16.「ひでーツラだなコラ。」 「…うるさい。」 言われなくっても分かってる。 隣に座るコロネロが乱暴な口調ながら心配してくれているのも知っていた。 後ろに座る他のメンバーも同じだ。 分かっているから遣りきれなくていつもより乱暴にハンドルを切った。 昨夜はあのままパジャマを着込むと一番最初の日のように布団を持ってきてソファで寝た。 いや寝たフリをしていた。 電気を消して、息を殺して。 風呂から上がってきたリボーンの足音が居間の扉の前で止まり、いつ入ってくるのだろうとドキドキして。ドアノブに手を掛けた音が響いて、怖くて、辛くてでもどこか期待した。 けれどもドアノブは動くことなく足音が遠ざかって行った。 ほっとしたのに置いていかれたような一抹の不安が胸を過ぎって、頭まで被った布団の中で手足をぎゅっと縮めて泣いた。 目立つヤツの傍に居るのは嫌いだ。しかもそんなヤツに好かれるのなんて真っ平だ。あの時の繰り返しなんてしない。襲われそうになったのはオレなのに、何でオレが悪いように言われなきゃいけないんだ。だから絶対に目立つヤツとは関わりを持たないよう気をつけて、芸能人であるザンザスさんやスクアーロさんとも極力会わないようにしてきたのに。 やっぱりマネージャーなんて引き受けなければよかった。そうすればこんな目に合うこともなかった…こんな気持ちにさせられることもなかったのに…。 「っ…」 瞑っているのに溢れてくる涙は押し付けた布団に吸い込まれていく。こんなに泣いたら明日はさぞ腫れ上がるだろう瞼をちらりと想像したけどやっぱり止まらなかった。 22年生きてきてこんなに泣いたのは初めてだった。 世話を焼いている内に恋に落ちるなんて、どんなベタな少女マンガだ。 最初の出会いは最悪で、次に会った時には世話の焼ける弟ぐらいに思っていた。 オレが面倒見てやらなきゃ、なんてバカじゃなかろうか。 マネージャーとして傍にいる内にプロ意識の高いヤツだと感心させられて、外面はいいけど意外と甘ったれなところにほだされた。 キスだのハグだのの濃厚なスキンシップに流されたんじゃない、ほだされた時点で惚れたのだ。たぶん。 喉の奥でぐうっと変な音が漏れて、それが自分の泣き声を噛み殺した音だと気が付いた。 これ以上情けない声を上げたくなくて布団に噛み付く。 布団を挟んだ唇がまだ熱を持っているようだ。今まで付き合った子たちと交わしたどのキスよりも気持ちがよかった。あんなに指の先までジンジンと痺れる口付けは初めてで思い出すだけでまた身体が熱を帯びる。 そこまでされてはじめてリボーンのことがそういう意味で好きなのだと自覚した。 ガキだガキだと思っていたのも、実は自分にストッパーを掛けていたのかもしれない。 多分、リボーンは最初からオレのことを憎からず思っていたのだろう。どこでオレみたいに地味なのが目に止まったんだか知らないが、どこかで会って父さんにムリ言ってまでオレをマネージャーにさせたと見て間違いない。 普通なら両想いでめでたし、めでたしだろうがオレたちじゃそうはいかない。 未成年で事務所のタレントで、大人としてもマネージャーとしても分別を持って接しなきゃならないのにそれが出来ないんだとはっきり分かったのはあの生放送からだ。リボーンをあの手この手で誘惑しようとした女性タレントや女性アナウンサーに嫉妬したんだ。 それでもそんなバカなと知らん振りをしようとしたのに、ザンザスさんたちの歌がその時の心情にぴったりでうろたえて…気が付けば泣いていた。 こんな気持ちを抱えることへの罪の意識と、終わりがあると知れた今の関係とに。 涙腺が壊れたように零れる涙のせいですでに半分は湿っている布団から唇を離すと深いため息が漏れる。 そうやって、堂々巡りの思考を断ち切れずに朝を迎えた。 黒のミニバンが滑るように局内へと走り込んできた。 車を玄関に横付けして彼らを降ろす。最近は自分のミニだと全員乗らないので事務所のミニバンを借りていた。下手というほどでもないが上手な訳でもないオレにはこのサイズのミニバンはちょっと怖い。 局の地下駐車場へと車を置きに行こうとサイドブレーキに手を掛けると、助手席のドアが開いてリボーンが乗り込んできた。 「なに?」 「…一人で駐車できねぇだろ。他の車に当たらないように見ててやる。」 「……」 降りていきそうもない気配にオレが折れた。 ふうっと息を吐き出すとコロネロたちに先に楽屋へ入るようにと言付けて地下駐車場へとハンドルを切った。 . |