リボツナ2 | ナノ



4.




サスペンションが軋んだ音と冷徹で蔑むような声音とに、やっと目の前が開けた気がした。
組み敷いた身体はオレを拒んでいて、横を向いた顔はすべてを諦め受け入れようとしてか目を瞑り、噛みしめた唇からは赤い血液が一筋零れ落ちていた。

シートベルトで縛り上げた細い腕も、無理矢理引きちぎったせいではだけたシャツから覗く白い肌も、どれもいつかは手に入れようと思っていたがそれはこんな形ではなくもっとスマートにツナが怖がらないようしてやろうと思い描いていた。

自分のしでかした行動だというのに現実味が伴っていない。いや、口付けを交わしたことも肌の温かみを確かめたこともはっきり残っていて思い出すだけで下肢が熱を持つ。
だが口付けと呼ぶには独りよがりだった行為と、ただの暴行に過ぎなかった前戯なのだと理解した途端にガンと頭を打ち付けたような痛みが走る。

「ここを開けろ。」

静かだが燃えるような怒りを裡に秘めた声音でジョットが呟いた。
するとこいつにだけは負けたくないという気持ちが頭をもたげ、しかし震えるツナを放っておく訳にもいかずにシートベルトの拘束を解くとドアロックを解除した。

いつもの冷静さをかなぐり捨ててドアを開けるジョットと、オレの下から這いずり即座にシャツを手繰り寄せると同じくドアに縋るツナの後ろ姿を見て終わったのだとはっきり分かった。

「大丈夫だったか?!」

「すみません!誤解なんです!本当になんでもありませんから!」

手を差し伸べたジョットに気付かず頭を下げたツナは、幾度も幾度もジョットに謝ると後部座席から外へと逃げてオレの方へと振り返った。

「気に、してません…から。でもオレにこんなことしなくても、本人にきちんと話せばいいと思います。それが一番の近道ですよ。」

それじゃ。と意味不明なことを言うとジョットの手も取らずに逃げ出していってしまった。
小さくなる背中を呆然と見詰めていると突然胸倉を引き寄せられる。

「…オレは貴様が憎いぞ。」

それはこっちの台詞だと反論する間もなくジョットの拳が鳩尾に吸い込まれた。
ドン!と背中を反対側のドアに打ちつけられ、胃液が逆流するほどの衝撃に耐えると憎悪の目で睨むジョットの視線にかち合った。

「ツナを泣かせるヤツは認めん!覚えておけ。」

汚いものでも触ってしまったとでも言うように殴った拳をハンカチで拭うと、ツナが逃げた方向へジョットも駆けだしていった。
オレも追いかけていこうと足を伸ばしかけたが、どの面さげてツナに会えばいいのかと足が止まる。

生まれてはじめて誰かの言葉を怖いと思った。







物心ついた頃から、やれ神童だ天才だと持て囃されたオレは挫折という言葉を知らなかった。
普通にしていても腐るほど声を掛けられいい気になっていた時期もなかったとは言わない。
それでも自分のやりたい事を見つけてからは、やれることの方が少ないのだと痛感させられることもしばしばあった。

大学を出て刑事になり色々な事件を追ったが、どうしてもこの事件だけはと追いかけていた強盗事件を捜査していた途中で出会ったのがツナだった。
強盗団のグループに繋がる男を追っている最中に本屋の近くの喫茶店で急ぐオレに先を譲ってくれた。

お先にどうぞと笑い掛けてきた顔に一目惚れをしたのがはじまり。それからはスペードのいう通り庁内のデータベースから名前と勤め先を割り出して、どうにかして近付けないものかと考えていたところで今度は本屋で再会したのだ。

初めて自分から追いかけた。
絶対手に入れたいと思い、らしくもなく二の足を踏んだことは一度や二度じゃない。
それもたった一度の過ちでパーにしてしまったのかと思うと情けなくて笑えてくる。

ジョットという存在に焦ったのだろう。
自分と同じく何をやらせてもパーフェクトな王の貫禄に。
少しずつ積み上げてきたツナとのやり取りも、思い出もあいつが横からきて掻っ攫っしまうような焦燥感を覚えて、誰の目にも触れさせたくないと隠そうとしたからボロが出た。

隠そうとすればするほど亀裂から零れ、取り繕うことも出来なくなってからそれに気が付いた。

「らしくねぇ…」

ジョットに殴られた腹を押さえ、後部座席に転がって痛みに耐えようと眉間に皺を寄せてから目を閉じた。












しばらく目を閉じていると、痛みを紛らわせるためにかまどろんでしまっていた。
そのまどろみから目覚めさせたのは警察無線のガリガリという音と、スカルの切羽詰った悲鳴だった。

『…ー…ガガッ…せ、ぱい!先輩!聞いてますか!…ツナさんの学校ーー…に…が進入してーーー』

「なに?」

『聞いて、くだ…学校に窃盗団が…』

「分かった。詳しい内容はメールで送って来い!」

『了解!』

口に溜った苦い胃液を吐き出すと、解けかけたネクタイを締めなおしジャケットのボタンを締める。
イタリアのテーラーで仕立てたオーダーメイドのそれを着直すと、警視庁から支給されたインカムを耳に装着し運転席へと足を伸ばした。








すでにパトカーが数台校庭に乗り捨てられた状態の学校に黒いジャガーを停めると慌てた様子でGとスペード、そしてマーモンが体育館へと向かっているのが見えた。
それを追いかけていくと、慌てたところを初めて見たスペードへと後ろから声を掛ける。

「どういうことだ?」

「オヤ、役立たずの警部が何の御用で?」

「てめぇ死にてぇのか?」

「フフフ…冗談ですよ。うちのボスが綱吉くんの身代わりになると騒ぎましてね。それを見た犯人がどちらが目撃者だったのか分からなくなって興奮しているのです。」

「あぁ?どこがどうなったらそんなことになるんだ?」

言われている意味が分からずそう答えると美しいと評されるその顔をいやらしく歪めて鼻で笑われた。

「どう、とは?似ているでしょう、ジョットと綱吉くんは。」

「似てねぇ。微塵も似てねぇぞ。」

あんな俺様野郎とどこが似ているというのか。一度たりともジョットと似ているなど思ったことはない。そう言うと笑みを浮かべたままで呆れた様子をその面に乗せた。

「顔が好きな訳ではないと?」

「好きだぞ。顔だけが好きな訳じゃねぇがな。」

それはそれはご馳走さまです。と小馬鹿にしたような返事をされて一発頭を撃ち抜いてやろうかと考えていたところで現場に到着した。

「さて、困ったボスと可愛いあの子を救いにいきましょうか。」

「言われるまでもねぇぞ。」

動きを制限される防弾チョッキを着用してこなかったことに気付いたがそんなことなどどうでもいい。
愛銃の弾数を数えてから騒がしい体育館の奥へと足を踏み出していった。


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