10月14日肌寒さに意識が浮上する。それでも瞼は薄く開く程度で、起きる気なんかありはしない。 鼻先にある暖かさに、すりすりと鼻を摺り寄せてまた瞼を閉じようとした。 おかしい。 自室のベッドにこんなに大きくて暖かい何かはあっただろうか。 いや、ない。 温もりに再びくっついていく瞼を、それでもどうにか押し上げる。 しがみ付いた暖かさは黒い色をしていた。 触ってみる。…硬い。いや、手触りはいい。 シルクのようだ。 シルク…シルクねぇ…と考えて、そういえばリボーンがいつも寝るときはシルクのパジャマを着るとか言ってたな、と頭を過ぎり、はっとした。 おそるおそる、顔を上げると想像通りの人物がばっちり目を開けてニヤついていた。 「うおぉぉぉっ?!」 がばり、と身体を起こし距離を取る。 ベッドの端まで逃げると、手が滑って転げ落ちた。イタタ。 「おはよう、ツナ。」 「おはっ!いや、何でリボーンが一緒に寝てるの!??」 「お前が寝ぼけてベッドに上がってきたんだろうが。」 よく見れば、ここはリボーンのうちだ。手に顎を乗せ、黒いシルクのパジャマを着込むリボーンと、寝巻き代わりのジャージでベッドの下に座るオレ。 そこには布団が敷いてある。 「あ、そっか。昨日、オレんちでお前のバースディを祝って…その後ゲームしたいからまた来たんだよな。」 ほっと胸を撫で下ろす。 最近はリボーンのセクハラが酷いので、なんだか年頃の娘さんみたいな危機感を植え付けられつつある。リボーンと一緒=よからぬことをされている。という碌でもない方程式が成り立ちつつあるのが恐ろしい。 「今日はお前の誕生日だな。」 「あー…そうだ。」 まぁ、毎年。獄寺くんがプレゼントをくれたり、山本のうちでお寿司をご馳走になったりするので、それは嬉しい。ただなぁ…毎年、毎年、あの2人が盛大な喧嘩をする日でもあるんだよな。 ふぅぅ…。 重いため息を吐いていると、ベッドから起きて着替え始めたリボーンが不審げに訊ねる。 それにオレも嫌々着替えながら答える。 「毎年さぁ、獄寺くんと山本がどっちの誕生日プレゼントがよかったか喧嘩するんだよ。どうにかならないかと思ってさ。」 Tシャツを脱いでYシャツに着替えていると、とっくに着替え終わったリボーンがオレの着替えをじー…っと見ている。どうして。 見るなと言っても聞かないので、くるりと背中を向けてシャツのボタンを嵌めていくと、背中から手が伸びて下からボタンを嵌めていく。 「…あのな、オレ幼稚園児じゃないから自分で留められるんだけど?」 「ちんたらしてるから手伝ってやろうと思ってな。ほら、終わったぞ。その寝癖だらけの髪をどうにかしろ。」 肩に顎を乗せてボタンを留めていた手が頭を撫でる。引っ掛かって痛い。 「ヤメロよ!直らないって!」 手を叩いて外させ、プリプリと洗面台に向かう。 鏡を見れば…今日も見事な爆発頭だ。コントのように。 水を付けて櫛で撫で付けるが、柔らかい髪なのにいう事をきかない。 すると、またも後ろから手が伸びて、櫛を奪うとドライヤーで上手に寝癖を直していく。 数分後、いつもよりさらさらしている髪になっていた。 「…お前、美容師になれるんじゃないの?」 「ツナが不器用なだけだ。オレも支度するからコーヒー淹れとけ。」 そうかなぁ…いつも行く美容師のお兄さんも、オレの髪をここまで綺麗にセットできないよ。本当に、ムダに色々できるヤツだ。 まだ登校までに時間があるので、言われた通りにコーヒーを淹れる。ついでに昨夜母さんから朝食にしなさいと渡されたパンを皿に広げる。冷蔵庫の中には、キュウイがある。二つに割って盛り付けているとリボーンがやってきた。 こいつ、見た目だけなら格好いいんだけどなー…性格が歪んでるからなぁ。 可哀想にな。 と思って見ていれば、リボーンはニヤリと笑って妄想を吐き出す。 「格好よくて見惚れたか?」 「んな訳あるかぁ!」 こいつ嫌だ。どうしたらこんなに自信満々になれるんだろう。 ブツブツ文句を言って、それでも手はコーヒーと温めたパンをリボーンに押し付ける。 「昨日の指輪はどうした?」 「…ここにぶら下がってるよ。」 シャツの中からチェーンを出す。その先には昨日の指輪が。 母さんに聞いたら、やっぱりプラチナだと言われた。一見地味だが、中にダイヤモンドが埋め込まれていて、すごく高いんだとか。 指輪っていうセレクトもどうかと思うんだけど。 「なぁ、返してもいい?」 「いい訳ないだろう。失くしたら…どうなるか分かってんだろうな?」 ひぃぃぃっ! 口角は上がっているのに、目が笑ってない。って言うか、プレゼントなのになんて嬉しくない物なんだろう。 今まで貰った誕生日プレゼントの中で、一番高価だけど、一番欲しくない物だ。 リボーンの脅し付きなんて、いらねぇ! それでもシャツの中にしまって、失くさないようにとシャツの上から掴む。 それを見て、上機嫌なリボーンに重いため息しか出てこない。 結局、昨日はオレが母さんに頼んでこいつの誕生パーティをした。たいしたものは作れないけれど、何故だかこいつはオレの作った物は口に合うらしいのでそれで勘弁して貰ったのだ。 あと、この首にぶら下がってる指輪を受け取ること。 「左指に嵌めたくなったらいつでも言えよ。」 「絶対にならないから、言う時はないよ!」 いつの間にサイズを測ったんだか知らないが、こっそり付けてみたらピッタリだった。 恐ろしい。 「あと、コレもくれてやる。」 ポイっと放られた物は…本? 紙袋に入れられたそれは、少し大きめで厚みはない。 何だろうと袋を開けると… 「ぶふーっ!?(ゴホ、ゲホ!!)」 金髪のお姉さんが、何も身に付けてないのにすごいポーズで表紙を飾っていた。 咀嚼していたパンが、気管に入ったようで死にそうに痛い。 激しい咳をしていれば、目の前に水が置かれた。 「どうした?とりあえず飲んどけ。」 「……。」 やっと咳が治まって、水を飲み干し一息ついた。 目の端に涙が溜っていて、それを手の甲で擦る。 ちらりとリボーンを窺えば、全然平気な顔で食事を取っている。 「お、お前なっ!こんな物どうやって…。」 「イタリアにいる腐れ縁どもからの餞別に入ってたやつだぞ。中々ないだろ、オレはいらなからお前にやる。」 「い、いいい…いらねぇよ!」 「…いや、お前には必要だ。勉強しとけ。」 って、こんなモノで何の勉強をすればいいんだ。 日本のグラビアですら見るとドキドキするのに、これは無修正ってヤツじゃないのか?! ペラペラ捲るリボーンの手元から見えるそれに、どうしていいのかすら分からない。 きっと顔は真っ赤になっていると思う。 パンを齧る気にもなれなくて、視線を彷徨わせていれば、目の前には真剣な顔のリボーンのどアップが。 長くくるんとした睫毛に縁取られた切れ長の瞳、高く通った鼻、薄い唇、白い陶磁のような肌と、見た目だけなら一級品のそれがくっ付かんばかりに近付いてきた。 ドキっとして、慌てて腰を引く。その分詰められて、椅子の背凭れ一杯まで逃げたが、まだ近付いてきた。 「ちょっと!何なんだよっ?!」 「ここは目を瞑るところだぞ。」 「お前相手にそんなおっかないことできるか!」 またも馬鹿にしたように肩を竦める。 「色気を学べ、ツナ。」 「オレは男だって!」 やっと離れていった顔に、ほっと息を付くとまたもその本が手の上に。 慌ててリボーンに押し返す。 「いらないって!」 「…お前、処理してんのか?」 「処理?…………うぎゃーっ!!おまっ、なに言って!」 朝の清々しい空気が台無しだ!なんつーこと言ってんだ。 口をぱくぱくさせていると、ぬるい顔をして一言。 「とりあえず、これのお世話になることから始めるか。」 勝手に決めるな! その後、どうにかリボーンに押し返すことに成功したかに見えたその本が、何故か自室のベッドの下から出てきたなんてことがあるのだけれども。 本当に、こいつ自身も迷惑なヤツだが、こいつからのプレゼントは迷惑以上で災厄級だ。 来年からは二度と受け取らないよう、気をつけよう。 . |