22.「あのさ…そこで雰囲気出してるところ悪いんだけど、そろそろ人が集まり始めたよ。」 見詰め合ったままでいたオレは、そこでやっとオレたち以外に意識がある人のことに気が付いた。 コロネロさんは元より、マーモンさんはドアを背にして、その先にはスカルさんもいるようだった。 こんなところに居たら碌でもない噂を立てられるとワタワタしていると、面倒になったのかリボーンがオレの手を取ってひょいと肩の上に担ぎ上げた。 やっぱり今回も俵担ぎだ。 「帰るぞ。」 「イヤイヤイヤ!まだ授業あるじゃん!」 「…その格好で出るのか?」 そのと言われて自分を見れば言葉に詰まる。 ムリか。ベルトはどうにか締めたけどシャツのボタンがところどころ飛んでいてみっともない格好になっている。無言になるとそれを了承と取ってか、集まり始めた人垣を割って階段を降りはじめた。 ううう…オレも気絶してればよかった。 好奇の目が一斉にこちらに向くが、そんなことなど気にしないリボーンが恨めしくもあり、羨ましくもある。 「タクシー呼んどきました。」 スカルさんが後ろから声を掛けてもぞんざいに返事を返すリボーンの代わりにオレが頭を下げた。…よく考えると同級生なのになんでリボーン相手に敬語なんだろう。 衆目環視の中で抱えられたまま昇降口へと向かう足取りの緩さに何かを感じる。何だろう…わざと見せているような気がするのはオレの思い違いだよね? 途中、獄寺くんや山本と鉢合わせるも降ろして貰えず止まってもくれなかった。 通り過ぎる時に気分が悪いから帰る旨だけ伝えるも、2人とも何故か涙目になっていた。…理由は明日にでも聞いてみよう。 そうして校門前に横付けされたタクシーに乗り込むと自宅へと走り出した。 さすがにタクシーを降りてから玄関までは歩いてきた。 玄関の扉を開け、家の中にはいるとほっと一息つく。 最初は家の中に入る度に違和感を覚えていた匂いも、今は気にならないし帰ってきたのだと思えた。もうここは自分の家なんだと実感する。 自室のある2階に上がると後ろのリボーンも同じく付いてきた。助けてくれた上に連れ帰ってくれたことには感謝しているのだが、一人になりたい。 部屋の前でちらりとリボーンを振り返ると、入れと顎をしゃくってきた。 うん?お前に指図される覚えはない。 腹が立ったオレは素早くドアを開けるとすぐに閉めにかかる。だがそれも予測済みだったのか膝を入れて阻止され、我が物顔で部屋に押し入られ、ベッドの上に居座っていた。 「…着替えるんだけど……」 暗にどけと言っているのに気付かないふりをする。本当に面の皮が厚い。 リボーンの前で脱ぐのを躊躇うのはまた襲われそうとかじゃなくて、脱ぐと嫌でも目にはいる赤い痕が生々しいからだ。昨晩のことを思い起こさせるようなことはしたくない。 仕方なく背中を向けてTシャツに着替えていると、くつくつと笑い出した。 「何…」 「いや…隠れてねぇぞ。」 「…何が?」 Tシャツに袖だけ通した格好で振り向くと、意外に近付いていたリボーンの指がツツゥ…と背中を辿っていく。 触れられてゾクゾクするのは一緒の筈なのに、先ほどの先輩たちに触られた時とは違って今身の裡を這い上がるのは快感だと知った。ここ2日で2回も襲われて分かった違いに項垂れる。 ため息を吐いていると、またも指がちょん、ちょんと触れてきた。 「こことここ…あとこっちもあるな。気持ちよかっただろ?」 「バッ…!信じらんない!オレは嫌だって言ってたよな!?」 慌ててTシャツを被って隠すも、その隙にもっと近付いてきていたリボーンに腕を取られた。 「一番最初に会った時のことを覚えているか?」 マコトに遺憾ながらばっちり覚えている。悔しいほどに意識を奪われ、その瞬間に囚われたのだ。多分。 複雑な気分で目の前の顔を眺めていると、リボーンも何故か同じような顔になった。 「…可愛い顔した女だなと思ったんだぞ。だが彼氏付きで、こっちも居たしな。仕方ないと諦めてたら…」 「失礼だな!」 「言っとくが、普通は男同士で肩は組まねぇぞ。おかしいのはそっちだ。」 そうだろうか。あまりにきっぱり言い切られて自信をなくす。 それでも納得しかねるオレを見てそいつは今度だと言うとまた話に戻った。 「新しい弟だと紹介されて2度驚いた。」 それはオレも同じだ。 「いくら好みの顔でも男はいらねぇ筈だったんだが…」 「っ!オレだって男なんかご免だよ!」 そんなのお互い様だ。だから憎まれ口を叩かれてもホッとしてたし、優しくされると言葉も返せなかった。素直になったらきっとすぐに気持ちが傾いてしまう。 少しの傾斜でも転がっていく想いの行く先は奈落の底で、絶対にそれだけは認めたくなかった。 逃げようと必死に手を引くが握った手は緩まない。逆に引き寄せられて顔が近付く。 「本当に嫌か?…今朝のあれはやっぱりオレの勘違いだったのか?」 目を見ていられなくなって首を振って視線から逃げた。 どこか疚しさを伴う感情に素直になれない。 歯を食いしばって俯いていると、握っていた腕がゆっくりと離れていく。 答えも出せないオレが寂しいと感じるのはおこがましい。 互いの間にできた距離に震えながら顔を上げると、頬にリボーンの手が伸びてきた。 身体が強張っていく。 それを視界の端に入れて、ふっと笑った顔は驚くほど気弱に見えた。 「オレはたとえお前がガンマのことを想っていようとも奪う気でいた。だが、お前の泣く顔は見たくねぇんだ…なぁツナ、本当に嫌か?」 「…っ!」 好きだなんて言われても今一つ信じられなかった。本当に好きだから、すぐに飽きて捨てられたらと思うと二の足を踏んだ。だってそれ以降も兄弟でいることは確定している。 はっきり答えを出さなければ、このままでいられるとどこかで計算していたのだろうか。 見詰める先で唇が微かに動く。 「嫌やな逃げろ。逃げなきゃもらう…」 添えられた手の平が熱を帯びていく。 ゆっくりと近付いてくる顔の焦点がぼやけて重なる寸前に言葉が零れた。 「待って。」 ピタリと止まった顔を手で挟むと、額を押し付けた。 「す、きだけど今はムリ…もうちょっと待って。」 色々といきなり過ぎてオレの頭じゃ追いつかない。だから、もう少しだけ。 じっと下から覗くとリボーンが詰まっていた。 「…もう少し待てばオレだけのものになるか?」 「それはリボーン次第だろ?」 言ってやると見開いていた目がイイことを思い付いたガキ大将のようにニンマリと細められた。 それを見て何故か悪寒が走る。 余計な一言だったかも…。 今更悔やんでも時既に遅し。 勝手に解釈したリボーンは、近かった距離を尚近付けてオレの唇をペロリと舐め取った。 「なななな…!待ってって言っただろ!??」 「何言ってやがる。お前が逃げる、オレは追う。欲しけりゃ自分で掴まえろってことだな?」 「ち、がーう!まず待ってって…」 「フン、ツナみてぇなヤツは待ってたらいつまでも言い出せないのがオチだぞ。安心してオレのものになれ。」 そうかも…なんて思えるかぁ! ジタバタと手足をバタつかせていると、頬に顔を寄せてきた。 目一杯、抵抗しているのに離れない。 ひぃぃぃい!オレってこれからどうなるの?! 冷や汗を流しているオレにリボーンが嬉しそうに呟く。 「安心しろ、嫌がることはしねぇ………多分。」 「多分かよ?!」 そもそもリボーンにされて嫌なことなどありはしない。 それって、リボーンの理性頼みってことだ。 負けるな、オレ。 流されるな、頑張れ! 「……頑張れるかな…」 前途多難な予感がひしひしとしたり、しなかったり。 これからも兄弟であり続けるのだろうか。 それとも兄弟で恋人に変化していくのだろうか。 願わくば流されることなく、共に歩いていければと。 終わり |