薬のない病にかかりました、治せるのは君だけです 1神様なんてこの世にはいなくて、時間は誰にも平等に与えられている。だけどそれが十分かといえば、今の自分にとっては不足だった。 どうしてもっと早くことを起こしていなかったのかと、後から悔むのは愚か者のすることだと誰もが分かっていても、先のことなんて誰も分からないのだからこうなるのだろう。 目の前で獄寺くんが泣いている。感情の起伏が激しい彼が、声を殺して肩を震わせてオレとの別れを惜しんでくれていた。 その横では山本が無言でオレの頭を掻きまわし続けている。少々どころか、かなりくらくらするが山本なりの気持ちを表しているのだからオレは我慢しなければならない。 父親の仕事の都合でイタリアへ渡るオレを見送りたいといって来てくれた2人を見た両親は、先に行ってるとオレに告げるとこの場から立ち去ってくれた。 だけど空港という場所は人の往来が激しいので3人きりという訳でもない。 オレたちの横を通り過ぎる人たちは、物珍しげに眺めていったり、わざと見て見ぬふりをしてくれたりと総じて遠巻きにしているも見られていることは確かだ。 普段なら恥ずかしいと逃げる状況だけど、今日は逃げることは出来ない。 しがみ付くようにオレの肩に腕を回している獄寺くんの背中に手を回し、もう片手で山本のシャツの裾を掴む。 「…ごめん」 と漏れたオレの言葉に、2人は息を飲んで身を硬くした。 「ホント、オレ馬鹿でごめん。さよならって言いたくなかったから、ずっと友だちだって思ってたから、いいやって思ってた訳じゃないけど後回しにしちゃって…ごめん」 「そんなこと…っ!」 違うと激しく首を振る獄寺くんの言葉を継ぐように、山本が顔を寄せてオレの頭にそれを押し付けていた。 「いーんだって!オレら、友だちだろ?」 「そうっス!沢田さんがどこに居ようともオレは…オレ達は友だちなんスから!」 「うん…」 ありがとうと何度目か分からない感謝を伝えていると、オレにしがみ付いていた腕と頭の上にあった気配が少しだけ遠ざかる。 どうしたんだと顔を上げれば、視界の先に黒い靴が見えた。 それを辿っていくと思いがけない顔を見付けて目を瞠る。 「リ…ボーン?」 どうしてここにいるんだろうと考えるより、本当に本人なんだろうかと思わず疑問符が声に出た。間違えようなんかないけど、つい確認してみたくなる。 たまたま空港に用事でもあったのだろうか。世間は狭いらしい。 混乱するより意外と冷静に判断した自分は、けれど全然冷静でも客観的でもなかった。 5日前の夏祭りできちんと告白するでもなく、引っ越すことも知らせずに別れたきりだったことをすっぽり忘れていたオレは、リボーンの顔を見ていつも通りに軽く頭を下げる。 「こんにちは」 「こんにちは、って…馬鹿か、てめぇは」 なんの話だろうか。馬鹿だとかダメだとかの単語とは相変わらず縁が切れないせいでリボーンの言わんとしている言葉の意味がさっぱり分からない。 自分のした挨拶が不適当だったのかと首を傾げて考えていれば、オレにしがみ付いていた腕と覆いかぶさっていた気配が消えてトンと背中を前に押される。 飛び出すようにリボーンの前に出たオレは、慌てて後ろを振り返る。そんなオレから離れた2人はこちらに向かって手を振ると、オレに背を向けて立ち去るところだった。 「山本?!獄寺くん!!」 「そろそろ失礼します!」 「あっち着いたら電話くれよな!」 「あ、うん…!って!」 何で突然2人に逃げられたのか分からない。 碌な別れも出来ないまま置き去りにされたオレは、茫然と2人が消えて行った雑踏を眺め続けた。 そんなオレの背後から低い声が掛かる。 「オイ、」 「え、はいぃぃ!」 呼び掛けられるとは思っていなかったせいで裏返った声が奇妙に響く。通り過ぎる人たちがオレの大声に視線を投げ掛ける中、リボーンはオレの足元に置いてあった機内持ち込み用のバッグを手にすると、それを持ち上げて歩き出した。 それに慌てたのはオレだ。 「ちょっ…それ、オレの!」 「いいからついて来い。こんな場所で話なんて出来ねぇだろうが」 荷物を取り戻すためどこに行くのか迷いのない足取りで向かうリボーンの背中を追い掛ければ、展望デッキに繋がる手前の人気のない行き止まりに辿り着く。 誰もが展望デッキへと向かうせいで、死角のようになっているそこでリボーンは足を止めるとやっとこちらを振り返った。 「ったく、手間掛けさせやがって」 「へ?え…?」 目を白黒させてリボーンの言葉の続きを待てば、リボーンは手にしていたバッグをこちらに投げて寄越した。 「日本人ってのは奥ゆかしいと聞いてたが、まさか告っといて返事も訊かずに逃げるとは思わなかったぞ」 「……ぇ?」 リボーンの言葉が耳を通り脳に到達して、その意味を理解するまでに10秒を要した。そしてその台詞の意味を悟った途端ザッと血の気が引いていく。 「なん、何で…!」 聞かれてないと思っていた。 小声での告白は花火の轟音に掻き消されてしまい、自分でも聞き取れなかったからだ。 その後も態度を変えることなく、最後まで花火を鑑賞して普通に別れたと思っていたのに。 赤くなるよりも青褪めたオレは、自分のしでかしたことに手が震えてバッグを取り落とした。 今更の羞恥とこれからの恐怖に足から力が抜けていき、ペタリと床に座り込む。 何を言われるのかと怯えながら見上げた視界の先で、黒い瞳は何の感慨もなさそうにオレを見詰めていた。 きっと告白なんて慣れているんだろう。だから男のオレからの告白にも驚かなかったし、今もいつも通りの表情でいられるのだ。 当たり前なのに悔しくて、そんな顔を見られまいと顔を伏せる。ぎゅっと唇を噛み締めていると、しゃがみ込んでいるオレの前にリボーンは近寄ってきた。 「オレに訊かねぇのか?」 いらない、と思った。どうせもう逢えないのなら、可能性がなかった訳じゃないと思える方がいい。 自分にしては頑張ったから夏の思い出も出来た。 これ以上望まないと言い聞かせた自分を思い出して首を横に振れば、リボーンはオレの目の前に立ったまま声を掛けてくる。 「なら、どうして忘れたなんて言ったと思う?」 再会した時の話だろうか。 確かにどうしてだろうと思ったが、今更知ったところでどうにもならない。 どうでもいいとリボーンの視線から逃れるように力なく顔を伏せれば、襟首を後ろから掴まれて引っ張り上げられた。 「このダメツナが。なんでオレが空港まで来たと思ってんだ」 容赦ないリボーンの手のせいで、首が締まって声も出せない。やめてくれと手を振ると、やっと気付いたのか襟から手が外れた。 「ぐっ、ゴホ!…し、ぬじゃないか!」 何なんだと睨む勢いで顔を上げれば、思っていたより近い位置にリボーンの顔があって急いで飛び退いた。 「そうやって簡単に死ぬ死ぬって言いやがって、ちっとも変ってねぇのか?」 「ッッ!」 反射的にリボーンを睨みつける。どうしてオレみたいなダメツナを放っておいてくれないのかと、逆切れのまま顔を突き合わせた。 言いたいことなんて、あるに決まってる。だけど、そんな自分勝手を押し付けても仕方ないじゃないか。 座りこんだままのオレと、そんなオレを立ったまま眺めるリボーンと。 近くにいるのに近付けないのは、オレが逃げるからだといいたいのだろうか。 もう知るもんかと半ばやけくそになって、リボーンの目を見たまま口を開いた。 「好きだよ!友だちとしてじゃなく、クラスメイトしててでもなく、恋の好きだ」 逃げも隠れもなく告げた本心なのに、喧嘩腰の告白というのもどんなものだろう。 最初がいけ好かないと感じていたせいか、それとも好きだという気持ちと同じだけ反発心が起こるのか、自分でも分からないままリボーンを睨み続けた。 オレの告白にも表情ひとつ変えなかったリボーンは、しゃがんだままのオレの腕を取ると立ち上がらせてくれた。 「知ってたぞ。…っつうか、そう仕向けたのはオレだしな」 行くぞと声を掛けられて、腕を取られたまま歩き出した。床に置かれていたバッグに慌てて手を伸ばすと、どうにかそれを担いでからリボーンに引き摺られていく。 自分より高い位置にある黒髪を眺めている内に、先ほどのリボーンの言葉の意味に気付いて声を上げた。 「ちょ、待った!待てってば!」 「なんだ」 呼び止められたリボーンは、煩わしそうに眉を顰めて肩越しにチラリとオレを振り返る。 「なんだじゃないって!知ってたって!仕向けたって…何だよ!」 2012.06.13 |