リボツナ2 | ナノ



薬のない病にかかりました、治せるのは君だけです 3




「ったく…てめぇにかかるとちっともしまらねぇな。じゃあ教えてやるぞ。家光との『賭け』はツナが自発的にオレを好きになることだ。大事な一人息子を取られまいとする家光の苦肉の策だったらしいぞ」

「はぁ……?えーっと」

つまり、どういうことだ?
リボーンをオレが好きになればリボーンの勝ちで、リボーンからオレに声を掛けることは禁じられていたのか?
なんだかそれだとリボーンが本当はオレを好きみたいに聞こえる。しかも、オレが自覚するよりずっと前から。
自分に都合のいい話だと頭を横に振ろうとして、今更ながら顎を取られていたことに気付
いた。顔が動かせない。
妙なことを考えてしまったせいで顔は崩壊寸前で、気恥ずかしさに熱を持ち始める。
ある訳ないと分かっているのに、一度囚われてしまった考えが頭から抜けなくてバツの悪さを誤魔化すように視線を逸らした。

「何どっか見てやがる。お前は両親の前で告白は済ませた。つまりオレの勝ちだな」

オレの後ろに居る父さんに向かってそう口に出したリボーンの言葉に虚を突かれた。
震える指先を握りしめることで隠すと、それを見詰めたまま口を開く。

「それってさ…賭けのためにオレをダシに使ったってことかよ?」

ボソリと零れた言葉は、自分のものとは思えないほど暗く低い。
悔しい。酷い。最低だ。
オレばっかり本気にさせられて、舞い上がったらお役目御免だなんて、こいつはオレのことを何だと思っているのだろうか。
それでもやっぱり嫌いになれなくて唇を噛む。

「オイ、」

少し緩んだリボーンの手から逃れ、隠すように顔を伏せていたオレの頭に容赦なく拳が落ちてくる。
ゴツンと音がするほどのそれに驚いて飛び上がれば、リボーンは眉間に皺を寄せてオレを睨んでいた。
負けるものかと睨み返すと、今度は胸倉を掴み上げられた。

「曲解してんじゃねぇぞ。鈍いんなら、話は最後まで聞きやがれ」

「何をだよ!」

ここまでくればほとんど意地しかない。
いくらオレがダメツナで馬鹿だといえど、そうそう丸めこまれて堪るか。
視線を合わせたままリボーンの言葉を待つ。
いつも皮肉げに閉じている口元が開いて、動いた。

「好きだぞ」

「嘘だ」

告げられた台詞が信じられなくて即座にそう返す。
もし冗談じゃないとしても、その『好き』は自分の『好き』とは別のものの筈だ。
何でも出来て、人にも恵まれて、自分に自信があって…好きになればなるほどオレと違うことを知るだけで苦しくて仕方なかった。
好きだと告げられない自分の位置が楽だとさえ思ったこともある。
それが父親の転勤が決まった途端、当たって砕けたいと思ったのは二度と会えないと確信したからだ。
例え男を好きになるようなゲイだと軽蔑されても、これからは重なることのない時間を過ごすことになるのだからと。
ならばオレはリボーンにとって存在しないことと同じで、すぐに記憶から消されると逃げ場があることを確かめてから行動したのに。
こんな崖っぷちの攻防になるなんて思ってもいなかった。
逃げさせてくれない相手をあらん限り睨み付ける。
好きだけど、嫌いだ。嫌いなのに、好きだった。
瞬きもせず睨み合っていたオレたちの横から手が伸びて、オレとリボーンとを引き離す。

「…そういうことならオレの勝ちだな、リボーン。フライトの時間も近い。行くぞ、ツナ」

「父さ、ん」

ぐっと肩を引かれてよろけるように足が動きはじめる。
そういえばそろそろ搭乗時間が近付いていた。
このままでいいのかと迷う気持ちより、この場から逃げ出したいという後ろめたさに押されて顔を背けた。
どうせ叶わないなら綺麗な想いだけでいい。
憧れのまま好きでいられる。
これでよかったんだと、父さんの手に押されて人通りの多い方へと足を踏み出した。
それにしても、どうして男なんか好きになったんだろうと自分でも不思議に思う。
初恋も2度目の恋も女の子で、特に男を見てドキドキしたこともない。そもそも男が好きなら山本でもよかったような気がする。
優しいし、男前だし、格好いいという点では劣らないと思う。
だから自分は男が好きなんじゃなくて、リボーンが好きだったんだと今更思い知る。
優しくないわ、すぐに手が出るわ、気障でなにより口が悪い。
だけど…だけども。
ぎゅうと胸を締めつけられるほど、自分の気持ちが抑えられなくなるほど掻き乱される存在はリボーンだけだ。
これが今生の別れなのだと今更気付いて、慌ててリボーンを振り返る。
すると、まるでオレが振り返ることを知っていたように先ほどと同じ場所でリボーンはこちらをまっすぐ見詰めていた。

「ツナ」

呼ばれて肩が震える。
さよならと言える機会は今しかない。
好きだなんて言って迷惑をかけたことを謝って、それから元気でと笑って言いたいのに。
動かない唇が浅く息を吸い込んだところで、リボーンは手をオレに向けて伸ばしてきた。

「手を」

言われて父さんの手を振り解くようにリボーンへと差し出す。
いっぱいに伸ばして自分よりも大きな手の平の上に重ねると、その温かさに頬が赤らんだ。
これだけのことでで昂ぶる自分に羞恥を覚えて顔を伏せると手の先から声がかかる。

「オレに手を握られるのは嫌なのか?」

「ちが…!」

慌てて首を横に振ると、オレの手を握っていたリボーンは力を込めて引っ張って。
ふらりとよろけるようにリボーンの前まで運ばれたオレの、肩から背中に自分以外の体温を感じて身動きが取れなくなった。

「こうやって抱かれるのは?」

近い。近すぎて顔を上げることも出来ない。
低い声に鼓膜が震え、それを隠すように目を瞑ると必死で首を横に振り続ける。声なんて出せる訳もなく、ただこれだけが伝える術だというように。
これが最後のチャンスなのだと分かっていても、何を伝えればいいのだろうか。
ぎゅっと握った拳を視界の端に入れていれば、オイと上から呼ばれる。

「上向け」

出来ないと首を振っていたのに、どうしてか顔はリボーンの言葉に従っている。のろのろと顔を上げ、みっともないほど赤くなっている頬を晒すと視線を重ねた。
もう外せない。
父さんや母さん以外にも道ゆく人まで振り返る状況だというのに、リボーンから逃げられなくなる。
身体を包む腕が強さを増して狭まっていき、それと同時に視線も吐息さえ落ちてくる。
皮膚にリボーンの息遣いを感じて、全身が心臓になったみたいに脈拍が暴れて自分のいうことをきかなくて苦しい。
痛いほど、自分の中の感情を突き付けられる。

「っ、すき…だ!」

馬鹿の一つ覚えだと我ながら呆れる。今更だと、どうしてこんな台詞しか出ないのかとも。
だけど、今のオレにはこれしか言えないのだから仕方ない。
羞恥よりも激昂に促された2度目の告白を、リボーンは黙って聞いていた。
頷くでもなく、腕を離す訳でもない。
拒絶されたのか、受け入れられたのかすら分からないまま見詰め合っていると、リボーンはようやく唇を動かした。

「だったら、どこまで近付いていいんだ?」

突然何をと面食らったオレに、けれどリボーンは返事を待つように口を閉ざすと顔を近付けてきた。
身長が違うからリボーンはかなり屈んでいる。
鼻先が触れ合うほどの距離に息が乱れていくことを自覚しても、いつも通りになんてなれそうにない。

「ここまでか?それとも、」

途切れた言葉に唇が動く。

「もっと」

言うとリボーンは距離を詰めて。

「…ちがう、もっと、近付きたいんだ」

オレが、と言う前に唇で触れた。
薄い唇は想像より温かくて、少し湿っていて柔らかかった。
抵抗されないことをいいことに一度、二度と重ねてから顎を引いて唇を離す。
零れた自分の息遣いに、しでかした事の大きさに気付いて気まずくなる。逃げ出そうと身体を捩るとリボーンの手が追ってきた。

「バッ!離せって…!」

「何でだ?ツナからしてきたじゃねぇか」

「そ、それはそうだけど」

だからこそ逃げたい。
オレの行為をどう受け止めたのか、それを知るのが怖かった。
どうすればいいのかすら分からなくて、彷徨うように視線を横へ向けるとギャラリーがオレたちの周りをぐるりと取り囲んでいた。
見られたことに気付いて死にたくなる。父さんと母さんの視線も感じるが見返すことが出来ない。
動揺するオレの身体を離さないまま、リボーンは腕の力を強めてオレを閉じ込めた。

「オレはもっとシたいぞ…?もっと、近付きたい」

言われて顔を戻すと、リボーンはオレだけを見詰めていた。周りなんて気にしない豪胆さに呆れもするが、そこが彼らしいと思う。
だから、リボーンに倣って周りを遮断してから言われた台詞をなぞってみる。

「もっと…?」

キスをしたのだからそれ以上ということなのだろう。それはなんだと考えて、あらぬ方向へ妄想しかけて顔が赤らんだ。

「ゃ、ちがう!」

顔の前で手を振って妄想を追い払おうとするも、一度とりつかれた淫らな場面は消えてはくれない。
そっちの方面は淡泊だと思っていたのに、どうしてこんなになってしまうのか。
泣きたい気分で火照る身体を持て余していれば、リボーンはオレの手元からバッグを奪うと搭乗チケットを取り出した。

「そういう訳でこいつは預かるぞ」

手にしていたチケットを父さんへ投げつけ、オレの肩を抱いたまま周りの人垣を押し退けて歩き出した。
慌てたのはオレだ。

「ちょっ…!オレ、引っ越すんだけど?!」

荷物もないし、金もない。そもそもオレは未成年だ。
戻らなきゃと顔を母さんへ向ける。すると、母さんはひらひらとこちらに手を振っていた。

「大丈夫よ、リボーンくんも同じ便なんですって!イタリアに着くまで、二人きりにさせてあげるわね」

「はぁ?」

同じ便って何だ?
よく見れば、リボーンも手荷物らしき鞄を持っている。
そうすると同じ会社の人たちも一緒なのだろうか。
父さんが渡伊するということは、そのプロジェクトで日本にきていた人たちもひょっとしたら…。

「リボーン!」

「なんだ」

オレたちを囲んでいた人垣を抜けて、長い足に見合った歩調で先を行くリボーンの横顔に声を掛けた。

「もしかしてさ、リボーンもイタリアに行くのかよ?!」

「行くんじゃなくて、帰るんだ」

そういえばそうだ。リボーンはあちらの国の人だった。
じゃない。

「それって向こうでもオレと同じ学校だったりする…?」

先ほどとは違った意味でどっと汗を掻いたオレの言葉に、薄い唇はニィと弧を描く。

「そうだぞ。だからこれで別れる訳じゃない」

「っっ!」

返ってきた台詞に声もなく呻く。
逃げるどころか離れられない。
どうしよう、まずいとそればかりが頭の中を占めていくオレを横目で見ていたリボーンは、少し遅れていたオレの肩を引っ張ると自分の身体に押し付けた。

「目的地は家光たちと同じだ。だがチケットは別に取ってある。邪魔はさせねぇ。だから、それまでじっくりと教えて貰うぞ」

「な、なにを?」

猛禽類に襲われるウサギにでもなった気持ちで黒い瞳を見上げる。

「ツナの言うもっとの先を、だ」

勿論オレに拒否権なんてあろう筈もなかった。



おわり



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