19.「リボーン!」 慌てて駆け寄って顔色を覗く。 スクアーロさんに連れてこられてしまったのであの後どうなったのか気になっていたのだが、普段通りのふてぶてしい何様の顔になっている。 一応、ザンザスさんもリボーンもこのあとの番組出演を配慮してか顔など目立つところは殴らなかったようだ。それにしても荒っぽいというか、意外というか…。 あのザンザスさんと痛み分けってかなりすごい。ひとりで5人は軽く伸しちゃう人とやりあったということは、こいつも相当慣れてるってだ。 呆れ半分、感心半分で顔を覗き込むとリボーンがついて来いとばかりに顎をしゃくって歩き出す。 「ちょっ…!もうすぐ時間だろ?!」 「すぐ済む。」 いくら言っても聞かない後ろ姿を追ってついてきたのはリボーンたちの控え室だった。 すでにコロネロたちは機材のチューニングのためにか出払っていて、2人っきりということに知らず身体が強張った。それを見たリボーンが肩を竦めて両手を挙げる。 「今度こそ何にもしねぇ。怖いならドアんとこにいろ。」 「そういう訳じゃ…」 ないこともない。 別にリボーンが怖い訳じゃない。触れられることによって享受する喜びと流されてしまいたい弱さと、ほんの少しの過去の記憶が露呈するのが怖いだけだ。 ぐっと息を詰めているとオレから距離を取って、手近にあったスチールの椅子に腰掛ける。 近寄らないという意思表示か。 オレもドア近くの椅子を引き寄せて座った。 今までにない距離にこれでいいんだと思いこそすれ、寂しいと思うのはお門違いというものだ。 ぼんやりと遠くのリボーンを眺めていると、いきなり頭を下げられた。 「なに…?」 ありえない光景に目を瞠ると今度は言葉でまで謝られた。 「悪かった。」 「どういうこと…?謝るならザンザスさんにじゃないのか?」 「ふざけんな。先に手を出したのはあっちだぞ、なんでオレが詫びなきゃなんねぇんだ。」 ザンザスさんの名前を出した途端にふいっと横を向く。その顔を忌々しげにチッと吐き出した。 「聞いた。ツナが中学生の頃にあの野郎の事務所のタレントに手ぇ出されそうになったってな。それで家光が別の事務所を作ったってのも。」 お節介なザンザスさんに聞いちゃったのか。いや、お節介じゃない。過保護っていうのかな。 オレに近付く芸能人という芸能人を排斥しまくって、一時期は父さんにまであらぬ疑いをかけられたりもしたのだが、あの人のアレはあの時の後悔がそうさせているだけだとオレは知っている。 苦いものがせり上がって、つい言わなくてもいいことまで口を付いて出た。 「そっか……ねぇ、知りたい?」 「何を?…って、ツナ…」 「オレ世の中にそういう趣向の人がいるなんて知らなくてさ、よく事務所のザンザスさんを訪ねに遊びに行ってたんだ。そいつ30過ぎの、割とちょこちょこテレビとかに出てた俳優でさ…」 「ツナ。」 「お前と同じ年だった。お前らみたいに大きくなくって、今よりも10センチは低かったと思う。オレに構うのも事務所の社長をやってるじいさんへのおべっか使いだと思ってて、一緒に昼飯食いに行こうって誘われても気にしてなかったんだ。」 「ツナ!」 「車に乗ってさぁ、5分としない内に人通りも車通りも少ない小道に停車して何かおかしいと思ったらいきなり」 「ツナ!!悪かった、もう言うんじゃねぇ!」 いつの間に移動してきたのか、オレの手首をぎゅうと掴むと自分の方が苦しそうな表情で話しを遮った。 俯くリボーンの顔を覗き込むように仰ぎ見てふっと気が抜けた笑いが零れる。 「平気だよ。すぐにスクアーロさんに助けられたんだ。たまたまそいつの車にオレが乗ってるのを見て、ザンザスさんがオレを呼んでこいってパシられてる最中だったみたい。でも車の動きが怪しかったからこっそり付いてきててさ、お陰で何もされてないよ。」 手首を掴む力が緩んで、するりと抜ける。その手をリボーンの頬に滑らせた。 まだ少年期特有のすべらかな肌をそっと撫でると、ビクリと肩を震わせた。 気にしなくてもいいのに、ザンザスさんが余計なことを喋るから。 いや、丁度よかったのか。これできちんと振る理由が出来たというものだ。 こちらを見ようともしないリボーンには気付かれることなく零れた愛おしさに溢れた笑みもすぐに胸にしまい込んで呟く。 「だから、オレは芸能人も男もごめんなんだ…。弟として、好きだよ、リボーン。」 声は震えていなかったと思う。 さんざん泣いたせいか涙も出なかった。 視界の先でぐっと唇を噛むリボーンにそれ以上何も言うことはなかった。 お前のためだ、なんて言う気もない。ただの臆病者と言いたくば言え。 オレの背中に手を回そうとして止まった腕を無理矢理と分かる仕草で引き剥がすと、一度も振り返らずに控え室から出て行った。 . |