リボツナ2 | ナノ



ただいま誘惑練習中 2




ひんやりとした冷気が露出している肌の上を這い上がる。雰囲気を出すためにか外より随分と涼しくて、余計に恐怖が湧き上がった。
ダメツナとはよく呼ばれていても、さすがにこんな場所が怖いなんて言えるはずもない。横を歩くリボーンは普通の夜道を歩いているように先に進むせいで会話らしい会話もなくて気ばかり焦る。
2人きりになれる時間なんてここしかないと分かっているのに言い出せない。すぐ前からクラスメイトの悲鳴が聞こえてきて、その悲鳴にビクリと肩を震わせた。
人為的に作られた暗闇に目を凝らすも何も見えない。わずかに彷徨った視線を突然覆われて飛び上がった。

「ひぃぃい!」

頭の上に被せられた布に視界を塞がれてつんのめる。すると、はかったように現れた段差に蹴躓いて地面に転がった。
恥ずかしい。いくらダメダメだと知られていても、こんな情けない姿を好きな人に見せたくはなかった。
転んだせいで打ち付けた膝は痛いし、作りもののお化けを怖がる姿まで見られて顔を上げられなくなる。それでも立ち上がろうと膝をついたところで、また横から効果音とともに人の気配が襲いかかってきた。

「っっ!?」

もう声も出せずにがむしゃらに手を伸ばしてしがみつく。見ていられなくなった顔を目の前の何かに押し付けて震えていると、ぐっと腕を引かれて立たされた。

「行くぞ」

嗤われるでもなく、呆れている調子でもない声で先を促される。先ほどしがみ付いたのはリボーンの足だったのかと気付いたが、ごめんと謝ることも出来ずに頷くと肩を抱かれてどうにか歩き出した。
肩を包む腕の温かさに強張っていた身体が解れて足が動かせるようになる。
ガクガクと震えながらリボーンのシャツの裾を離すもんかと握り絞めていると、今度は視界を煙のようなものが覆う。ゾクリとする冷気の中割って進むと、壁際からガラスを踏みしめる音がした。
見たくはないのに見ずにはいられなくて顔を向ければ、血塗れの男が近付いてくる。恐怖に目を反らせずにいれば、斜め上から声が掛かった。

「こっち向け、ツナ」

リボーンの声にやっと恐怖の呪縛から逃れたオレは、言われた通りに顔を上げて固まった。
肩に回されていた腕の囲いを狭められ、息が唇にかかる距離まで迫っていたことにパニックを起こす。
同じ男なのに綺麗だな、なんて思考が明後日の方向へ行った。

「ああぁぁあの!」

頭が真っ白になって何も考えられない。
ここがお化け屋敷だとか、お化け役の人の目があるだとか、そんなことも吹き飛んでただ目の前のリボーンだけを見詰める。
胸の奥にしまいこんでいた言葉が思わず零れそうになって、だけどうまく口に出せずにもどかしさに眦が湿る。
滲んだ視界の先でリボーンの整った眉が寄って、オレの気持ちを否定されたみたいで怯えた。

「ご、ごめん…もう大丈夫だから」

勘違いしそうになった自分に首を振ると握っていたシャツから手を離して前を向く。
多分、いきなりしゃがみ込んだオレを気遣ってくれただけだ。それを勘違いした自分のバカさ加減に顔を伏せたまま歩き出す。
オレの肩から外れた腕を未練がましく横目で見ながら、紫色の光が漏れる学校の保健室みたいな部屋の扉に手を掛けた。
こんな弱虫だけどオレも男なんだ、少しぐらいイイところを見せないとなんて思い直して開けると、オレの鼻先を何かがふわふわと掠めていった。

「ふぎゃああ!!」

蛾だ。
おそらく演出でもなく効果でもない、ただの蛾が紛れ込んだだけだろうことは理解出来た。
だけどそれとこれとは別で、つまりは蛾という生き物がオレは大の苦手だった。
ただでさえ緊張しているというのに、そこに天敵が現れてパニックを起こす。蛾が横切った道なんて通れるはずもなく後ろへと逃げ出した。
お化け屋敷という場所は逆走を想定していない。だけど途中でリタイアする人のための道は作られているのだが、いかんせんあと少しで出口に辿り着くためにかなり戻らなければならない。
走りだしてから冷静な自分の声が聞こえてきた。
せっかくのチャンスだったのに。今日を逃せばリボーンを誘うことも、喋ることすらもう出来なくなるのにと思い出して唇を噛む。
逆走したせいで、客を脅かすための装置も妙な作動をしている空間を振り返る。
もう蛾は見当たらなくてそれだけは安心できる。お化け役の人もさすがに2度は脅かさないのか出てくる気配もない。それどころかリボーンはオレを置いて出口に向かっているだろう。
弱虫だと笑われたかもしれない。穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。でも今戻れば間に合う可能性は0じゃない。
頭を振ってあがった息を飲み込むと、もう一度来た道を戻る。
何のために今日ここに来たのかを思い出せ。
男からの告白なんてリボーンにとっては気持ち悪いことだろう。オレだってクラスメイトというだけの繋がりしかない男に告られたら引く。
だけど、諦めなければ叶う可能性があることを教えてくれたのはリボーンだ。
当たって砕けたいなんて自己中なのは百も承知だけど、死ぬ気で立ち向かう術を教えてくれた相手に一度だけでも振り返って貰いたかった。
どうせ二度と会うこともないのだ。だったら一瞬だけでも思い出して欲しい。
駆け足で先ほどの扉を開けると、紫色の光に照らされた机に人影が見えた。手持ち無沙汰な表情で机に座る顔を見て動きが止まる。

「リボー、ン……くん?」

まさかそこに居るとは思ってもみなかった。
オレを待っていてくれたのだろうかと恐る恐る近付いていけば、組んでいた足を戻して机から立ち上がる。

「その、取って付けたような『くん』呼びはいらねぇぞ。ったく、随分遅れちまっただろうが」

「ごめ、っていうか!あの!…っ、なんでここに?!」

てっきり置いて行かれたと思っていた。だからこそ慌てて戻ってきたというのに、何でここにいるのだろう。
バカみたいに口を開けたまま眺めていれば、リボーンはオレの隣に収まると出口へと続く通路に顔を向けた。

「あと少しだな」

「あ…」

そうだ。もう少しでみんなの待つ出口に着いてしまう。ゆったりとした歩調で歩き出したリボーンの横顔を見上げながら、すぐそこに見える出口に焦る。
女の子たちと合流してしまえば、もうリボーンに話しかける隙なんてない。だから、今しかチャンスはなかった。
獄寺くんに教えられた通りリボーンの前に回り込んで足を止める。それらかシャツの裾を掴んで逃がさないように気を付けながら、覗き込むように顔を見上げた。

「っ!…ど、土曜日の夏祭り、一緒に行かない?!今日、迷惑掛けっぱなしだったし!何でも奢るし!」

だから!と詰め寄るオレに目を瞠ると、いつもは表情の読めない口元が少しだけ緩んだように見えた。

「いいぞ。今日の礼か…屋台制覇も夢じゃねぇな」

「んなぁ!」

どれだけたかる気なんだと目を剥くオレの鼻をピンと爪先で弾かれた。ツンとする痛みに滲む視界の先にニヤリと笑う顔が見えて、そんな顔にさえときめく自分に呆れる。
っていうか、今!いいって言った?!言ったよな!
聞き間違いじゃないかとリボーンの言葉を反芻していると、いい加減に出るぞと後頭部を殴られる。容赦ない力のせいでかなり痛い。

「ちっこいのはてめぇのせいじゃねぇが、やたらと覗き込むのは止めろ。それからバカみてぇに口が開きっぱなしってのもいただけねぇな」

「えっ、うん…」

やっぱりみっともなかったかと顔を赤くして俯いたオレの横を抜けると、腕を引っ張られて歩き出す。
女の子じゃないし、しかも普通のオレがどう頑張ったところでこんなモンだよなと肩を落としていれば、最後の最後に背後からお化けに迫られてリボーンにしがみ付いた。
そんなオレを引き摺ってリボーンは戸口の先に立つ。オレの背中を押して出口へと導いたリボーンがボソリと何かを呟いていた。

「あんな顔を誰かれ構わずされて堪るか」

最後まで急かすような効果音と、扉の向こうで待っていたクラスメイトたちの声に掻き消されて顔を戻す。

「へ?」

聞き取れなかった声に返事をする間もなくリボーンを女の子たちに奪われ弾き飛ばされた。女の子の迫力に押され地面にしゃがみ込んだオレの横に山本が顔を出す。

「女って勘鋭いのな。おっかねー」

「…何のこと?」

裏表のない笑顔でオレに笑い掛ける山本に首を傾げていると、山本はオレの手を引いて立ち上がった。

「んー…オレはツナの味方だけど、リボーンの味方じゃねーし。内緒なのな!てか、ツナ言えたか?」

「んん??………うん、山本と獄寺くんのお陰で夏祭り誘えたよ」

前半の台詞はさっぱり意味が分からなかったが、そこはいいかと無視してありがとうと頭を下げれば、山本はニカッと笑ってオレの髪を掻き混ぜた。

「じゃあ余計に敵に塩は送れねーよな。ま、あいつと違ってツナとはこれからも友だちだしチャンスはまだあるってことで」

「うん!どこに行っても友だちだよな!」

そう思って貰えていることに笑顔を返すと、山本は何故か苦笑いになって声を張り上げた。

「よしっ!今日はみんなで遊ぶぜ!」

オー!というクラスメイトたちの返事に、オレもその中に入っていると知る。そうして日本での高校最後の夏休みを満喫することを決めた。






並盛の夏祭りは7月最後の土曜に毎年開かれている。
生まれてこのかた並盛以外で夏を過ごしたことがなかったので気にも留めていなかったが、こうして改めて考えてみると意外と賑やかな町だったのかなと気が付いた。
祭りの最後には花火も上がる。それほどたくさんではないが、それでも間近で花火を見られる機会というのは結構貴重かもしれない。
だから、オレの生まれ育った町を離れる前にオレの負け犬根性を叩き直してくれたリボーンと一緒に思い出を作りたかった。

「ツッ君ー?浴衣に袖を通してみて?」

「えぇ?浴衣なんて面倒なだけじゃん…」

土曜の夏祭りに友だちと出掛けると告げると、母さんは嬉しそうにオレの浴衣を繕ってくれた。それを嬉しいと思う気持ちより、そんな格好でリボーンと会うことが恥ずかしくてつい邪険な態度になる。
それでもせっかく仕立ててくれている母さんの好意を無碍にも出来なくて、仕方ないかと声のした部屋に顔を出した。

「これ、素敵でしょう?家光さんのを仕立て直したのよ」

どう?と向けられた浴衣は紺地に白く小さな柄の入った地味目なものだった。これならそれほど恥ずかしくもないかと頷いて、渡されるままに肩に合わせる。

「うん、丁度よさそうね!ツッ君たらいつまで経っても細いから母さんの浴衣でもよさそうだったけど、さすがにねえ…」

「じょっ、冗談じゃないよ!」

いくら似ているからといっても、オレは男だ。女物の浴衣なんて着たら女装じゃないかと慌てると、母さんは冗談よと笑った。

「ふふっ、そんなに真剣になるなんてデートなのかしら?」

違うともそうだとも言えずに浴衣を母さんに押し返すと、それを受け取りながら母さんはポッと頬を赤らめて遠い目をした。

「これを着た家光さんにプロポーズされたのよ…素敵だったわ。今でも覚えているもの、18年前の並盛の花火」

母さんと父さんの夏の思い出を聞きかじり、妬ましさに胸が塞がれる。
自分とリボーンとではそうはいかない。
思い出に浸る母さんの前から逃げ出すと、何年か前に見たきりの花火の光を思い出そうと目を瞑った。
あの時はたまたま父さんが居て、母さんはとても嬉しそうだった。
腹の底に響く音と、瞼に焼きつきそうな閃光を今年はリボーンと2人で見る。
自分で決めた筈なのに、本当にこれでいいのかとまた迷う自分が居た。


2012.05.23










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