リボツナ2 | ナノ



彼は存在するだけで罪なのだ




自分でもどうしてこうなったのかと思う。
いくらオレがダメツナで、背も低くて、いまだに中学生と間違えられたり、学力も小学生からやり直せと言われるほど酷くても、それでも男子高校生に違いない。
だというのに、オレが今一番気になる相手というのも、同じ男子高校生だったりする。



最初の出会いは半年前、父親の勤め先で催された創業80周年パーティでのことだった。
まだ進学先も決まっていなかったオレは絶賛受験勉強中で、受かるか受からないかどころではなく、受かる学校を探しながらの辛い日々を送っていた。
あまりに根をつめるその姿に、いつもはチャランポランな父親が息抜きにとそのパーティーへとオレを連れ出したのだ。
スーツなんて持っていないから勿論中学の制服を着せられていた。
半ば無理やり付き合わされたオレは会社の部下だという人たちと話し始めた父親の目を盗んで人気のないテラスへと逃げ出す。
綺麗に着飾った女性たちにも、色とりどりに並べられたバイキング形式の食事にも心は動かない。受験という戦いを前に、戦意喪失どころか尻尾を巻いて逃げ出したい気分で憂鬱なため息が零れた。

「もうヤダ…死にたいよ」

本気でそう思った訳じゃない。だけどそれぐらい真剣に思い悩んでいた。
今まで悪かったテストがそうそう上がる筈もなく、その日返ってきた中間テストの点数はいつもの如く酷い有様だった。
担任も絶句するそのテストを前に進学を諦めるべきなのかと思えど、それを母親や父親には言い出せなくて余計にストレスを抱えていたのだ。
5階建てだというホテルの3階にあるテラスから下を眺めていれば、突然後ろから背中をドンと押された。
よろけて手摺の向こうに身体が吸い込まれそうになり、慌てて手摺にしがみ付くとどうにか事なきを得た。

「っ!あぶないだろ!」

誰がこんなことをしたのだと後ろを振り返れば、そこには自分より随分と背の高い男がつまらなそうな顔でオレを見詰めていた。

「なっ、ええぇ?」

てっきり父親か、その同僚だろうと思っていただけに男の顔をマジマジと見上げる。背後から漏れる明かりのせいで影になっている男の顔を拝んでやろうと身を乗り出すと、男の指がオレの額をビシリと打った。

「っ、てぇ!」

「バカじゃねぇのか?死ぬんだろ?だったら今すぐ飛んでみやがれ」

聞き覚えのない声と見たこともない顔にどう返事をしていいのか分からない。見ず知らずの男に後ろから突き落とされそうになった上に、この暴言。何を言ってるんだと笑い飛ばせない雰囲気に後ずさると、男はまたオレの肩に手を伸ばした。

「もう一回押してやる」

尋常ではない男の気迫と瞳の色に、オレは手を振り払って逃げ出した。

「やめ、やめろよ!!オレはまだ死にたくないっ…!」

殺されてたまるかと声を上げれば、それを聞いていた男は横に逃げた俺を追って近付いてくる。一歩逃げれば一歩近付き、二歩飛んでも二歩寄ってくる男に顔は恐怖に歪んだ。
誰か人が来ないかと一瞬だけ横を向いた隙をついて、男はオレの胸倉を掴み上げる。

「ひぃぃい!」

万事休すと硬く目を閉じれば、掴まれていた胸倉から突然力が抜けて行く。手放されたのだと気付いたのは、床の上に尻もちをついてからだ。
肩で息をしながら男の顔を見上げると、男はそんなオレを鼻で笑いながらオレを見下ろした。

「フン、やっぱり口だけじゃねぇか。死ぬより怖いことがこの世にあんのか?どうして辛気臭ぇため息吐いてんだか知らねぇが、死ぬ気で当たってから砕けても遅くねぇぞ」

大人みたいに諭す口調でもなく、命を粗末に扱ったことへの激昂でもない台詞に目を瞠る。
そんなオレの顔をジロリと一瞥すると、男はすぐに踵を返してパーティ会場へと消えて行った。

それが始まり。

よもや男が自分と同い年で、しかも死ぬ気で勉強した甲斐あってどうにか入学した先での再会に顎が外れるほど驚いたのは、オレだけだったなんてオマケもついてきたけれど。
ともかく、忘れられてしまっていたことには目を瞑ってオレは機会を伺っていた。


死ぬ気で当たって砕けるために。








桜咲き誇る淡い春は過ぎ去り、青々と茂る新緑の季節を飛び越え、汗ばむ陽気に誰しもが夏の到来を待ち望んでいた。
ギリギリというには酷い点数だった期末の結果通りの成績表と、びっしりと詰まった補習の日程を前に無言で肩を落としていると、隣の席から声が掛かる。

「ツナ、補習何日ある?」

「……14日」

「ゲッ、それ全部だろ?っつても、オレも一緒だけどさ!」

これじゃ部活ヤベーなと笑う山本に顔を上げると、ちょうどその向こうで女の子たちと話をしている彼の姿が見えた。
同じ高校というだけでも奇跡なのに、クラスまで一緒だった。顔しか知らなかったから名前を見てもどこの国の人だろうなんて思っていたら、あの男だったのだ。
忘れもしない。暗闇の中で紛れてしまいそうなほど黒い髪と、日本人よりも深く黒い瞳。すっと通った鼻は緻密な計算が働いているようにも見える。薄い唇に皮肉げな色をたたえて笑う顔を見付けてオレがどれだけ驚いたか。
気まずさよりも彼の一言のお陰で入学出来たのだという嬉しさに声を掛けた。ありがとう、まさか同い年だと思わなかったと彼に話しかけると、そんなオレに眉を寄せて首を振る。

「リボーン君、この人誰?知り合い?」

彼の周りを取り囲んでいた女の子の一人がそう訊ねれば、彼は至極あっさり切り捨てた。

「知らねぇな。人違いだろ」

まさか忘れられたなんて思ってもみなかったから、バカみたいに口を開けて彼の顔を見上げていた。
人違いなんかじゃない。そもそもこんな顔がそこいらに溢れているだろうか。
何とか思い出して貰えないかと回転の悪い頭を捻っていると、その間に彼は横を通り過ぎていく。
待ってと掴みかけた手の先で、それを振り払うように女の子たちの肩を抱くと振り分けられていた席に向かって行った。
それから声さえ掛けられなくなって、今に至る。
中学からの同級生である山本とは、悲しいかな補習仲間だ。野球部のエースである山本は三度の飯より野球が好きなオレの親友でもある。そんな山本がオレと同じぐらいの成績なのは、部活に精を出し過ぎているから。
オレとは違うとは知りながらも、オレと同じ位置で笑ってくれる山本に補習頑張ろうなと笑い合うと、彼と彼女たちから目を反らした。
チクンと痛む胸は正直な気持ちを代弁している。
あんな姿は毎日見ているだろうと自分に言い聞かせて、どうにか2人きりになるチャンスがないかと辺りを伺った。
最後の夏休み。当たって砕けるには丁度いい。
そんなオレの気持ちも知るよしもなく、山本はオレに身体を向けると机に肘を突きながら話しかけてくる。

「そういえばさ、夏休みのクラスの集まりの前に遊ばね?」

「へ?なにそれ」

聞いていないと首を振ると、斜め前の席に座る委員長に山本は声を掛けた。

「委員長、何でツナ誘わねーの?」

山本の一番いいところは裏表のない性格だと思う。普通の人ならば嫌味になる言葉も、山本はサラリと直球で訊ねるから相手も嘘を吐くことが出来ない。
山本の問い掛けに振り返った委員長は、あっ!と声を上げるとゴメンゴメンとオレに手を合わせた。

「沢田に話してなかったっけ?そういや、あの時丁度担任に呼び出されてたか…すっかり忘れてた!悪い!」

そう謝られてしまえば、オレも気にしてないよと返事をするしかない。まあ、こうやって忘れられてしまうこともままある話だ。
オレの前にきた委員長はケータイを取り出した。

「大体沢田も悪いんだぜ。メアド送れって言ってたのに、お前だけ寄越さないから詳細送れなかったんだって!」

「あ、ごめん!っと、これで赤外線送信出来たかな?」

山本と獄寺くんと、それからこれで3度目になるメアドの送信を行う。オッケ!と呟いた委員長からすぐに詳細が送られてきた。

「…全員参加なんだ?」

「そ。じゃないと来ないヤツ意外と多いんだよ。夏休みは長いんだし、一日ぐらい付き合えってこと」

「ふうん」

だから出欠も取ってなくて余計に忘れたんだと言い訳をする委員長を横目に、山本の向こうで女の子たちと話をしているリボーンに目を向けた。
日程的にも丁度いい。断られても気まずくなることなく消えることが出来る。
オレにはまだ山本や獄寺くんにさえ話していない秘密があった。担任には既に母親から話がいっているのだろう。補習の日程が免除になっている。それを山本にバラしてしまえば必然的に知られてしまうから今はまだ言えない。
秘密というものはどこから漏れるとも知れないのだ。
ちゃんと来いよと自分の席に戻る委員長に声を掛けられ、うんとだけ答えると視線を引き剥がすようにまた別の話をはじめた山本へと顔を戻した。





夏休みの幕開けと共に、燦々と照りつける太陽の光が強さを増す。
クラスの集まりは夕方からで、その日は山本の部活が午後から休みになったらしい。そこにクラスの違う獄寺くんも誘って時間まで暇を潰すことにした。
オレとは違う趣味を持つ2人の行きつけの店を覗いていく。獄寺くんは指輪やらバックルやらを扱う海外輸入品が揃う雑貨の店に、山本は野球用品の揃う大型スポーツ用品店へと足を向けた。
自分一人では行かないであろう店の中をふらりと歩いていく。見たこともない雑貨や、使い方も知らない用品を手にしては獄寺くんと山本の3人で会話が弾む。
他愛のない話と、気心の知れた友人との一時は今日という日を気負いすぎていたオレを知らず解してくれた。
この友人たちにお別れを言わなければならないことは何よりも辛い。どのタイミングで切りだそうかと考えていれば、山本が手にしていたSボードを棚に戻して振り向いた。

「まだ時間あるし、ツナの行きたいとこ付き合うぜ」

「あ、うん…」

欲しいものがない訳じゃない。むこうは日本製のゲームなんてきっとないから買い溜めようと思っていたところなのだ。
だけど付き合って貰えば、どうしてそんなに買い込むのかと訊ねられるだろう。出来ればその前に2人には話しておきたい。
チラっと視線をオレより背の高い2人に向けると、勘のいい山本も、オレの表情に気付いた獄寺くんも黙って先を促してきた。

「先に休憩しない?外にベンチあったし、喉乾いたかな」

言えばすぐに頷いた2人と一緒に店内をあとにした。
オレの話を聞くためにか、いつもは騒がしい2人が今日は驚くほど大人しい。寄ると触ると喧嘩を吹っ掛ける獄寺くんとそれを気にしていない山本だけど、互いのことは認めていない訳ではないのだろう。
オレが居なくなった後もそんな関係が続くのかなと少し羨ましく思いながら、自販機の前に並んだ顔を見上げて口を開いた。




fisika さまよりタイトルをお借りしています



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