20.昇降口で靴を履き替えると、マーモンさんが手いつものように目深にフードを被りながら下駄箱に凭れ掛かっていた。つまらなそうな人待ち顔がこちらを向くと、手を上げて来い来いと手招きする。 先に教室へ行くよう山本と獄寺くんに話してから、マーモンさんの方へと向かう。 予鈴を耳に入れながらマーモンさんに連れられて保健室に足を踏み入れる。 それにしてもここの保険医は何でいつも居ないのだろう。 男子校なのに男は診ないと公言しているだけのことはある。 「そこに座りなよ。」 「はぁ…」 勝手知ったるなんとやら、使い慣れた部屋の主の如く保健室にあるソファを指差すとオレを座らせる。そして保険医の物と思われるコロ付き椅子に腰掛けてくるりとこちらを振り返るとペットボトルを投げて寄越した。 「あ…ありがとうございます…?」 と言ってもいいのやら。今度は誰の物を奪ってきたのか。 イチゴミルクと同じく、最近のお気に入りのレモンティーの蓋を開けると口を付けた。 「それは本当に僕のおごりだよ。…リボーンの代わりに昨日労働させられたんだ。これくらい買ってこさせても罰は当たらないだろ?」 話の内容に飲んでいたレモンティーが喉につかえゲホゲホと噎せていると、椅子ごと近寄ってきた。 明らかに面白がっている表情でこちらを見るマーモンさんに事の顛末を知られていることが分かる。 誰だ喋ったのは。 朝から母さんにバレるは、友達に指摘されるはで気の休まるときがない。 昼休みにリボーンと会ったら倒れるんじゃないか。 「何で僕が借り出されたのか聞いてくれないのかい?」 「…教えてくれるんですか?」 待ってましたと言わんばかりの表情で手を出してくる。その手に弁当を乗せた。 「おにぎりと卵焼きはオレが作ってます。その他は母さんの手作りです。…今日は寝坊したんで。」 「ふ〜ん?寝坊ねぇ…そういうことにしとこうか。普通に歩けるくらいだから本当にそうなのかな…」 ?何のことだ。キョトンとマーモンさんの顔を覗くと、さすがのリボーンでも一気に喰っちゃうのは気が咎めたのか、とか何とか言って肩を竦めていた。 「さて、どこまで聞いた?」 「何のことですか…?」 「…ふむ、あれだけ時間があって何も聞かされてないってどういうこと。」 「へ?」 本当に何のことだか分からない。呆れた様子のマーモンさんの顔を眺めていると、ヤレヤレと首を振って話し始めた。 「リボーンが何でホストしてるのかは聞いた?」 「あ…!聞いてないや…」 そこに思い至らなかった。そう言えばそこがポイントかもしれない。ユニさんがオーナーを務めているというのはこの前聞いたけど、なんでそこで仕事をしてるかは知らなかった。 …ホント間抜けだねなんて一言多いですよ! 「僕たちは高校卒業後、会社を立ち上げようと思っているんだ。それには資金がいる?分かる?資本主義社会ではたとえ少しでも資本がなきゃいけないこと。しかも高校卒業したてのガキに融資してくれる企業や銀行なんて滅多にないんだよ。」 いきなりそっちに話がいくとは思わず目を白黒させていると、意味が分からなかったと誤解したマーモンさんが大きくため息を吐いた。 「ち、違いますよ!それくらい分かりますって!!」 「…そういうことにしとこうか、じゃないと長くなる。で、てっとり早く金になる仕事でしょ?しかもリボーンには天職じゃない。だからリボーンはホストを、ラルとコロネロは土方やったりトレーナーやらせたりして稼がせてるんだ。僕とスカルはそれを株や証券、FXとかで膨らませている。よく君んちに集まってたでしょ。それってその報告とどの銘柄がいいかを検討してたんだよ。」 なんてお気軽に話してるけど、それってすごいことじゃないのか。 高校生でそこまで考えて行動している6人組にびっくりする。 そこまで考えて、ユニさんの名前が挙がっていないことに気が付いた。 「ユニさんって…?」 「だから言ったでしょ、オーナーなの。ユニの家は昔から続く財閥ってヤツで、ユニそのものもかなりの資金を動かせるんだ。だけど、そのユニから借りるのは嫌だったし、ユニも海のものとも山のものとも知れないオレたちに無償で融資する気もない。そこでユニのお父上が経営してるけどユニが実質上オーナーになっているホストクラブで働かせてもらってるって訳。じゃなきゃ、あんなところで未成年が働ける訳ないでしょ。」 そりゃそうだ。 将来性がありそうと見込んでなのか、リボーンのホストとしての如才なさを見込んでかは知らないがつまりはそういう関係だったんだ。 スポンサーとして大事だって意味がようやく分かってホッとした。 「さて、それで僕が代わりにホストまで勤めたのに、君たちは一体何やってたの?」 「うっ…!」 そこは突かれたくなくて押し黙ると、ほっぺたをムニムニと横に引っ張られた。 痛いし、気まずい。 「おや…ああコレって…」 何を見たのか頬から耳まで辿っていった指がツツゥ…と耳裏をなぞっていく。それに身体が勝手に反応してビクリと肩が揺れた。 「こことこっちと…うわっ、鎖骨の辺り凄いね。ねちっこそうだとは思ってたけど、これほどとは…」 襟元を引っ張られて上から覗きこまれて赤くなる。何をしてたかなんて一目瞭然だろう。 マーモンさんからシャツの襟を手繰り寄せると、ソファの背凭れに逃げ込んだ。 「そこまでされといて最後までしてないってどういうこと?」 「下世話ですよ!」 がなってもサラリと交わされた。この人も大概いい面の皮だ。 「フン、人に世話になっといてイイ度胸じゃない。ユニへの根回し、誰がしたと思ってんの?」 「それってオレのせいじゃないですよ!ユニさんがオレで遊んでたんだって言ってました!!」 「でも、それがなかったら君たち兄弟のままだったじゃない。感謝こそすれまさか恨みに思ってるんじゃないよね?」 ズバリと切り込まれて言葉に詰まった。 それはそうだと思う。だけど、ユニさんが引っ掻き回さなければちょっと仲の悪い兄弟のままでいられた筈だ。 好きだと気付いて、母さんにも頑張れと言われたけど。 それでもやっぱりこのまま進んでもいいのか迷っていた。 口を噤んだままでペットボトルを弄っていると、マーモンさんが隣に座って頭を叩いてきた。 結構本気だったのか痛い。 「面倒な子だね。ホント、見た目より気が強いんだから。まぁ悩んでいられるのも今のうちだけだから、好きに悩んどけば?」 「どういう…」 「そういう意味だよ。あーバカらしい。それじゃ僕は貰うもんも貰ったし、授業に出るよ。」 がらりと扉が開いて、遅い保険医が顔を出す。 保険医と入れ替わるように出ていったマーモンさんの背中が扉の向こうに消えるのを目で追った。 . |