4.どうやら人気のない廊下のトイレに紛れ込んでしまったようで、あまりにシーンと静まりかえっているそこを沢田は恐々窺いながら足を踏み入れた。 日当たりの悪いそこは、それでも手入れは行き届いていて清潔に保たれていた。 2人から離れる言い訳としてトイレに向かったが一応本当に用を足すかと奥まで歩き出した時に、それはトイレの扉の向こうから聞こえてきた。 「ジョットもリボーンも大人気ないというか…あの2人は張り合わずには居られないんでしょうかね…」 「さぁ?金にならないことには興味がないけどアレだろ。気に喰わないのは自分と同じだと思ってるからじゃない?そもそも最初から一冊の本を同じタイミングで取り合ったとか聞いたけど。」 「あぁ、『書店で大乱闘事件』でしたか?」 そんな話を背中越しに聞いていると扉の向こうから三つ編みにチャイニーズスタイルの男と、フードで顔を覆っている小柄な青年?が現れた。 咄嗟に奥の個室に篭ると、それに気にした様子もなく会話を続けていく。 「仲がいいのやら、悪いのやら…」 「それより、ジョットのそっくりさんが現れたらしいじゃない。しかもリボーンの知り合いなんだってさ。あいつの弱みを握ってないかな。」 「それこそどうでもいいですよ。さて、報告書をあげなければ。」 それだけ言うとすぐにトイレから出ていく2つの足音が聞こえた。 それを呆然と聞きながらも、沢田は便座の蓋の上に力なく座り込む。 何がショックだったのかも分からず、ただ息苦しさを感じるネクタイに指を滑らせ、幾度も幾度もそれを弄ぶだけだった。 気付いた時には2人から離れて10分は経過していた。慌てて用だけ済ませると手洗いと身だしなみだけは整えてトイレから飛び出る。 すると廊下の遠くから声を掛けられた。 「探しましたよ、ご無事でなによりです。」 「へ?」 最初にジョットに声を掛けた際に、沢田をジョットのそっくりさんだと叫んでいた男だった。 ジョットの部下らしいこの男はジョットと違い随分表情が豊かだ。 沢田が心配だったというより、ジョットの命令に付き従うその姿勢はどこか沢田の受け持ちクラスの獄寺に似ているところがある。 この人と決めたらまっすぐ一途に突き進みそうなところが微笑ましい。 隠し事ができなそうだな…とふと浮かんだ瞬間に、意識することなく口が勝手に喋り出していた。 「ジョットさんとリボーンさんは以前からの知り合いなんですか?」 ヤバイと思った時には既に遅く、けれどそれを不審に思うことなく男はサラリと答えてくれた。 「いいえ、違いますよ。なんでも駅前の書店で同じ本を同時に手に取ったとかで、その本欲しさというより相手に譲りたくなくて店員を巻き込んでの騒動になったそうです。……同じものを欲しがるなんてどこまで仲がいいんでしょうね。」 「っ…!」 書店での出会いはやはり本当だったらしい。だとしたらあの如何わしい男が言っていたアレはジョットのことだったのかと沢田は酷く動揺した。 動揺したことに狼狽えていると、それに気付かない男はなおも喋り続けた。 「大体、ジョットと張り合おうなんて10年早いんですよっ!いつでも何にでも張り合って…今度はあなたのような無関係の人まで巻き込んで。」 「…じゃない、です。」 「はい?」 「無関係なんかじゃありません!」 自分でも何に憤りを感じているのか分からないままそう叫ぶと、沢田は男を置いてリボーンとジョットが待つ廊下へと駆け出した。 顔を赤くして涙を溜めながらの叫び声に男のハートを鷲掴みにしたことなど知らないままで。 体力のない沢田が切れ切れの息でどうにか2人の待つ廊下へと辿り着くと、その後ろには別の男たちが幾人も2人を囲むように並んでいた。 その男たちに見覚えがあった沢田は思わず驚きの声を上げる。 「あれっ?なんでここに…」 先ほどトイレに行く前に沢田にぶつかってきたバンドマン風の男とその男への体罰が日常化しているらしい先輩、それから沢田の顔を本当に覗きにきただけの男と、刑事課の部屋でジョットに似ていると先ほどの男と叫んでいた男がにらみ合っている。 「この件はこいつが先に手をつけたんだろう。管轄はオレたちに渡せ、コラ!」 とリボーンを指さしながら金髪ミリタリー男が言い張ると、 「いいや。元々は、オレたちが強盗事件を追っていた。だから君たちこそ引くべきだろう。」 と無表情で主張するのは先ほどの顔を覗きにきただけの男だった。 乏しい表情ながらもそこだけは譲れないと言い切る男に、今度はバンドマン風の男がギャンギャンと言い募る。 「アンタ、さっきまで面倒だからオレたちに譲るとか言ってたじゃないか。何で突然変わったんだよ!」 「それはお前たちも同じだろう。どうしてこんな短時間に意見が変わったんだ?」 ナックルと呼ばれていた男が訝しげにバンドマン風の男の顔を覗きこむと、息を詰まらせながらしどろもどろになる。 「そ、それは…」 「どうでもいいだろうが!」 そう金髪ミリタリー男が一喝すると、どうやって声を掛けようか迷っていた沢田の後ろから声が掛った。 「いいや、よくない!この方はウチで警護する。そうだろう、ジョット。」 「って、おいコラ!気易く肩を触るんじゃねーぞ!」 金髪男の声を無視すると、Gと呼ばれていた先ほど沢田が逃げてきた男が沢田の肩に手を掛けたままわずかに笑いかけてきた。 「先ほどは悪かった。だがオレもジョットも君を守りたいという気持ちに偽りはない…」 「は、はぁ…」 先ほどより随分気持ちの籠った言いっぷりに思わず腰が引けた沢田の肩を、もう一方から引き寄せる腕が現れた。 その力強さに思わず転げそうになったところをどうにか支えられて、慌てて顔を上げると先ほどのトイレに入ってきたチャイニーズスタイルの男がにっこりと笑っていた。 「強引に捜査協力をお願いするのは市民の負担にもなり兼ねませんよ、G。その点、私たちならそんなことは言いません。」 などと言葉巧みに言い切られて、思わず頷きそうになったところで今度はまた別の腕が沢田の腕に伸びてきた。 「喧嘩はよくないでござるよ。」 といささか古臭いような口調で割り込んできたのは初めて見る男だった。けれど初めて見た筈なのに、初めての気がしない。どうしてだろうと随分上にある顔をマジマジと見詰めているとゆるりとした表情で笑われた。 「そんなに見詰められたら懸想してしまうでござる。」 はにかむ様子にやっと誰に似ていたのかに気付いた沢田は思わず大声を張り上げてしまった。 「大人版の山本だーっ!」 「やまもと…?いえ、それがしは雨月と申す。」 以後お見知りおきを…と穏やかに笑う姿は確かに山本とは違う。それでも顔は似ているのでなんだか親近感を覚えて掴まれた腕のままでこちらこそよろしくお願いしますと頭を下げていると、ゴゴゴゴゴッ…という地鳴りを響かせてジョットとリボーンが沢田と雨月の間に割って入ってきた。 「雨月…お前というヤツはいつもおいしいところを取っていくんだな。」 とジョットが眉間に皺を寄せれば、 「それ以外にもツナと『仲良く』したい狼がゴロゴロいたことがよーく分かったぞ。」 というリボーンの地の底まで落ちたような低い声が廊下に響いた。 「貴様ら、粛清だ。」 「てめーら、まとめて始末してやる!」 事情聴取はどこへいったのか。 . |