何も求めないということは幸せである、○か×か 1鏡の前で何度も何度も自分の姿を確認した。 帯は曲がっていないか、髪の寝癖は取れたか、それから…どうしたら目の下のクマが消えるのか。 今日は待ちに待った夏祭り当日。7月の終わりといえば梅雨明けと重なるかと思われたが、丁度夏休みに入る寸前に梅雨明け宣言をしたお陰で今日もいい天気だ。 楽しみ半分、不安半分で床に着いたオレは見事に寝不足でこうしてクマを作っている。 大きな欠伸をして洗面台の前で目を擦っていると、後ろから母さんがタオルを2つ差し出してきた。 「まずは蒸しタオルで目の周りを温めてから、次にこっちの冷たいタオルですっきりさせなさい」 まったく、そんなに楽しみにしてたの?とからかいながらの母さんの問い掛けには無視を決めて手渡された蒸しタオルを瞼の上に乗せた。 「こんなんでよくなるの?」 じんわりとタオルの熱で目の周りを温めると気持ちいい。流し台に凭れかかりながら目を閉じていると、横からタオルを取られて、今度は冷たい感覚に覆われた。 瞼を冷やされて驚くも、すぐに気持ちよくなっていく。腫れていた瞼が少しだけすっきりしたような気もする。 タオルを外して鏡の中の自分を覗いた。 纏まりの悪い髪の毛はいくら櫛を通しても、水で濡らしても変わらない。目ばかり大きい顔の真ん中にはお世辞にも高いとはいえない鼻がちょこんとあって、その下にある唇は自信のなさが表れているように小さい。 秀でたパーツどころか、男らしささえ見当たらない自分の顔にため息が出る。 そんなオレを後ろから鏡越しに覗き込んでいた母さんは、オレの浴衣の帯に手を掛けるとぎゅうと強く結び直してくれた。 「もう、そんなに確認しなくてもツナは可愛いわよ?」 「ちっとも嬉しくないよ!」 相手は超が付くほど美形なのだ。隣に並ぶには見劣りするにも程がある。 いくら鏡を覗き込もうとこれ以上になる訳でもないと、タオルを母さんに押し付けて廊下に出ると腕時計に目を落とす。 あと20分で待ち合わせの時間だ。少し早いが家を出ようと玄関に向かい用意されていた下駄に足を通した。 「並盛の最後の夏休み、楽しんできなさいね…」 「うん、」 頷くと、悔いのないようにという母さんの声が聞こえた気がした。 待ち合わせ場所は自宅近くの公園とは名ばかりの小さい遊具しかない児童公園だった。 ヘタに人目のある場所で待ち合わせるとクラスメイトや高校の同級生に見つかる可能性があるからだ。 しかもよくよく話をしてみれば、リボーンの自宅はうちのすぐ近くだったらしい。ならばということで、夕方の人気のない児童公園で待ち合わせということになった。 まだ明るい空を眺めながら公園の横の道を通る人影を目で追う。15分も前に着いたのだからリボーンはまだ来る筈もないと分かっているのに、それでもソワソワと背の高い影を探してしまう。 そこに見覚えのある懐かしい顔を見付けて、驚きのあまり思わず大声を上げた。 「あ…っ、京子ちゃん?!」 呼んだつもりはなくても、自分の名前を聞けば誰だって思わず振り向いてしまうものだろう。果たして京子ちゃんも同じで、オレの叫び声に何気なく顔を上げた。その澄んだ瞳にオレを映した途端、目を見開く。 「…ツナ君?」 「あ、の…久しぶり」 中学時代の初恋の相手との再会に動揺しない訳がない。一方通行の憧れにも似た淡い恋だったけれど、当時も今も眩しいぐらいに輝いている京子ちゃんから慌てて視線を逸らした。 オレの声に駆け寄ってきた京子ちゃんは、真っ直ぐ見返せないオレに気付くことなく前に立つ。 「本当だ、高校違ったから久しぶりだね!ツナ君は元気だった?」 「う、うん」 ドキマギと早鐘を打つ心臓を手で押さえながら返事をする。すると、京子ちゃんはオレの顔を覗き込んできた。 「ツナ君、今日はデートなの?」 「えぇ!あの、えーと…」 自分にとってはデートでも、リボーンには違うと思われていることは確かだ。だからどう答えていいのか迷っていれば、語尾を濁したオレに京子ちゃんは苦笑いを浮かべてそっか…と呟いた。 「そうだよね…ツナ君、好きな人出来たんだ。出遅れちゃったな、私」 「へ?」 何のことだと訊ね返す前に、京子ちゃんは慌てた様子で手を振ると顔を赤くしたまま後ろへ飛び退いた。 「またね!ツナ君!」 「あ、うん…!京子ちゃんも夏祭りなんだよね?気を付けて!」 相変わらず京子ちゃんは可愛いからナンパとか不良とかが心配でそう叫ぶと、それを聞いた京子ちゃんは一瞬だけ眉を寄せて泣きそうな顔になった。 驚いて目を瞠るオレに、京子ちゃんはすぐにいつもの笑顔を見せて答える。 「大丈夫だよ!ツナ君も気を付けてね?」 当たり前のようにそう声を掛けられて肩を落とした。中学時代は寄ると触ると不良たちからカツアゲされていたことを知っているからだろう。情けないにも程がある。 オレを気遣いながら立ち去る京子ちゃんに手を振って見送っていれば、後ろから突然オイと声を掛けられて飛び上がった。 「何驚いてやがる。お前が呼びだしたんだろ」 「リ、リボーン!!」 気配もなく、狙ったように耳元で囁かれたせいで口から心臓が飛び出すかと思った。それぐらいびっくりして声のした方向を振り返る。 この前のお化け屋敷でも黒尽くめの格好だったけれど、今日も見事に上から下まで真黒だった。だけど似合わない訳じゃない。夏なのに暑苦しくも感じられない。格好いいは正義だ。 そういえば出会った時にも黒いフォーマルだったなとぼんやり思い出していると、リボーンの視線がオレの頭からつま先まで辿っていった。 「フム、馬子にも衣装、ってヤツか?」 「…アリガトウ」 多分、きっと、おそらく褒めてくれたに違いないと思うことにして視線を合わせる。そこでやっと今日のメインイベントを思い出した。 こんな場所で突然告白なんて出来る訳もない。前回の失態の埋め合わせをしつつ機会を伺おうと決めて、リボーンの隣に並んだ。 「夜店はもう少し先なんだ。花火は7時半からかな。見たことある?」 随分と上にある顔を覗き込めば、リボーンはいいやと首を振る。先日まで声も掛けられなかったとは思えないほど普通に話せている自分に気をよくしながら一緒に歩き出した。 「オレ地元だからさ、いい場所知ってるんだ!夜店で食い物買ったらそこ行かない?」 人も来なくてゆっくり見られるんだと続ければ、リボーンはそんなオレを一瞥して意味ありげにニヤリと笑う。 「人気のねぇ場所に連れ込んでナニするつもりなんだ?」 「な…っ、」 まさかそう返されるとは思わず、こちらを見る顔つきのいやらしさに絶句した。確かに告るには丁度いい場所だと思っていたから返す言葉もない。 顔を赤くして唇を噛むと、クククッとリボーンは忍び笑いを漏らした。 「冗談だぞ。ツナに襲われても痛くも痒くもねぇしな」 「どういう意味だよ!」 「逆ならありえるってこった」 「逆って?」 オレをどうこうするリボーンが思い描けなくて首を傾げていると、本気にするなと後頭部を殴られた。 「いっ、つ!やめろよ!本気でバカになっちゃうだろ!」 スパンといい音を立てた頭を手で覆い、涙目でリボーンを睨み付けるも、肩を竦めて相手にもされない。 「今でも十分すぎるくれぇバカじゃねぇか。何でオレがあの高校を選んだのか分からねぇとは…いや、そもそも」 段々と小声になっていくリボーンの言葉を聞き取ろうとするも、それに気付いたリボーンがピタリと口を閉じてしまっては聞きようもない。 高校云々とは何の話だろうか。 呆れ顔でため息を吐いたリボーンが、オレを置いて夜店の並ぶ広い並盛公園へと歩いて行く。 河川敷には花火を見ようとたくさんの家族連れやカップルがシートを広げていて、それを横目にリボーンの背中を追い掛けた。 薄暗くなりはじめたばかりの道路を下駄の音を響かせて追えば、前を歩くリボーンの歩調が少し緩んでくる。着慣れない浴衣と下駄に躓きそうになっていたオレの手を握られて驚いた。 「スポンサーが居ねぇと困るからな」 「大事なのは財布かよ!」 優しいと思えばそれか。 だけどそれぐらいが丁度いいかと頷いて、握られた手にこっそり力を込めるとリボーンの横に並ぶ。 楽しそうに行き交う人の流れの中で、ふと浮かれていた気持ちが沈んでいく。握られた手の熱さと反比例するように冷める自分に気付いて、そんな自分だけが取り残されているような気持ちになった。 8月には並盛から引っ越すというのに、何故こんなことをしているのだろうかと。 告白をしてもすぐに居なくなってしまうオレに、果たして答えを聞く権利はあるのだろうか。 2012.05.30 |