リボツナ2 | ナノ



3.




卒業式の準備に追われる校内はいつもの賑やかさを忘れたように粛々としていた。
誰もがひとりくらいは心に思い描く先輩がいて、それは淡い恋心だったり、まったく違う感情であったりしても、やはりここから巣立っていく彼ら彼女らに置いていかれるような気がするのだろうか。

毎日会っていた人と会えなくなる寂しさ。
それは今の自分にも当て嵌まる。
この1ヵ月、毎日毎晩警護と手がかりを求めてとはいえ顔を見て、話をして、そしてまた明日と笑い合って別れた日は帰ってはこない。

ふぅと吐き出したため息が思いの外長く深々となった。
それに苦笑いを浮かべてまた行き交う生徒の少なくなった廊下を歩き出す。すると、見覚えのある黒い車を校門の影に見つけて足が止まった。

「どうして…」

昨日、ジョットさんにはっきり伝えた筈だった。だからもう会えないし、会わないものだと思っていたのに。
それともこれで警護と捜査は一段落するという話をしにきたのか。
最後に一時だけオレの時間をくれるということなのだろうか。

会いたくて、合わせる顔もなくて、どうしようかと迷っていると見透かしたようなタイミングで尻ポケットの携帯電話が着信の振動を伝えてきた。
丁度昼休みに入ったばかりで、少し抜け出すことも出来なくはない。出ようかどうしようかと迷いながらも、正直な身体はポケットから携帯電話を抜き取ると受信ボタンを押していた。

『もしもし…』

電話越しの低い声にぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような気がした。












校門も前では目立ちすぎるということで、少し離れた無人駐車場へと呼び出された。
車通りは多いのに、人通りが少ないそこなら確かに丁度いい。
何度も乗った黒いジャガーのガラスにコンコンと断りを入れてから隣へ乗り込んだ。

「こんな時間に悪かったな。」

「いえ、少しなら平気です。今日は卒業式の準備で教師も駆り出されているだけですから授業はないんですよ。」

顔も見れないままに助手席に座って前を向いたままでそう答えた。
それにそうかとだけ言うとリボーンさんは黙り込んでしまった。
その沈黙に押し潰されそうになる。

ひょっとして昨日のジョットさんへ言ったことを知ってしまったのだろうか。だからオレに掛ける言葉を探しているんじゃないのか。
口止めをしなかったことを思い出して青ざめていると、やっとリボーンさんが口を開いた。

「昨日のことだが…」

「っつ!あああの!あれは言葉のあやっていうか…深い気持ちがあった訳じゃ、」

「軽い気持ちでしたのか?」

「そういう訳でも…」

どう言えば気にしないで貰えるのだろうかと、そればかりに気を取られて意識が散漫になっていた。視線を彷徨わせながらも、ジョットさんは何を思ってバラしてしまったのだと半ば八つ当たり気味に髪を掻き毟っているとその手を取られて運転席側に引き寄せられた。

ミッション越しに塞がれた唇にぬるりとしたものが押し付けられる。その生暖かい感触にやっと状況を確認するという回路が開いて慌てて目の前を凝視するも、オレの意思を無視したそれは唇を割り開き、歯列の隙間から進入を果たして口腔を舐め取った。

自分以外の体温を感じた身体は逃げを打つが後頭部を手で固定された状態では首を横に振ることさえできない。
はぁ…と吐き出した息に重なって喉の奥へと侵入する自分以外の息に背筋がゾクっとして、リボーンさんと口付けをしているのだと実感した。

逃げなきゃと思う理性とは裏腹に、リボーンさんと…好きな人との口付けにこのままでいたいという欲望も膨らんでいく。
目を閉じ、舌を絡め取られて重なる息と混ざる唾液の音を聞き取りながらも目の前のジャケットに縋りつく。

息もままならないほど執拗に舌を吸われ、後頭部を押えていた手は頭を抱え込む格好で耳朶と耳裏を弄り始めた。
今までの誰としたキスよりも気持ちよくて、溺れた人のように胸から肩へと縋る手が伸びていくとネクタイを抜き取る音が響いて意識が覚醒した。

こんな行為はなんの足しにもならない。ただの代替に過ぎない。いくら似ているからといってもジョットさんの代わりなんて嫌だ。
慌てて手で胸を押し返して、もう片方の手でリボーンさんの顔を押し退けると首を振ってどうにか逃げ切った。

「オレは、ジョットさんじゃない…!」

濡れていた唇を手の甲で拭うと、この場から逃げ出そうとドアに手を掛けてぎょっとした。開けようとしても開けられない。
運転席でわざわざ操作して開けられないようになっている。車内に閉じ込められたのだと知って固まっていると、腕を引かれて助手席の背に押し付けられた。

「ジョットはよくて、オレだとダメか?」

「なに…」

どういう意味なのか分からずに目の前に迫る顔を睨むと、男らしく整った柳眉を苦しそうに寄せてこちらをじっと見詰めていた。

「そんなにジョットが好きなのか?」

「ちが、」

違うのだと、オレが好きなのはリボーンさんだと叫ぼうとしてどうにか留まることができた。
ここでそれを叫んでも虚しいだけだ。

リボーンさんはオレにすら嫉妬するほどジョットさんが好きで、ジョットさんは分からないけれど、オレは上手くいかなければいいと思っていた。
邪魔するつもりはないなんて必死にイイ子ぶってみても、この1ヵ月邪魔ばかりしてきたことは自分でも分かっている。

失恋は1ヵ月前から確定していた。それを先伸ばしにしただけだった。
大きく息を吸い込み、泣きそうになる瞳に力を入れてそれからどうにか小馬鹿にした表情を作ってみせるとわざと嫌味ったらしく口に出した。

「だったら?オレがジョットさんを好きだと言ったらあなたはどうするつもりですか?」

そう言うと目の前の顔がざっと青ざめて酷薄そうな薄い唇が引き結ばれる。切れ長のただでさえ鋭い目付きが刃物のように鋭利に尖って、胸倉を掴み上げられた。
殴られる!と身を縮めているとそのまま掴まれたシャツを左右に力任せに引っ張られて勢いよくボタンがはじけ飛んでいった。

「なっ…?」

「ツナが誰を好きになろうと構わねぇぞ。」

何をされるのか分からずに呆然と自分の胸元に視線を落としたところで喉元にチリッとした痛みを感じた。
分からないながらも逃げなければという本能に従って手をシートの背に付いて後部座席に逃げ出すと、それを追ってきたリボーンさんに足を取られて転がされてしまう。

逃げようとするオレと逃すまいとするリボーンさんの攻防は体格と体力の差で決まった。
身体の上に乗り上げられ、両手をシートベルトで締め上げられてしまえば逃げ出すことも出来ない。

ガタガタと震えるオレの身体に手を滑らせると割り広げられたシャツの襟元から胸元へと忍び込んできた。

「怖いのか?昨日もジョットとしたんだろ?」

「してないっ!」

「嘘だな。」

聞いてもくれないリボーンさんは、そのまま手を脇腹まで撫でてそれからゆっくりと肌を確かめるように胸の回りを触りはじめた。
胸を揉むような手の動きに何をされるのかと震えが酷くなっていく。

狂気に触れてしまったのだと今更気付いても遅い。
言葉が通じないのではなく言葉が素通りしていく。嫌だも止めても聞いてくれないのではなく聞こえていないのだろう。

そんなに好きならオレなんかじゃなく直接本人に言ったり行動すればいいのに、それも出来ないほど盲目的な愛情なのか。
似ていれば誰でもいいのならばオレじゃなくてもいいのに。

きっとリボーンさんは覚えていないだろうけれど、一番最初に出会ったのはあの本屋ではなかった。

今思えば、聞き込みかそれとも捜査の途中だったのかもしれない。よく行く喫茶店で丁度支払って出ていこうというところでかち合ってしまった。
見たところ急いでいる様子だったのでお先にどうぞと声を掛けると悪いなと頭を下げたのがリボーンさんだった。

背の高い人だなと思ってはいたが、上に乗っていた顔があまりに整っていたためにどこかの海外の俳優だろうかと目を疑ったほどだ。

そんな顔を忘れられる筈もなく、次に会ったのがあの本屋で、あんな格好いい人がどんな本を読むのだろうかと興味を惹かれて後をついていった…ということが真相だった。

必死に余所事を考えて気を紛らせていても、リボーンさんの手は胸の先の周りを撫で擦っていて、普段は外気に晒されることの少ないそこを妙な手付きで撫でられて息があがりはじめる。
それでも声は漏らすまいと口を閉じていると、そんなことなどお構いなしに胸の突起を舌で舐められた。

「っ…!」

気持ち悪いならまだマシだ。快楽というものは耐えようとして耐えられるものではない。
舌先で形を確かめるようにゆっくりと舐め上げられ、自分の意思とは逆の反応を示すそこを口に含まれて弄られ辱めを受ける。

両手を固定され声も上げられず反応も返したくはないと堪えてみても、踏んできた場数が違うのか元々上手なのか、リボーンさんの望むままに身体が反応していく自分に心の中で罵倒を繰り返す。

身代わりでもいいなんてバカ過ぎる。
あんたなんか大嫌いだと言って蹴り上げれば目も覚めるかもしれない。
だから早くと急かす気持ちとは裏腹にそれでもいいんだと暗く嗤う自分がいた。

泣きたい。啼けない。
声を殺して唇を噛み締めるとぬるりと口端から何かが滴り落ちた。
目を瞑り、口を閉ざしてすべて堪えようとした時に突然頭の上から影が差した。

「公序良俗、および一般人への暴行未遂の現行犯だ。」

ガラス越しの冷たい笑顔を見せたジョットがジャガーのガラスに蹴りを入れ、硬い筈のサスペンションがグワンと沈み車体が揺れた。

「それからツナの顔を見てみろ。」

ジョットさんの言葉に顔を上げたリボーンさんの視線がやっとこちらを向いた。それに慌てて横を向く。
声を殺そうと噛み締めた唇は鉄の味が苦く染み渡り、泣くまいと堪えた目の端から横を向いたことで一筋零れていったことが分かる。

みっともない自分の顔を晒したことに目を瞑ってリボーンさんの視線から逃れると、やっと身体の上から体温が遠ざかっていって、それにホッとするよりも寂しさにギリギリと胸の奥が軋んだ。


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