リボツナ2 | ナノ



はじまり




目の前で荒い息を吐き、時折咳き込んでは息苦しさに寝返りを打っているのは幼馴染み。
普段は年齢よりも幼く見えるその顔は、熱と咳によって赤くなった頬、目じりを染める色、少し開いた唇によって妙に艶かしい。


室内は暖房と加湿によって、適温に保たれている。
昨日から調子の悪そうな幼馴染みは、やはり風邪をひいたようで学校を休んでいた。
こいつがいなければつまらないので、早々にエスケープして様子を見に来たという訳だ。


薬が効いているのか、長い睫毛が時折揺れるだけで目覚める気配はない。
目を閉じて、淡い色の唇が浅い息を繰り返している様に釘付けになる。
こいつは自分が地味だと勘違いしている。確かに系統的には地味だが決して凡庸という訳ではない。
眠り姫よろしく眠りこける顔は、起きていれば開いている瞳の大きさに目を奪われる。
それを縁取る長い睫毛も手伝って小動物的な可愛さだ。
こぶりな鼻と、少しぷっくりとした淡く色付く唇、全体的に小柄な体躯など可愛いといって差し支えないのに本人だけは自覚がない。


もどかしいような、それでいいような。
オレが弄る分にはいいが、他人に弄られたくはなかった。


イタリアから留学してきたばかりだが、こいつの周りにはこいつを狙うヤツが多いことは分かった。
獄寺、山本を筆頭に、風紀委員長が自らこいつだけ持ち物検査をしたり、どうみてもこいつには向かないボクシング部へとしつこく勧誘しにきたり、他校生が帰り道に待ち伏せしたりとかなり賑やかだ。
近所のガキはやたらとツナ、ツナと言って家に帰れば付いて周る。
その度に撃退してきたのは、可愛い嫉妬心だと自分では思っている。
何せ10年ぶりだ。


ケホケホ…と空咳をするツナ。
喉が痛いのか、眉根を寄せて寝返りを打つツナは、布団からはみ出した。
抱き枕のように足で布団を挟む姿に、手を出すと細い足首が目に入る。
思わず撫で付ければ、くすぐったかったのか足を引っ込めてしまった。
もう少し触っていたかったが、仕方ないので布団を掛けてきちんとしまってやる。
すると、熱を持った身体が熱いせいでか、今度は肩を出す。


「ツナ、冷えるぞ。」


聞いていないだろうが、一言声を掛けてから肩に布団を掛けた。
上から覗くと、熟れたように色付く頬が気になる。
熱によって色付いた頬にそっと手を這わせた。
ツナよりは冷えた手が頬を撫でると、気持ちいいのか小さく息を吐く。
もう片方の手も伸ばすと、額に張り付く髪を掻きあげてやった。


人の気配に気が付いたのだろう、ゆっくりと睫毛が揺れてミルクチョコレート色の瞳が現れた。
それでも、いつもよりぼんやりとした表情で上に覆い被さるオレの顔を見詰めている。


「リボー…?」


「水分摂るか?」


かなりの至近距離にいるにも拘らず、今日のツナは反応をかえさない。
いつもならば絶叫しているのに。
寄ると触ると反応を返す。オレのときだけだということに気付いているのだろうか。


「起きるの面倒。」


額に手を当てたままでいるのに、嫌がりもしない。
あまつさえ、また目を閉じてされるがままだ。
ベタな悪戯も思いついたが、さすがに苦しそうなツナの表情にその案は次の機会を待つことにした。


背中に手を入れ、枕の上にクッションを3つ入れてからそこに凭れかけさせる。
目は瞑っていても意識はあるのでどうにか座る体勢を取らせ、ハンディパック状になったスポーツドリンクを口に運んでやる。
チロリとこちらを向くと、ゆっくりと口を開けて吸い出した。
喉が渇いていたのだろう、コクンコクンと喉元を通る音と上下する喉元に淀みはない。
最後にはパックを自分で持ち、口を窄めて飲み切った。


「ありがと。ちょっとすっきりした。」


パックを口に咥えたまま、へにょりと笑う。
意識ははっきりしていても、熱は相変わらすなのだろう。潤んだ瞳も赤く染まる頬もそのままだ。
口からパックを外してやると、ぼんやりこちらを眺める。
オレの視線は淡く色付く唇から離れない。


こいつは忘れちまったのか。
ハロウィンの出来事を。


自分で女装をさせておいて何だが、そこいらの女より可愛く仕上がったツナ。やはり山本がツナに手を出してきて、それに嫉妬してちょっと悪戯してやろうと思ったのだ。

それがまさかああなろうとは思ってもいなかった。


ぐいっと顔を掴まれたことと、ツナの顔が近付いてきたのは覚えている。
ツナは恥ずかしさに目を瞑っていた。その顔をじっと見詰めていれば徐々にぼやけ、唇に柔らかいものが触れ、それから濡れた感触と一緒にちいさな甘い塊が中に入ってきた。
すぐに出ていったそれ。
舌の上で解けていった飴玉よりもそれは甘くて、甘いものが嫌いな筈なのにもう一度味わいたくて唇を重ねようと顔を落とした。
奈々に呼び止められなければ、どこまで進んでいたか分からない。


あれから、互いの距離の取り方が分からなくなったいた。







「お前、学校さぼったろ。」

「ツナがいねぇのに行ってどうする。」

「…あのね、そういうのは好きな子に言えっつーの。」

「だから言ってるんじゃねぇか。」


苦笑いを浮かべていたツナの表情が歪む。
泣きそうな顔に胸が詰まった。


「そういう冗談は、嫌いだ。」

「冗談じゃねぇ。」


クッションに凭れかかるツナの横に手を付き、覆い被さると口を寄せていく。
鼻と鼻が接触する寸前でツナの手がオレの口を塞いだ。
熱が上がってきたのか、手の平まで熱い。


ツナの手の平に舌を這わせると、驚いたのか拘束が緩む。
それでも退かないので中指を爪ごと甘噛みしてやった。
ぶるりと肩を震わせて悪戯されていた手を身体の下に隠す。幼子のような仕草に笑みが零れた。


「何笑ってるんだよ。」


どうやら馬鹿にされたと思ったらしい。
潤んだ瞳が上目遣いに睨む。
…その目はヤバい。


顎を掴んで逃げられないように固定してから、唇を重ねた。
重ねた瞬間、ツナの身体が強張ったが構わず熱く火照る唇に舌を這わせる。
最初は開けまいと閉じていたそこは、チロチロと舐めるうちに緩みわずかな隙間をみせた。
そこからゆっくりと割り入れ、歯列を殊更ゆっくりとなぞっていく。


小刻みに震える身体にも手を這わせる。
肩の形をなぞるように手の平で包み、腕から背中へと辿っていく。もう片方の腕は脇から腰へ。
細腰は片手で掴めるほどで、背中と一緒に抱き込むとすっぽりと腕に収まった。

口内の熱さに誘われて、薄く開いた歯列から縮こまった舌を掬い取り絡める。
オレを押し退けようと掛けた手は肩の先で止まっていて意味をなさない。
苦しげな吐息にすら煽られて口付けを深くしていけば、互いの身体が熱を持ち始める。
切なげに寄せる眉間と、小刻みに震える指。
顎から手を離して震える指に絡ませる。熱をもった手がぎゅっとしがみ付き体温の上昇を知らせる。
それでも離さず貪ると首を振ってイヤイヤと口の中で呟く。
少し離れた唇を追ってもう一度重ね、身体を抱きしめる力を強めると、びくりと大きく身体を震わせてツナの身体から力が抜けていった。


唇を離して顔を覗くとくったりと力なく閉じられた瞼に、益々赤みが増した頬が見える。
過ぎる悪戯に意識が無くなってしまったようだ。


やり過ぎたかと思うが、反省はしない。
これでオレがどういう風に好きなのか理解した筈だ。


起きたツナがどんな反応を返すのか。
少し怖いと思った。












「ツナの看病ありがとう。もう夕方だからよかったら食べていって?」


「オレが看たいから付いているだけだ。奈々が気にすることじゃねぇ。」


気が付けば夕方になっていたようだ。持ってきていた小説を読み終えたところで奈々から声が掛かる。
奈々もつい2〜3日前まで寝込んでいたので、代わりに看病をしていたという訳だ。
おかゆを手にした奈々に、それもツナにやると言う。
またぶり返してはたまらない。
奈々はツナの母だけあってとてもよく似ている。大事にしてやりたいと思うくらいには。


ごめんなさい。お任せするわね。終わったらご飯食べていってね。とニコリと笑う顔はそっくりだ。
思わず笑い返せば、布団の中から声が掛かった。


「人妻キラーめ。」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。また口塞ぐぞ。」


先ほどよりは落ち着いた顔色のツナが、布団から呆れ顔でこちらを見ていた。
半眼で睨む視線が痛い。


「何だ?焼きもちか?」


「バカ言ってんな。んな訳あるか!」


大分調子は戻ってきたようだ。声に張りも出てきて、突っ込みも鋭い。
それにしても。


じっとツナを見詰めているというのに、ツナは不思議そうな顔でこちらを見返す。
さっぱり分かっていませんという顔に訊ねてみた。


「さっきのことは覚えてるか?」


「さっき?つーか何でお前がここに居るの。」


まずはそこからか。
すっかり忘れているツナの頬をむにりと抓ってやる。


「いひゃい!いひゃいっへ!!」


「おかゆをこのまま流し込んでやろうか?」


スプーンに冷ましていないおかゆを掬い、口許まで持っていく。
すると涙目で懇願するツナ。
その顔にムラっときたがそれ以上どうすることもできなかった。



その後、無事おかゆにありつけたツナがリボーンが出て行った後で、こっそり赤くなっていたことをリボーンは知らない。


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