リボツナ2 | ナノ



7.




日々の彩りというにはあまりに強烈すぎるそれらにもどうにか慣れてきた。
学校の行き来にリボーンが隣を歩く姿を見て、近隣の女子学生と自分の通う女子学生とが熱いバトルを繰り広げている様子も見慣れた。
女の子って意外と怖いと腰が引けてしまったオレにはまっとうな道を拓くことが出来るんだろうか。少し不安である。

そんな日常を送っているオレは、家にも学校にもやすらぎは見当たらなくなってしまったが、いいことがまったくないという訳でもない。
決してリボーンのスパルタのお陰で壊滅的だった数学が少し分かるようになったとかなんてことではない。勉強なんて落第しなければいいのだから。
まぁ、このままだと落第確実だったので少しはよかったのかもしれないが。




人気のない音楽室の隣の準備室へと足を踏み入れたオレは、足音を立てないようにゆっくりひっそり歩を進める。
すると奥からぐるぅぅ…と喉を鳴らす声が聞こえてきた。
楽器が置かれている棚の奥へと息を殺しながら進めば、音もなく現れた黒い影に早くしろと袖口を引っ張られて蛍光灯の光も届かない奥へと引き摺りこまれた。

「ちょっ、慌てるなって!コケたら制服に埃がつくだろ。」

オレの袖口を咥えたまま唸る黒豹は、暗闇から黒い瞳だけを不満げに光らせてこちらを見上げる。
その顔の精悍さと猫科独特の可愛らしさに思わず顔が綻ぶと、それを見ていた黒豹は袖口を引っ張り、その力強さによろけて膝をついたオレの襟元に大きな口を近付けてきた。

肌の上を行き来する濡れた鼻先がいい場所を見つけたといわんばかりに幾度も押し付けて確かめていく。
獣特有の浅い息を吐き出していた口許がそこに柔らかく噛み付いてきた。
鋭い牙での甘噛みは痛みも伴っているが、それ以外の感覚もある。肌を食い破られるような恐怖とぞくりとする痛みの後にくるそれ。
手を黒豹の背に伸ばして毛並みを撫でるとお返しだと肌に舌を押し付けて一舐めされた。

「んっ…」

中身はリボーンと知っているが、それでも黒豹に好き勝手されるこの瞬間が嫌いではなかった。
冷えた鼻先がオレの項を撫で、毛繕いをするように首筋に大きな舌が這っていく。手に触れる黒豹の毛はつやつやしていて手触りがいい。
黒豹に項を好き勝手にさせながら、目の前の黒い獣の手触りを楽しんでいると飽きてきたのか薄い皮膚に突き立てるように牙で噛まれて悲鳴が上がる。

「い…っ!」

『いい加減にしろっつてんだぞ。』

「約束したじゃないか!」

キスひとつにつき黒豹姿のリボーンを1分間モフれる権利をくれてやると言い出したのはリボーンからだった筈だ。
黒豹がリボーンだと知った後でも、毛並みを撫でる手が恐々だったことを見抜かれ、オレが動物に慣れていないことを告げるとそう言ってきたのだ。

黒豹姿のリボーンは艶々の黒い毛にスラリと流れるような肢体がとても綺麗で触ってみたかった。
それからというもの、戻る前のリボーンに抱きついたり撫で回したりのスキンシップを強制的に取らされることとなった。

今ではすっかり慣れて1分なんてあっという間だと残念に思うまでになっている。
だからこそもう少し…と粘るオレに早く戻りたいらしいリボーンが苛々するようになってきているらしかった。
本人(?)が嫌がれば触らせてくれないのだから勝手だと思うが、この姿のリボーンにはどうにも甘くなってしまって困る。
大きな、大きな猫科の獣。気まぐれなところも魅力的だと思えるほどにメロメロだった。

明かりの届かない暗闇でもキラキラと光る黒豹の瞳に懇願されてしまえば手を外すしか出来ない。
分かってやっているのだから始末に終えなかった。

黒豹と顔を合わせるように見詰め合ってから、この後のことを思って瞼を閉じる。すると息を吸い込んで閉じた唇を舐め取られて驚いて目を開けた。

「な、にするんだよ…」

『毎回毎回してるっていうのにそんなに怖いのか?』

「怖くなんかない!」

『じゃあ今日は目を開けてるんだぞ。』

「開けてる意味なんてな…」

最後まで言い切る前に黒豹に口を寄せられて言葉を塞がれた。ばっちりと開いたままの視界の先で黒豹から徐々に人へと姿を変えていくリボーンに肩を押され背後にあった棚に背中を押し付けられた。

逃げられないまま口付けられて慌てて瞼を閉じようとしたが、よく考えれば今更閉じたらもっと先を期待しているように思われるかもしれないと気が付いて焦った。
閉じられない視界の先に長い睫毛を見付けて、それがリボーンのものだと初めて知った。

格好いいとは知っていたが、一つひとつのパーツは綺麗なんだと見せ付けられて逃げることも忘れて見入る。
そんなオレの視線を受け止めたままリボーンは喉の奥でクツリと笑ってまた口付けを深くしていく。
少し横に唇をそらすと生暖かいものがぬるっと口腔の奥へと入り込んできて驚いて手をリボーンの肩にかけるとその手ごと握られた。

「っ…!」

舌を絡め取られていきながら、目の前の顔が淫らに色を変えていくことまで見せつけられて顔が赤らむ。
グラビアの大胆なポーズで挑発するアイドルたちよりも余程官能的な表情に頬が熱を持っていき、それを止めることができない。
見ていられないと瞼を閉じようとすると、リボーンの手が制服の中に入り込んでブカブカのスラックスのウエスト部分からその下へと伸びてきた。

手の行方と目の前の顔と、それから絡まる舌とに翻弄されてどうすればいいのか分からなくなる。
瞳を閉じることも出来ず、身動きひとつ取れなくなったオレを無視して指がもっと奥へと忍び込み、一度だけ穿たれたことのあるそこをするっと指で撫でられて身体が揺れた。
怖さに逃げを打つオレを宥めるようにキスを繰り返されて力が抜ける。卑猥な舌の動きに意識が逸れたところを見逃さずにリボーンの指がぐっと奥に割り込んだ。

「んん!」

気持ち悪さに抗議の声を上げたくとも口を塞がれていてはそれも適わない。覚えている痛みと恐怖とに滲みはじめた視界に気付いたリボーンが唇を離してオレの顔を覗き込んだ。

「嫌か?」

「イヤだ!」

反射的にそう答えると目の前の顔が歪んですぐに身体を解放された。
オレの一言に傷付いたようにも見えた表情が、いつもの余裕綽々のそれに変わったせいで気のせいだろうと気にも留めずに睨み付けるとふっと息を吹きかけてきた。

「お子様には刺激が強かったみてぇだな。」

「誰がお子様なんだよ!」

認めることも出来ないほど余裕のないオレを鼻で笑うと、オレを押し付けていた腕を外して立ち上がる。
きちんと用意されていた服に袖を通していく背中を見詰めていれば、オレの視線を受け止めていたリボーンが背中越しに振り返った。

「いい加減その格好をどうにかしねぇともう一回襲っちまうぞ。」

「かっこう…」

なんのことだと自分の服に視線を落としてギョッとした。
ネクタイは解けシャツのボタンは下まで外されている。いつの間にここまでされたのかと驚きながらリボーンに背を向けると急いでボタンを嵌めていく。するとベルトまで緩められていて顔が引き攣った。
道理で下着の中まで手が入り込んできた筈だ。

猥褻物めと罵りながらどうにか乱れを直し終えると、丁度同じタイミングでリボーンもスーツに着替え終えたところだった。
スーツ姿がこれほど似合うハンターも珍しいのではなかろうか。
見た目だけなら格好いいのにとぼんやり見詰めていれば、それに気付いたリボーンがオレに手を差し伸べてきた。

「もう授業が始まっちまってるぞ。」

「お前のせいだろ!?」

シレっと言われて即座に切り返すとクツクツと笑われた。
この顔でどうやら上手いらしいキスやらそれ以上やらもあるのに、何でオレなんかとしたがるのか不思議でならない。
まあ事情も知らない一般人に手を出さないだけ良識があるのかとそう思いながらも座り込んでしまった床から引っ張り上げられてホッとしたところを今度は人の姿のリボーンに項を噛まれて声を上げた。

「ひぇ…!」

牙はないが犬歯に齧られて痛みよりも驚きに悲鳴を漏らすと、背中がしなるほど身体を抱きすくめられた。
黒豹姿ではないのについ腕を回してしまいそうになって慌てて手を引っ込めた。
こちらの姿のリボーンをどう扱えばいいのかいまだ自分の中で決めかねている。

手をワタワタさせたまま自分よりも大きな腕に抱えられていると不思議な気分になってきた。
オレだけを求めるような抱き方にぶるりと頭を振る。
やっぱり逃げなきゃと手を突っぱねるために目の前のジャケットに手の平を押し当てたところでガラリと準備室の扉が開いた。

「あれ?こんなところで何してるのかな?」

覚えのある声と口調に驚いて顔をそちらに向けるとやはり彼がこちらを覗き込んでいた。
どうして学校にいるのか。いや、それよりも彼が身に着けているそれは。

「うちの制服、ですよね?」

「うん、そう。リボーンくんがあまりに君にべったりだから、僕も近付いてチャンスを窺うことにしたんだ。よろしくね、綱吉くん。」

にっこりと人好きのする笑顔を浮かべる白蘭さんに、オレを囲っていたリボーンの腕が狭まって顔がジャケットとシャツの間に埋まる。
白蘭さんを冷たく睨むリボーンの顔を見上げながら、煩く脈打つ自分の心臓のその意味を悟って慌てて顔を背けた。

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