リボツナ2 | ナノ



何も求めないということは幸せである、○か×か 2




食べたことがないと言うリボーンに付き合ってあれもこれもと手の中の荷物が増えていく。わたがしに大阪焼き、焼きそばにじゃがバター、焼き鳥とリンゴ飴など目に付いた端から積み上げられてため息が出た。
多めに貰ったお小遣いがどんどん減っていき、財布の中身が心許なくなってくる。
まいったなと肩を竦めながら、ふと横を向いた先に見覚えのある食べ物を見付けて目を瞠る。
久しぶりに見たチョコバナナは何だか色とりどりで、こんなに綺麗な色のチョコレートってあったんだと驚いているとオレンジのそれを手渡された。
リボーンは黄色で、鮮やかなカラースプレーとアラザンで彩られたそれを見て2つ分お代を払おうとして止められた。

「もう払ってあるぞ」

「え、あ…ありがとう!」

これだけ買わされたお礼みたいなもんかと頷いて、それでもはじめてリボーンに貰ったものだと内心で喜んで恐る恐る頬張る。
齧るとチョコは思ったほど甘くない。
隣で同じく齧っていたリボーンの横顔を見上げれば、一齧りしたところで盛大に眉を顰めている。それほど不味くもない筈だと覗き込むと、横から黄色いそれを押し付けられた。

「…やるぞ」

「えーと。バナナ嫌いだった?」

チョコレートでコーティングされたそれは、一見バナナには見えなかったかもしれない。だからそう訊ねてみるといいやとリボーンは首を振って、塞がっていたオレの手から荷物を取り上げた。
両手が空いたところで黄色いチョコバナナを手渡される。

「で、どこ向かうんだ?」

「こっ、こっち!」

さりげなくオレから荷物を取り上げたリボーンにお礼も言えないまま先に立って歩いていくと、いつの間に手に入れたのか麦茶のペットボトルをリボーンは煽っていた。
まるで流し込む勢いで飲み干す喉元が上下する。
その白い肌とどこもかしこもすらりと伸びやかな線に目を奪われていれば、同じように足を止めてリボーンを見詰めている幾つもの視線に気づいてハッとした。

「早く行こう!」

今日は2人だけの夏祭りなんだ見ず知らずの女の子に取られて堪るかと、遠巻きにこちらを見ていた女の子たちの視線から逃れるようにリボーンの手を掴んで目的の場所へと足を向ける。
花火や露店でごった返していた通りを抜け、街灯もない小道を歩いていくと後ろから声が聞こえてきた。

「なんだ、暗い場所が怖い訳じゃねぇんだな」

「なっ…!」

先日のお化け屋敷の一件を当て擦られたことに声を詰まらせた。暗いところが怖かった訳じゃない。脅かすぞというあの独特の雰囲気に呑まれたのだ。
だからといって、そんな情けないことを言える筈もなく口を噤んで視線を前に向ける。

「…ここの先の境内を越えて、その横にある小道を行けば少し小高い丘があるんだ」

けもの道よりはまだマシだけど、道と呼べるほど舗装されてはいない。頭の上から覆いかぶさるように生える枝を掻き分けて、腰丈まである草を踏み締めていくとひゅ〜という音が前方から聞こえてくる。
時間だったらしい。
慌てて顔を上げると視界の先が開けて、その間から大きな花火が飛び出した。夜の暗闇を縫うように上がった光が、目の前で花弁のように広がっていく。
見慣れていたと思っていたのに、今日はやけにキラキラして綺麗に見えた。
思わず足を止めて見入っていれば、オレの後ろについてきていたリボーンの声が聞こえて慌てて振り返る。

「結構すげぇな。間近で見ると音と光の迫力あるんだな」

「うん…」

丘の向こうで花火を打ち上げているから向きは横になってしまうが、かなり近くで見られるポイントなのだ。
本当に2人しか座れる場所のない草むらに腰を据えると隣にリボーンがくる。
ドンドンと打ち上げられる音の向こうでスターマインが閃光を迸らせているのに、オレの視線は横に釘付けだった。
胡坐を掻いて買ってきた焼き鳥に喰い付く横顔が花火の明りで照らされてはっきりと見える。
自分とリボーンしかいない空間なんだと改めて思い知らされたようでドキドキしてきた。
オレは彼のどこを好きになったのだろうか。
行きがけに久しぶりに会った初恋の相手とは、性格が180度どころか性別すら違う。可愛くもないし、優しくもない。そもそも出会いが最悪だ。
だけど、オレすら諦めかけていたことを何でもないことのように吹き飛ばしてくれた。
事情を知らなかったからだと分かっているのに、それでも特別な気持ちは治まりそうにない。
このままだと暴走してしまいかねなくて、逸らすように視線を手元のチョコバナナに戻すと横から声が掛かった。

「あのな、そんなにジッと見詰られると穴が開いちまうだろうが」

「ッッ!」

気付かれていたことを知って口に含んでいたバナナが喉に詰まる。気道を塞いでいたバナナを咳で無理やり押しだせば、横から麦茶が現れた。

「っ、ごめ…!あり、が…!っ!」

上手く喋れないオレに飲みかけのそれを渡したリボーンは、顔をこちらに向けることなく6尺玉が夜空を彩る様を目で追っていた。
そういう、分かり難い優しさに胸がぎゅうと締めつけられる。
口元まで持っていったペットボトルの飲み口に吹きかけるように言葉が漏れた。

「…すき、です」

今更言ってもどうしようもない言葉。
答えなんて言われるまでもなく決まっているから言わないでおこうと決めた言葉。
オレを思い出して貰って、それからあの時はありがとうとだけ伝えようと思っていたのに溢れ出てしまった。
だけどオレの言葉を覆うように花火の音が重なり、自分でも途中で聞き取れなかった。
花火の爆音で聞こえなかった筈だが、ひょっとしたら聞かれてしまっただろうかとリボーンの横顔を眺めるとちらりと視線だけこちらに寄越す。
何を言う訳でもなく、ただ黙って視線と視線が重なった。顔色ひとつ変わらないことに先ほどの言葉は聞こえなかったんだと知る。
安堵と、それからわずかな落胆が混ざって胸が痛い。
渡された麦茶を掲げて訊ねた。

「これ、飲んじゃってもいいかな?」

「…構わねぇ」

ありがとうと断ってから飲み干すと、ペットボトルを脇に置いてリボーンへと身体ごと向けた。

「覚えてないと思うけど、去年オレとリボーンは会ってるんだ。その時のリボーンに救われた。死にたくないって、見返してやるって思えたんだ。だから、高校に入学できた。リボーンには関係かもしれないけど、ありがとう」

突然ごめんなと頭を掻いてバツの悪さに合わせていた視線を彷徨わせれば、隣のリボーンがため息を吐いた。

「覚えてたぞ。本当はな」

「っ、え…?」

思いがけない言葉に慌てて顔を戻したオレは、視線をこちらに向けたままのリボーンの顔を覗き込んだ。
横からの花火の光を受けながら肘を胡坐の上に乗せ、何を考えているのか分からない表情のリボーンの言葉を待つ。

「情けねぇ泣き言吐いてたガキが、まさか自分と同い年だとは思わなかったがな」

ならば何故あの時、オレのことを覚えていないと言ったのか。
死ぬ気で受験勉強をして、最後の最後で受かっていたのがあの高校だった。自分の力だけで乗り切った初めての出来事だ。
何度も諦めそうになっては、そのたびにリボーンに吐き捨てられた言葉を思い出して負けるもんかと食らいついた。
掲示板に自分の受験番号を確認した時には、隣にいた見知らぬ男子生徒に頬を叩いてもらい自分の正気を確かめたぐらいだ。
そこでやっとあの時の男への感謝の気持ちが湧いてきた。やれば出来ると、自信を貰ったことに感謝こそすれ他意はなかった。
あの時素直にお礼を済ませていれば、今のこんな気持ちには育たなかったかもしれない。
忘れられていたことで意識をして、どうにか自分を思い出して貰いたいとその機会を伺う内に別の感情が生まれてきた。
京子ちゃんにあこがれていた時とはまったく違う、ひどく生々しい想い。

「今更だろ…」

そう、もう遅い。
好きだと告白しても、オレを覚えていてくれたとしても、全部今更だ。
手の甲に落ちた生温かい感触に、それが自分の瞳から零れた涙だと気付く。情けないけど泣いている顔を見られる恥ずかしさより、リボーンを見ていたいという欲求が勝った。
鼓膜を震わせる花火の音より、互いの横顔を照らす光より、目の前の存在以上に心が動くことはない。
それが辛い。
これ以上を望めないことは、百も承知だ。
5日後には日本から飛び立たなくて、それは自分ではどうにもならない事情がある。養育されている立場でゴネられるほどうちは裕福じゃない。
再会した時にリボーンがオレを覚えていると言ってくれたなら、あと少しだけでも時間があったなら、違っただろうか?
花火が散る音を聞きながら、浴衣の袖で顔を拭うとへにょりと笑顔の形を作ってみせる。

「なんか目に虫が入ったみたいでさ、びっくりした!」

オレに出来ることは、これ以上何も望まないことだと知っていた。


2012.06.05










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