リボツナ2 | ナノ



8.




狐に化かされる昔話はよくあるが、目の前でクラスメイトが次々と騙されていく様を見ているだけしかできないというのは辛いものだ。
そいつは狐の物の怪だと教えたところでオレの頭の中身を疑われるだけなのはこの様子を見れば分かる。
と、いうのも。

「早く隣に座りなよ。ツナヨシ君♪」

「…」

ここで嫌だと叫ぼうものなら白蘭さんの周りを囲む女子生徒から呼び出しがかかりそうな雰囲気に思わず顔を引き攣らせ返事を躊躇う。
分かったと頷けば悔しがられ、嫌だと拒否すれば生意気だと怒られるのだろう。

ムダに顔がいいもう一人の黒い方といい、どうしてオレの平穏な学校生活を乱すのだろうか。
本人にその自覚がない白蘭さんの方がマシかといえばそんなことはなく、オレに構う分だけ迷惑度はリボーンよりも高くて、そしてオレの周りへの影響も半端なかった。
オレの後ろで憤慨している山本と獄寺くんの目の色を見れば言わなくとも分かる。

いつの間にやら留学生として潜り込んでいた白蘭さんが、オレの隣の席に座っていたと気付いたのは昼休みが終わり午後の授業のために着席しようと椅子を後ろに引いたところで「やあ♪」と声をかけられてからだった。

「なっ?!どうして!」

「どうしてってひどいなぁ…今朝からいることになってるよ。」

いることになっているという言葉の意味を考えて鈍いとよく言われる思考を必死に巡らせた。

今朝までは隣はいなかった筈だ。現に白蘭さんの机と椅子は明らかに新品のそれでクラスにあるどの机や椅子より綺麗で立派だ。
だけどそれをクラスメイトも教師でさえ咎めることはない。
そして突然現れた白蘭さんをクラスメイトたちは普通に受け入れている。オレとリボーン以外のすべてが外国からの留学生として。

狐につままれた気分という言葉があるが、気分どころかオレとリボーン以外がまさに化かされている状況で何が言えるというのだろう。
山本や獄寺くんまで今朝から居たと認識しているというのに。

白蘭さんの気配を感じて教室を覗きにきたリボーンが目を剥いていたが、それを見た白蘭さんはニンマリと笑顔で声を掛けてきた。

「よろしく、リボーンくん。じゃないね、リボーン先生かな?」

「…てめぇ、よくもぬけぬけと生徒に化けやがったな。」

「あははっ!どうせ細工が出来るんだし、綱吉くんの傍でチャンスを窺うならこのポジションが一番いいんだよね。」

そう言えばオレには20そこそこに見える白蘭さんの姿を咎めだてする者もいなかった。明らかに違和感があるのにと思っていたが、年齢まで化かしていたという訳か。

「まあ本来の年齢なら100は超えてるからね。どう?リボーン君より年上だから包容力はあると思うよ。」

「抜かせ、ツナにはオレくらいが丁度いいんだぞ。」

「…どっちもお断りだよ!」

思い出して欲しい、オレは男子高校生だ。
同じ男という時点でアウトだが、相手は100を越えた妖狐と30手前といった風貌のハンターの上に黒豹。
どちらもただの人間ではないし、オレが欲しいのではなくオレの力が欲しいだけなのだからどっちも絶対にノーサンキューだ。

どうやら白蘭さんがオレたちにだけ会話が聞こえるようにしているらしく、オレがきっぱりと言い切っても誰も憤慨してこない。楽でいいやと2人にベーと舌を出していると、白蘭さんの腕が伸びてぐいと引き寄せられた。
突然の行動とあまりいいとはいえない反射神経のせいで白蘭さんの胸に転がり込んだところで顔を何かで押さえつけられた。

「そこまでだぞ。オレの目の前で何するつもりなんだ。」

「何ってキスだよ。君だけして僕だけ出来ないのは不公平じゃないかい?」

先ほどの音楽準備室でのあれを見られていたのかと顔を赤くしていると、オレの顔を手で押さえ込んでいたリボーンはもう片方の自由になっている手を懐に入れると躊躇いなく銃を抜き取って白蘭さんのコメカミに突きつけた。

「撃ち抜いてやろうか?いくらてめぇだってて、この距離から対魔処理を施してあるこいつで撃たれれば人型でいられなくなるだろうな。」

「それは残念。」

そう言うと掴んでいたオレの腕を離した途端、ギャア!!と少女らしからぬ声が辺りから響いてリボーンの銃を見られたのかと焦る。
しかし彼女らの視線を辿るとオレの身体に集中していた。

「ちょっと!ダメツナのくせになに、白蘭さまやリボーン先生に何で張り付いてるのよ!」

「んなっ?!」

言い掛かりもはなはだしい。オレが近付いたのではなく、奴らがオレを好き勝手したからなのにとは言える筈もない。言ったら後が怖い。

慌てて2人から飛び退くと、隣の自分の席に逃げ込んだ。それを庇うように獄寺くんが立ち塞がり、山本が前の席の女の子に席を替わって貰って座る。
ありがたいけど余計に周囲が賑やかになった。
女の子たちの白い視線と男子生徒の関わりあいになってはいけないという雰囲気を前に、誰も自分をこの状況から助けてくれる者なのどいないのだと知って泣きたくなる。

「楽しくなりそうだね♪」

オレはちっとも楽しくないっ!







それから1日が過ぎ、2日3日と流れていった。
勿論何事もない訳もないが、だからといって授業中に襲われたり放課後にどうこうなどということもなく今日で1週間が経とうとしている。
だからといって警戒を解くことはしないが。

次の授業の体育のために体操服を着ようと袖に手を通していると、隣から白蘭さんが胸元を覗き込んできた。

「何にもないんだね。」

「男ですよ、これでも。胸なんかある訳ないじゃないですか。」

白蘭さんが生気を奪ってきたという少女たちと違い、まっ平らでおうとつも何もない自分の胸を一緒に眺めならがそう返事をすると、違うよと首を振って笑い掛けてきた。

「そっちじゃなくてこっちだよ。」

どっちだと返そうと口を開いたところで項を指で辿られてビクンと背中がしなる。
黒豹姿と人間のどちらのリボーンからも悪戯を繰り返されているせいで敏感になったそこを撫でられると妙な気分になって困る。

顔を赤くしたまま白蘭さんの指から逃れて項を手で覆い睨み付ける。そんなオレを見ていた白蘭さんは肩を竦めて笑っていた。

「項の奥の生え際に赤い痕が残っているのは知っているかい?近付いてよく見なければ分からない場所に毎日欠かすことなくつけているなんてリボーンくんは結構嫉妬深いのかな。伝え聞いた話だと愛人が3桁いるらしいのにマメだね。」

愛人という言葉にギョッとしたが、すぐにそれはオレを動揺させるためだと気付いて顔を背けた。
それでもモテるのは本当で、昨日など女子生徒どころか女教師が色仕掛けで迫っているところまで見たばかりだ。神聖なる学び舎でなにをしているのかと思わず心の中で突っ込みを入れたことをリボーンは知らない。
素気無く袖にしていたリボーンを見てホッとした自分に驚いたことを思い出して、乱暴に体操服を被ると教室を飛び出した。

山本も獄寺くんも置いてきてしまったが、白蘭さんもいる教室に戻る気にもなれない。
先にグランドに出ていようと昇降口に足を向けると前から見覚えのある顔が近付いてきて足が止まった。
今一番会いたくない顔に自分の表情が歪んだことを自覚する。
慌てて背中を向けて道を変えようと逃げれば、それを追って後ろから足音が近付いてきた。

「何逃げてやがる。」

「なんでもないよ!放っておけって!」

2つの足音が徐々に速度を上げていく。
こんな顔を誰にも見せたくないと人気の少ない校舎へと逃げれば、徐々に背後から迫る足音に焦って駆け出した。
とにかくぐるりと一回りして昇降口へ向かおうと、3階の渡り廊下に繋がる階段を駆け昇る途中で後ろから腕を引かれて足を踏み外した。
転がり落ちて床に叩き付けられるだろう痛みに身体を強張らせて身構えていても、一向にそれはやってこなかった。

恐る恐る閉じていた目を開いて顔を上げると、オレを覗き込んでいるリボーンの顔を見つけて咄嗟に手で突っぱねて顔を背ける。
転がりそうになったオレを支えてくれたのに、どうしても素直になれない。リボーンの腕から逃げ出そうと身体を起こせばそれを見越していた腕が後ろから腰と顎を掴む。
逃げられないと悟ったオレは、それでも顔を見られたくなくて必死に横を向いた。

「どうした?何かあったのか?」

「ないよ。いいから離せよ!」

獣姿の時のように項に鼻を寄せて確かめるリボーンを手で突っぱねても動けない。リボーンに敵わない自分に腹が立ってグッと唇を噛むと、顎を掴んでいた指が唇の間を分け入ってきた。

「噛むな。血の味のキスは理性が利かなくなる。」

「だったらしなければいいだろ!」

知ったことかと入り込んできた指に噛み付けば、痛かったのかもう一本の指まで捻じ込まれて無理矢理口をこじ開けられた。
2本の指で広げた唇に自分の唾液が溢れそうになって飲み込もうと喉を動かすと喉元に食いつかれて声をあげた。
歯型が残るほどのそれは身体が竦むほど痛くて、リボーンの指が口腔にあることを忘れて口を閉じれば、じわりと広がる血の味と匂いに慌てる。
ごめんと言い掛けた口許から、指が引き抜かれると代わりにぬるりとしたものが入り込んできた。


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