4.見ている最中に、これは夢だと分かる夢を見ていた。 うそ臭くない爽やかな笑顔を浮かべるリボーンと、その横で幸せを独り占めしているような笑顔のユニさんと。 それを見て、何故か胸が苦しくなって早く目を覚ましたいとそればかりを思っていた。 ピピピ…とどこかで鳴っていた音が止んで、頬を抓られているような痛みを覚える。 「おい、煩ぇぞ。…風邪でもひいたのか?」 話し掛けられた声の近さと声の主を思い出し驚いて目を開けると、ベッドに手を付いてこちらを覗き込む格好のリボーンの顔が間近に迫っていた。 「うわぁ…!」 慌てて布団を引っ付かんで頭に被る。 すると短い舌打ちの後に部屋から出て行った足音が聞こえた。 ほっとため息を吐くが、何であんなにリボーンの顔を見て焦ったのか訳が分からない。 ただ夢でリボーンとユニさんが結婚報告を両親にしていただけだ。 めでたいことじゃないか。いや、違うよ。夢だよ夢。 夢であることに安心するオレはやっぱりおかしい。 もやもやしていても仕方がない。気配がないことを確認してから、そろりと布団から這い出して時計を確認する。 …ヤバい! 忙しなく制服に着替えると、どたどたと足音を立てて階下へと降りる。 降りた先が洗面所で、丁度身支度を終えたリボーンが出てきていて呆れ顔でこちらを見ていた。 起こしてくれてありがとうなんて言い辛い。 慌てて視線を外すとキッチンへと朝食を食べに足を運ぶ。 分かってる、何だかオレってリボーン相手だと素直に言葉にできない。それはあいつが口が悪いからだと思ってたんだけど、何か違う。何が違うんだろう? それでも朝食だけは食べたいと、母さんのいるキッチンへと飛び込んだ。 「遅いわよ、ツッ君!リボーン君が気付いて起こしに行ってくれなかったら遅刻よ。」 働く母さんは、オレが遅刻しようとサボリだろうと何も言わない。自分で責任が取れないことはしないという暗黙の了解があるからだ。 遅刻して内申が悪くなるのも、サボって授業に付いていけなくなるのも全て自分の責任。それが母子ふたりで生きるために決めたルールだった。 なのにここに越してきてから…リボーンと同じ学校に通い始めてから、気が付けば世話を焼かれっぱなしだ。 山本や獄寺君だってここまで構わない。口は悪いし、周りが一目置くようなヤツなのに。 オレのこと弟だと思ってないとも言っていたくせに。 モソモソと朝食のサンドイッチを食べていると、玄関からリボーンのいってきますが聞こえてきた。 置いていかれたような心許なさに視線を玄関に向けていれば、母さんが含み笑いを漏らす。 「うふふ…そんなにリボーン君が気になるなら一緒に通えばいいじゃない。」 「な…!ち、違うって!」 即座に否定したのに、母さんは意地っ張りねぇ、なんて頓珍漢なことを言っていた。 気になんてなってないってば! 今日も珍獣よろしく腫れ物を触るような態度のクラスメートたちと一緒に昼は取りたくなかったオレは、中庭で持ってきた弁当を広げていた。母さんの手作り弁当だ。リボーンにも、父さんにも渡っている。 山本は部活の話し合いで、獄寺君はパンを買いに学食に買いにいっていた。 ポカポカ陽気に誘われて、芝生の上に転がっていると顔に影が掛かって覗き込まれる。 「綱吉、だったよね?…君ってバカ?」 あんまりな言い草に返事もできずにこちらを覗き込んできた顔を見上げると、昨日勝手に紹介されていたリボーンの友達だった。確か名前は、 「マーモンさん、でした?」 「よく覚えていたね。えらい、えらい。」 棒読みでのほめ言葉にムカリと腹は立ったけど、リボーンの友達だからきっと類は友を呼ぶんだと堪える。 でも声に棘が出てしまうのは仕方がない筈だ。 「何でバカなんですか?!」 尋ねると益々顔を凝視された上にため息まで吐かれた。 「あのさ、何で昨日の新歓のときに揉みくちゃにされたか分かってる?」 「…?分かりません。」 「うん、そうだと思った。かなり頭悪そうだもんね。顔だけは可愛くてよかったやら、悪かったやら…」 「失礼だな!」 男に可愛いは禁句だ。そういうこの人もどちらかと言えば可愛いタイプだと思う。…身長は獄寺くんくらいあるけど。 下から睨みつけているのに、ちっとも気にしない様子でオレの横に座ってきた。 「…リボーンたちと一緒じゃないんですか?」 暗に早くそっちに行けと言っているのに、それは黙殺すると食べかけのオレの弁当を見ていた。 腹が減ってるなら早く学食にでも行けばいいのに。 「ふ〜ん。リボーンの弁当と一緒だね。君が作ってるの?」 「何でオレが!母さんのですよ。」 じっくり見てるかと思えば弁当の内容を見てたのか。 大体、オレが何でリボーンの弁当まで作らないといけないんだ。むくりと起き上がると半分ほど残っていた弁当をまた食べ始める。 本当は獄寺くんを待っていようと思ったんだけど、この人にいらぬ詮索をさせないためにも食べ切ろう。 「そういえば、マーモンさんはリボーンと昼飯食ってきたんですか?」 「まさか。なんであんな陰険グルモミ野郎と一緒に食べなきゃらならないの。」 「って…友達ですよね?」 「それこそまさか!自分のレベルに合ってるってだけで、用事がなけりゃ一緒にいるなんてご免だね。」 サバサバした口調で切り捨てるマーモンさんに、親近感が湧いてきた。 「…どれか食べます?」 「ん、それじゃあコレ。」 卵焼きを指差されて、箸で摘んでマーモンさんの口許に近付ける。それをジッと見ていたマーモンさんは、ちょっと考える素振りをしたけどすぐに口をあけた。 もぐもぐと頬張る顔がにこりと微笑む。 「おいしかったですか?」 「うん。それにタダだし。」 どうやらタダが好きらしい。余程の倹約家なのだろう。 遠くから獄寺くんの声が聞こえると、マーモンさんは立ち上がると後ろ手に手を振って一言。 「僕たち以外の上級生について行かないんだよ。」 「どーしてですか?!」 ひょろりとした背中にぶつけるも、振り返ることなく返された。 「卵焼きのお礼だから、続きを聞きたかったら今度はもっとちょうだい。じゃあね。」 言うと今度こそオレの前から立ち去っていった。 入れ替わりに獄寺くんがやってきた。 「沢田さん!今の…」 「おかえりー。うん、リボーンの友達…とは違うって言ってたけど、マーモンさんが居たよ。」 「…そうっスか。あの人も腹に一物抱えてるタイプらしいんで、気を付けて下さいね。」 「ふん?」 何に気を付ければいいんだろうか。 . |