。
並盛高校1年2組の教室は異様な雰囲気に包まれていた。



そもそもの発端は、ある一人のクラスメイトの異変から始まったようだ。
ようだ、というのはそのクラスメイトの周りには鉄壁のガードが施され、一般のクラスメイトなど容易く近寄れないのだから詳しく知りようもない。

少し前に風邪で休んだクラスメイトの少年は、次の日にはけろりと元気に登校してきていた。
喜ばしいことだと思うのだが、どうやらその後から様子が変だという。
どこが変なのかと言えば、ある特定の人物の前に出ると顕著に現れる顔の赤みだとか、挙動不審な動きだとか。
ある時は後ろから肩を叩かれただけで「うひゃう!」と奇妙な叫び声を上げて飛び上がり、普段の鈍足を忘れたかのような走りっぷりで逃げて行ったり。またある時は美術で隣の人の顔を描いて提出しろという課題の最中に顔を赤くして倒れてみたり…といったことがあった。
勿論、それだけではないのだが、見るな触るな近寄るな、の3原則があるので細々したことは分からない。分からないながらもおかしいことは分かっているクラスメイトたちは、今、修羅場の真ん中に放り込まれた気分でいる。あながち間違いではない。


見た目は完璧な美貌と外国人特有のすらりとした肢体、頭までいいという男がこうなりたい!と思うイタリアからの留学生のリボーンと、ぱっちりとした瞳に愛らしい笑顔と優しい人柄が女子にも男子にも絶大な人気を誇る笹川京子が、教室の真ん中で笑顔で阿修羅になっていた。
美形が怒ると怖いことは、同クラスメイトの獄寺隼人でもって理解していた筈なのだが、若干慣れてきていたようだ。
笑顔での舌鋒を繰り広げているだけに、尚怖い。

「大丈夫かな?ツナ君…最近、リボーン君を見ると倒れたり逃げたりしておかしいね。」

「そーか?たまたまだろ。」

つらりと交わすが、あのリボーン相手に負けていない。むしろ押している。その笑顔が怖い、と親友である黒川花さえ思った。

「でも、風邪でお休みしてからだよね?何かあったのかな。」

「…さーな。」

「ふ〜ん。それならツナ君に聞いてみるね。」

ニコリと笑う顔は花が咲いたように可憐だ。それをこの状況で惜しみなく出せるのは、並の神経ではないだろうが。
席を立つと、件のクラスメイトが眠る保健室へと足を向けようとする。
慌てたのはリボーンだった。

「チッ、いい性格だったんだな笹川京子。」

「何のことかな?私はただ、ツナ君が心配なだけなの。このままじゃ階段を踏み外して脳震盪どころじゃなくなると思うと心配で…。」

「…分かったぞ、オレが行ってくる。」

「別にいいよ、私が行って聞いてみる。最近ツナ君、リボーン君と一緒に居るの辛いみたいだしね。」

笑顔を絶やさないまま、リボーンをその言葉で凍らせて、その会話を盗み聞いていたクラスメイトたちもついでに凍らせて、教室から軽やかな足取りで出て行った。
後に残されたクラスメイトたちは、皆一様に教室から逃げ出したい!と思っていた。しかし、今動くのも得策でないことも知っている。
暗雲立ち込める背景を背負うリボーンに、目を合わせぬように気を付けながら必死に普段通りにしていた。

沢田ーー!!早くどうにかしてくれー!

とは、クラス全員の心の叫びだった。





「失礼しまーす。」

カラカラと保健室の戸を開けると、中には万年発情男のシャマルが珍しく机に向かっていた。
京子が足を踏み入れるとすぐに顔を上げて近付いてきた。

「京子ちゃ〜ん、いらっしゃ〜い!!どうしたのかな?胸が痛いのかい?先生が診てあげるよ〜!」

「アハハ。違いますよ。ツナ君、まだ寝てますか?」

「あぁ…何だ、ツナの様子を聞きにきたのか。あいつは男だからツバでもつけとけばその内目が覚めるって。平気だよ。」

つまらなそうに椅子に腰掛けると肩を竦めて言い放つ。そんなことをいいながらも、男で保健室のベッドを貸して貰えるのは重症患者とツナだけだと京子は知っていた。
口で言うほどツナのことをどうでもいいとは思っていないのに、男嫌いは貫き通したいらしい。
くすくすと笑いながらツナの眠るベッドへと近付くと、そっと中を覗く。
男の子にしては小作りな顔の造作と、細身の身体が白いシーツに包まれる様は痛々しい。
あまり寝ていないのか、最近は目の下に隈ができていて大きな瞳が落ち窪んでいる。

中学の時からのクラスメイト。
最初は優しい子だな、程度だった。それが覆ったのは同じくクラスメイトだった山本君が自殺未遂を起こした時に身体を張ってでも止める姿を見てからだ。その後もイタリアからの留学生だった獄寺君との諍いの後でも彼を思いやる優しさにも触れて、かっこいいなと思うようになっていた。
仲良くなりたくて、少しづつ距離を縮めているところに突然現れた幼馴染みという存在にどうしていいのか分からなくなってしまった。

ぎゅっとカーテンの裾を握り締めていると、視線の先の綱吉の睫毛が揺れる。
パチパチと何度も瞬かせていると、やっと気付いたのか視線をぐるりと回した。

「あ、れ…?」

「ツナ君、大丈夫?階段から落ちたの覚えてる?」

「あー…うん。覚えてる。」

あてて…と後頭部を擦るツナを起こして落ち着かせると、横の丸椅子へと腰掛けた。

「今、何時間目?」

「お昼休みだよ。ツナ君、食欲があるなら一緒にサンドイッチ食べよう。たくさん作ってきたんだ。」

「こーら、保健室での飲食は…」

「先生もいかがですか?」

覗きに来たシャマルに、はいとサンドイッチを手渡すとコロリと手の平を返した。

「京子ちゃんはいい嫁さんになるなぁ。どう、先生は?」

くすくす笑うと遠慮しますと言う。そんな京子に今日の京子ちゃんは何だか違うと勘付いたが、何が違うのかはさっぱりだった。
鈍感である。

「いいなぁ…って思う人がいるので、ごめんなさい。」

「くそー!誰だ!羨ましい、妬ましいぞー!」

「だって、ツナ君。」

「へ?」

にこりと微笑み掛けられるもさっぱり分からない。
代わりにすぐに理解したシャマルが顔を青くして、ツナを指差し十字架を胸で切った。不吉過ぎる。

手渡された紅茶の紙コップで暖を取りながらぼんやりしていると、賑やかな足音と騒ぎ声が廊下から聞こえてきた。

「沢田さん!お怪我はありませんか?!」

「ツナー!大丈夫か?」

親友2人が現れて途端に賑々しくなる。野郎ばかりでうんざりするシャマルを宥め、2人の手元を見ると返り血が…。

「ちょっと!獄寺くん!山本!!どうしたの?!」

近くの山本の手と握られるバッドに触るとハハハハッ…といつもの軽い調子で笑っている。
いや〜な予感に背中を震わせながら訊ねれば、期待通りの答えが返ってきた。

「廊下で喧嘩して、ツナを突き飛ばしたヤツを始末してたんだけどな。」

「って!始末って何!始末って!!」

「もう少しで息の根と止めるところだったんすが、風紀委員に攫っていかれちまって…すんません!」

くらり…と眩暈がしたが、どうにか立ち直ると、不審な単語に気が付いた。

「あのさ、何で風紀委員がその人たちを連れていったの?」

「ん?何でも雲雀が呼んでるっつてたのな。」

「……。」

充分な制裁を受けているだろう、オレを突き飛ばした2人には同情しか思い浮かばない。
可哀想に。
目頭を押えていると、頭痛と勘違いした獄寺がベッドの周りで慌てている。

「沢田さん、寝ていて下さい!」

どうどうと宥めていると、またもカラリと戸が開く音がする。何気なく視線をやると、そこには今一番会いたくない人物がコンビニ袋を手に立っていた。
顔を見るだけでダメだった。
ぼわっと音を立てて顔が茹ると、それを見たリボーンは肩を竦めて袋を投げて寄越した。

「それでも喰っとけ。」

戸口から入ることなく投げられた袋は、座るツナの膝の上にコロンと転がる。
そのまま手を振って出て行ってしまったリボーンに声を掛けたかったのに、何を言えばいいのかさえ分からない。
あんなこと、挨拶の範疇だとそう言われそうで尋ねたいけど尋ねられないでいる。
悶々として膝の上の袋を開くとプリンが出てきた。
ツナの一番好きな銘柄の、近所のコンビニでは手に入らないヤツだ。

困る。すごく、困る。
何だか大事にされているみたいじゃないか。
期待しちゃうだろ…と思って、期待ってなんだ!とすぐ突っ込みが入る。最近のツナは情緒不安定だった。
原因はアレだが、起因は違う。

悶えるツナを見て、唇を噛む京子と苛々する親友2人。
それを楽しげに見詰める大人ひとり。



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