3.顔合わせも終わり、一刻も早くここから立ち去りたいオレは明日の予定のチェックを済ませると社長室を出ようとした。 すると、わざわざ待っていたらしいリボーンがオレの手を取って挨拶もそこそこに事務所から飛び出した。 慌てたのはオレだ。 「ちょい待てって!いくら売れっ子だからってな、挨拶くらいはきちんとしとけよ。お前が常識なしだとうちの事務所も悪く言われるし、お前も雑誌とかに悪く書かれるんだからな。」 事務所を出て、外に出る前のエレベーターで掴まれた手を勢いよく外すとその手をびしっ!と顔に突き立ててやる。 大体、この常識なしをこのまま外の世界に出せるかっていうんだ。 突き立てられたオレの指に目を見開いてマジマジ見ている。 オレは常識的なことを言っただけなのに、何故か居心地が悪くなった。 「何とか言えよ。」 「…本当に変わったヤツだな。」 「お前にだけは言われたくないよ!」 指を引っ込めて腕を組めば、肩と腰に手を伸ばしてきた。 至近距離の接触は心臓に悪い。 妙な気分になるからやめて欲しい。 すいっと視線を横に逸らすと、それ以上は近寄ってこなかった。 何だか助かった気分だ。 「もう用事はないんだろ。飯でも喰わねぇか?」 「いいけど…オレ結構量食べるから、高いところはムリだからな。」 財布の中身を頭の中で確認する。年下に奢らせるわけにはいかないけど、バイト代は日々の食事代として消費していくのだ。雲雀さんの付き人をしたので、今月はまだ余裕がある。大丈夫、と算段を付けた。 「そう言や昨日はあの量を全部平らげてたな。それでどうしてこの身長なんだ?」 「オレが聞きたいよ。っと…ファミレスじゃバレるしな、どこ行こう。」 昼食以外は外で食べないようにしているので、夜どこがいいとか、人目に付かないとか知らないのだ。 困っていれば、リボーンが勝手にタクシーを停めてオレを押し込める。 「ええっ?何?どこ行く気?!」 「黙って付いて来い。喰わせてやる。」 「ちょっ!年下に奢らせる気はないって…!」 いくら言っても聞かないコイツは、オレの言葉を無視して運転手に場所を告げて、オレに説明することなくその場所へと連れて行った。 その場所と言えば… 「民家?」 「違うぞ。シチリア料理を出すリストランテだ。」 ようはイタメシ屋ってことか。 ここなら確かに滅多な人もいないだろう。中に入れば、店員と気安い挨拶を交わしていた。 随分と懇意にしているようだし、平気かな。財布にも優しいといいんだけど。 テーブルにランプが灯っているだけの、少し薄暗い店内は一席ごとに仕切りもあり、かつ席数が少ない。見渡せば見たことのある顔が…げっ。 「ちっ、ディーノと雲雀も来てたのか。」 「さようならー!」 回れ右して店内から出ようとすれば、がしりと襟首を掴まれた。 首が宙吊りになるからヤメろ。苦しい…! リボーンの容赦ない仕打ちに、声を殺して悶えていると、聞き覚えのある声が掛かる。 だから嫌だったのにっ!! 「やあ、リボーン。…どうして君が綱吉を連れているんだい?」 「ちゃお、雲雀。明日から綱吉がオレのマネージャーになるんだぞ。」 「…へぇ……僕の付き人はすぐにやめたのに、リボーンのマネージャーにはなるんだ?ふうん?」 「誤解です!オレだって好きでマネージャーになった訳じゃない!!」 かなりご機嫌斜めになってしまった雲雀さんの服の裾を掴むと、必死で言い募る。これ以上機嫌が急降下を続ければ、被害は店にも及ぶだろう。それだけは避けたい。 のに! 後ろからオレを身体ごと抱きしめると、雲雀さんに縋っていた手を外して手の甲から握り締められ、頬を寄せてくる。 まるで恋人同士のようなピッタリと身体をくっつける体勢に頭がフリーズした。 「ツナはオレが頼んだら、すぐに引き受けてくれたぞ。」 「イヤイヤイヤ!お前が脅したんだろう?!」 引き受けざるを得ない状況にしたんじゃないか! オレの言葉も虚しく、リボーンも雲雀さんも聞いちゃいない。2人とも顔は笑っているように見えるけど、目が笑っていないんだ。怖い。 そこへ呑気なディーノさんがやってきた。どうやら雲雀さんが暴れているのではと探しにきたらしい。 ビンゴです。早く引き離して! 「お!リボーンじゃないか。ツナを連れてご機嫌だな。」 どこがご機嫌に見えるんだぁ!いいから早く雲雀さんを引き取ってってば。 見た目に似合わずボケボケなディーノさんは、オレの心の声は聞こえないらしい。 相変わらずリボーンに抱き込まれたままで立っていれば、店員が恐々声を掛ける。 「こちらのお席を用意しましたが…。」 「分かった。ツナ行くぞ。」 ひょいっと抱きかかえられたまま雲雀さんとディーノさんを残し、用意された席に座らされた。 …オレ大人なんだけど! 雲雀さんはディーノさんに引き止められたのか追ってはこなかった。 そうしてどうにか食事を終えるとまたもタクシーに押し込まれた。 「って、会計は?!」 「済ませてあるぞ。」 「だったらオレの分だけでも払わせてくれよ。」 ここの料理はおいしくて、ついたくさん食べてしまったのだ。 軽く5〜6人前ほど。 すると、ぐいっと肩を引き寄せ耳元に口を近付けて囁いてきた。 「身体で払うか?」 「………アホ?」 呆れるほどオヤジな台詞に白い目で見てやると、ニヤリと笑った。 それはもう楽しそうな顔で。 何だかイチイチ勘に触るヤツだ。ムカっときて顔を押し遣ると、嫌いらしい言葉をわざとくれてやる。 「ガキはクソして寝ろ。」 「誰がガキだって?」 ほらな。 こいつ自分がガキなのを指摘されるのが嫌なんだ。 オレだって人が嫌がることを言うのは好きじゃない。けど、コイツは別だ。 だってオレのコンプレックスを言葉と行動で抉るのだ。 自分がされて嫌なことはしない。それって当然だろ? 挨拶といい、人の気を逆撫でする言動といい、誰もコイツに教えてないならオレがきっちり教えてやる。 近所のガキんちょどもや、ボランティアでガキの扱いには慣れている。だから父さんもコイツをオレに預けたんだろうし。 ええぃ、毒を喰らわば皿までだ。 「お前、一人暮らしだったよな?」 「ああ。」 「それじゃ、明日からと言わず今日からきっちり管理してやる。このままお前んちまで行くからな。しばらくは寝食共にする。逃げられると思うなよ!」 少し見上げる格好で睨みつけると、それを聞いていたリボーンは表情を固まらせていた。 ふふん、勝ったぜ。 などと思っていたのに。 相手はオレより一枚も二枚も上手だった。 それを知るのはもうすぐのこと。 . |