4.ゴロンと寝返りを打つと、ちょっとの浮遊感の後に床に身体を打ち付けた。 頭と肩を打ったようで痛い。 眠い目を擦りながら起き上がれば見たことのない場所だった。 …どこだっけ? 山本の家でもなければ、雲雀さんのマンションでもない。 黒と白のモダンなインテリアに、先ほどまで寝ていた赤いソファ。 ぼんやりとしていると、ドアから入ってきた人影が。 「あ……リボーンか。」 「すごい音が聞こえたから来てみれば、ソファから落ちたのか。だから一緒のベッドに寝るかって言ったじゃねぇか。」 思わせ振りに口端を上げて『寝る』に力を入れて言う。 すでに支度を終わらせているようで、洋服に着替え髪型もいつもの揉み上げがばっちり決まっている。 「ん………悪い。」 あまりに大人しく謝るオレを不審に思ったようだ。顔を覗き込むと、額に手を当てて熱を測りだした。 冷たそうに見える白い手は意外にも暖かくて、いまだまどろみへと片足が突っ込んでいる状態のオレは、瞼を閉じると前屈みに倒れ込む。 「っと、あぶねぇぞ。」 咄嗟に手を出して身体を抱えてくれたリボーンは、抱き寄せてソファまで運んでくれた。 7つ年下にも拘らず軽々と横抱きにして。 ぽふっとソファに下ろされ、そこにあった布団に丸まる。 もう離さない。 「…おい、マネージャーだろ。そろそろ起きて支度しねぇと間に合わねぇぞ。」 「あ?……………あぁ!そうだった!」 やっと覚醒したオレはむくりとソファから起き上がる。 いつも以上にはねまくりな髪なんてどうでもよくて、時計をさがせば壁にあった。 「ごめん!支度…は終わってるか。オレもすぐ支度するからキッチンで待っててくれよ。」 「急がなくていいぞ。どうせ朝は食べねぇ。」 「馬鹿言うな!食ってかなきゃ持たないだろ!」 リボーンにしゃべりかけながら手早く着ていたスウェットを脱ぎ捨て、ジーンズとシャツを身に付けていく。 その間、リボーンは親の敵のようにジーとこちらを見て、視線を外さなかった。 「何?何か付いてる?」 「いいや、見たいから見てただけだ。」 「?」 まぁいいや。着替え終えたオレは、昨日一通り教えて貰った中にあるキッチンへと足を向けた。 昨日は朝食用にとパンを色々買い揃えてあるし、野菜は茹でてある状態のものを冷凍庫から取り出した。昨夜のうちに下準備しておいたものだ。 テキパキと朝食の準備を進めていると、リボーンはコーヒーだけは自分で淹れると言ってきた。 「オレ、ブラック飲めないからカフェオレにする。量は半分あればいいよ。」 「おこちゃまだな。」 「本当のガキんちょに言われてもね。」 味覚は子供でも、年齢は大人だからいいんだよ! ベーと舌を出していれば、リボーンはニヤーと薄ら笑いを浮かべていた。 何だか碌なことがなさそうな気がする。背筋が冷たくなったが慌てて視線を逸らす。 うん、見なかったフリ。 温野菜のスープとパン、皮付きのりんご、スクランブルエッグとベーコンで朝食を取る。 ぱくぱくと消化していくオレに、リボーンは呆れ顔だ。 「昨日もあれだけ喰っといて、朝もよく入るな。」 「お前も食べとけよ。ドラマの顔合わせの後、取材が2つ入ってるから途中で食べる暇ないだろうし。」 淹れて貰ったコーヒーに牛乳を入れようと手にした。と、その手を掴まれる。 「何だよ。」 「牛乳入れる前にいっぺん飲んでみろ。」 「いやだよ。どうせ飲めないし。」 「いいから飲め。」 言って牛乳を取り上げられた。ちくしょう、飲めばいいんだろ。飲めば。 自棄になってカップに口を付ける。 ふんわりと広がるコーヒーの香り。深煎りされたと思しき濃い香りにやっぱムリだよな…と尻込みするが、恐る恐る口の中へと流し込む。 苦い。 苦いのだが、香りと味はいい。 ちょっと眉間に皺が寄ったけど、これに牛乳を少し入れれば好みの味になりそうだ。 先ほど入れようとしていた牛乳の量だと、この香りが飛ぶんじゃないかな。 ちらりと見れば、牛乳パックをこちらに押し返すリボーン。 成程、味をみてから量を決めろってことか。 少しだけ入れた牛乳は、自分の好みとよく合った。 苦すぎず、酸味は少ない。 「よくオレの好みが分かったね。」 「紅茶はストレートで飲んでただろ。すごい甘党って訳でもないなら、そのくらいがいいだろうってな。」 出された食事を口に運ぶリボーンは、よく見れば何だかちょっと照れている? いやいや、そんな可愛げなんてある訳ないよな。 昨夜は支度をしに自宅へ帰るのも面倒で、電話で事情を説明してそのままこのマンションへに転がり込んだ。 まあ女の子でもないし、着替えは夕方にでも取りに行こうと思っている。 母さんには電話で話したが、父さんへの報告は今度会った時でもいいだろう。あの人は滅多に家に帰ってこないんだし、心配もしないと思う。何せこいつの面倒をみさせるためにオレをマネージャーにした節がある。 口に食べ物を運ぶスピードは緩めないまま、ちらりとリボーンの覗く。 寝起きはいいのか、起きてから時間が経っているからなのかは分からないが寝惚けた様子もない。 我がままだと評判の割に、こいつが遅刻をしたとか手を抜いたとかは噂になかったことを思い出した。 成程、常識が欠如していてもやる気はあるらしい。 「なんだ?」 「いや、なんでもないよ。」 ちらちらと見ていたことに気付いていたようだ。 性格はオレ様、日本的な常識は欠如気味、でもやる気はある。 よし、オレが少しづつ教えていってやろう! ニコリと笑い掛けると、口許に運んでいたコーヒーカップを止めてじっと見詰めてくる。 お互いにマジマジと見詰め合い、ちょっとだけ時が停止した。 こいつ綺麗な顔してるよなー…なんて見蕩れてたっていうのは内緒だ。付け上がる。 ハタ、と気が付き時計を確認すればそろそろでなければならない時間になっていた。 「ヤバ!もう出なきゃ!」 「…鏡見てこい。口に付いてるぞ。」 「んなこと言ってる場合か。オレはいいよ、お前は見て来いって!」 テーブルの上のお皿は食べ切っていたので、食器洗い乾燥機に放り込んだ。 ちょっと不思議なのは、こいつの家に鍋やらヤカンやらフライパンやらと一緒に食器洗い乾燥機もあったこと。自炊してそうもないんだけど、実は上手いとか?うーん。 それはともかく。 いまだ座っているリボーンの肩を叩いて追い立てると、その手を取られ下に引かれた。 「うわっ…。」 いきなり引っ張られて少し屈むと、唇を舐め取られた。暖かい舌でぺろりと。 ……ペロリ? 「んぎゃー!おまっ!何しやがる!」 口を袖でごしごし拭いていると、目の前の綺麗な黒い瞳が三日月のように眇められていた。 それはそれは楽しそうに。 「パン屑が付いてたから取ってやっただけだろうが。イチイチ煩ぇぞ、ツナ。」 「イチイチって!?オレは…!」 火照ってきた顔で言い募りたいところだが、時間が時間だ。 大人としてそこは譲らなければならない。悔しいが。 「〜〜!早く支度すませろよ!下のエントランスでタクシー止めて待ってるからな!」 掴まれた手を外すと、上着と財布を持って玄関へと向かう。 明日からはオレの車も持ってこよう。 何を思ってあんなことしたんだか知らないが、明日からはやめさせよう! バダバタと忙しない足音を立てて消えていったツナの背に、益々笑みを深くするリボーンがいたのだが、残念ながらツナは見ることが出来なかった。 . |