リボツナ2 | ナノ



6.




黒い瞳と黒い髪のジャポネーゼは以外と少ないのだと分かったのは実際にジャッポーネに着いてからだった。
時代劇に出てくるような髪形ではないことは知っていたが、それでも髪は黒いだろうと思っていたのに意外や茶髪が多かった。

折角の美しい色を自ら変えてしまうなんて勿体ないと思っていれば、今度の生徒も茶髪だった。
だが人工的な色ではない。

ミルクチョコレートを溶かしたような甘い香りがしそうな茶色の髪はふわふわと柔らかく纏まりがなく、同じ色の瞳は零れそうなほど大きく雄弁に意思を語る。
マフィアのボスになんかなりたくないとそう叫ぶ子供は、自己の力が強大であることを本能で知ってそれに蓋をしているように思えた。

ずっと傍にいた。
10年、家庭教師としてまたは家族として仲間として。
一番最初に出会った時となんら変わらぬ心を変えたくなかったのは実はオレだったのかもしれない。

誰と居ても、どんなときで、もどこか自分の居場所ではないような違和感をいつも覚えていた。
アルコバレーノに選ばれてからは益々その違和感は大きくなり、時間軸の外の住人だと律してサポートに回ることでどうにか自我を保つことができるようになった。

どこか冷めた目で世の中を見ていたオレに生きることの熱さを思い出させてくれたのは『あいつ』だった。
ボスになっても変わらぬ笑顔を見る度に心の中で安堵のため息を吐き出した。

呪いから解かれても『あいつ』から離れないのはどうしてなのか、それを思い知ることになったのはこの一粒欠けたチョコレートの箱の中にあった。














その日はバールに立ち寄った後、久しぶりにボンゴレへ報告をあげに行くつもりで隠れ家から歩いていた。
道の向こうにチラリと見えた茶色の髪の色に興味を惹かれ、追うとはなしに視線だけをその髪の向かう方向に滑らせていけば薬の売人と思われる2人組に行く手を塞がれていた。

スーパーマンでもヒーローでもないただの殺戮者のオレは誰彼なく助けるなんて慈善事業はしちゃいない。
だが、その髪の色だけは放ってはおけなかった。

近付いてみれば、この寒空に身体に合っていないブカブカのシャツにベルトで括りつけているだけの男物のスラックスを身に纏っただけの少女はそのか細い身体に似合わぬ気の強さで売人たちを振り払って逆に男たちの怒りに火をつけていた。

どんな理由であれ女に手を上げるような男はここイタリアではクズだ。ほんの少し分かりやすい殺気を纏って後ろから脅してやると、情けない声を上げて売人たちは少女を放って逃げ出していった。

最後にどんな顔だったのかと視線を少女に合わせてギクリと肩が強張った。
サラサラと流れるまっすぐな髪は『あいつ』とはまったく違うというのに、髪の色も瞳もそして頼りなげな瞳のその奥にある芯の強さも『あいつ』そっくりだった。

そこで初めて『あいつ』が女だったらオレはどんな気持ちを持つのかということを自覚させられた。







細い肩、小さい身体に白磁のように肌理細やかな肌がシャツからうっすら透けて見えるその格好にこのままでは放っておけないと愛人のひとりが通っているというブティックへと連れて行った。

どうしてこんな格好でいるのかを問う気はない。
ひとつ知ればふたつ知りたくなり、ふたつ知ればもっと知りたくなるのは目に見えていたからだ。

『あいつ』と同じジャポネーゼだろうと当たりをつけるとしどろもどろな日本語が返ってきた。普段は何語を話しているのか久しぶりに使ったとでもいうような話し方に違和感を覚えたがそこも聞きはしない。

肌と髪の色に合わせたワンピースを選んでやると、店員はしきりに感心しそれを手に少女を連れて試着室へと吸い込まれていった。
少女の悲鳴が聞こえた後、しばらくすると満面の笑みを浮かべた店員がとても素晴らしい出来よ!と太鼓判を押しながら少女をオレの前へと押し遣った。

線の細いジャポネーゼの少女はよろけながらも試着室から出てきた。細いとは思っていたが折れそうな二の腕と意外や膨らみのある胸の下の足は見事な脚線を描いていた。
寒いと流暢なイタリア語で訴える少女に少し驚いたが、店員はヒールの高いブーツを少女に履かせてしまう。

勿体ないとは思いつつもあの足を晒して歩くよりはマシだろうと納得し、会計を済ませて逃げ出そうとすると縋りつかれた。

煩いほど雄弁に好意を寄せる少女の瞳を見て動揺した。
いつもらなば冷たく切って捨てるのにそれもできない。
『あいつ』と…ツナと同じ色の瞳を持つ少女の手を振り切れず、バールに連れていくことにしたのは誰でもない自分の意思だった。










くるくるとよく変わる少女の表情は見ていて飽きることがない。
そういえば最近はツナの顔を直視することが少なくなっていたことに気が付いた。

ツナよりもなお大きい瞳は甘いチョコレートを溶かしてできたのかと思うほどで、使い慣れない敬語を必死に使おうとする淡い色の唇は先ほどの店員の心遣いで綺麗なラインを描いている。

好意を寄せられることは少なくない。
見た目で寄ってくる連中やオレの本職を知ってなお悪い男に惹かれる自分に酔ってか、辺りを付き纏う女はとにかく多い。

捧げられる愛情に一片の価値も見出せないオレはどうにもその手の秋波が苦手となり、適当に相手をしてやった後に適当な理由で別れを告げる。
それでもいいという女の多さに辟易していた。

だからこそ少女の好意にも嬉しいよりも戸惑いが強く、ましてツナによく似た面差しのせいでいつものように酷くできない自分に驚いた。
まるで本物のツナに言い寄られているような、そんな錯覚を起こす。

笑い掛けられるだけでズクリと下肢が疼くなんざヤりたい盛りの高校生かと自嘲する。
これ以上少女の傍にいたらとんでもない大蛇が薮から飛び出てきそうで逃げ出そうと腰を上げると、少女が悲痛な声で告白をした。

「っ!好きです!受け取って下さい!!」

持ち歩いていたチョコレートの箱ごと押し付けられた気持ちに愕然とした。
これが本当のツナからだったら?
そうしたらオレはどうした?

決まっていると自分の狂気を自覚してくつくつと笑いが零れ、それに少女は勘違いをしたらしかった。
いや勘違いではない。少女の気持ちにも愛人たちの想いにも応えられないと思い知ったのだから。

ツナによく似た少女の髪を引き寄せて口付ける。
どこまでもそっくりな少女の方がどれほど楽な相手かもしれないと分かっていながらも、それでも本人でなければならないのだと今知った。

むしょうにツナに会いたくて、それ以外の誰も代わりはいないのだと思い知らされた。
少女に背を向けて歩き出すと少女はオレに自分と似た髪と瞳の人が好きなのかと訊ねてきた。
答える義務もないのに、つい答えてしまったのはこれでこんな人殺ししかできない男を忘れろという警告のつもりだった。


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