リボツナ2 | ナノ



1.




逃げ出したいけど逃げ出せないっていうこともあるんだよね。




日々の仕事である書類のサインの山に埋もれ、漏れるとはなしに漏れたため息に隼人が声を掛けてくる。

「ここ一週間ほど休まれていませんが、少し休憩されますか?」

「んー、どうしようかな。」

ここ1年でやっと着慣れたブラックスーツの肩を竦めながらも目は書類から離れない。
マフィアのボスだなんて一体なにをするのかと戦々恐々していたのだが、結局はボスというのは下の尻拭いのためにいるのか。
ああ、それともこれはオレの手腕が悪いからこうなってしまったのだろうか。

こめかみを揉みながら始末書を大量に提出してくれたヴァリアーと雲の守護者に思わず心の中で恨み言を呟いてしまう。
予算が掛かりすぎだともう一度雲雀さんに捻じ込まなければ。
ヴァリアーはマフィアに相応しい働きだが、相応しすぎて周りへの被害が甚大過ぎる。
それ以外にも了平さんは話が分からなくなると自分勝手に動いてしまいせっかくの計画を壊してしまうし、武は二足の草鞋を履いているせいでまだこちらの仕事は出来る限りいれないようにしているから実質オレの部下として働いているのは隼人しかいない状態だった。

「そう言えば山本から10代目に何か送られてきていました。きっと碌でもないモンでしょうから、オレが始末しときましょうか?」

「ちょ、何勝手に始末しようとしてんの!オレのでしょ。返して!」

「……はい。」

もの凄く渋々こちらに返してくれたそれは、手の平より少し大きい箱だった。
添えられたカードには「約束は守ったぜ!」と書き殴られていて、慌てて中を覗いた。すると武のサインが入ったホームランボールが中から出てきた。

「武、今期30本目のホームランだって。祝電送らないと。」

「そんなもん送らなくても…はい、かしこまりました。」

最近目付きが悪くなったらしいオレの一睨みで慌てて出ていった隼人の代わりに、今度はクロームが姿を現した。
手にはティーポットとティーカップを掲げての登場に気が緩みかけてすぐに異変に気が付く。
これはクロームではなく…

「ボス、嵐の人からお茶の準備をって言われたの。どうぞ。」

「……」

ソファの前に用意されたそれを見詰め、そしてその前に立つクロームをじっと眺める。
しばらく無言のまま見詰め合っていれば、クロームの口からクフフフッと含み笑いが漏れた。

「やっぱりな。お前、いい加減にクロームに化けてくるの止めろよ。気持ち悪い。」

「バレていましたか。腐ってもボンゴレボスだということですか。まあそうでなくては僕が狙う価値もない。」

眩暈を伴う違和感に、ただでさえ痛かった頭がガンガンと鐘を叩かれているように痛み出す。
するとそれを見ていたクロームが骸へと変わっていった。
すらりと長身の男は左右の瞳の色が異なり、怪しいほど美しいその顔はにこりと微笑んでいるのにそうとは受け取れないことに神経が拒絶を示す。

長い髪の毛を靡かせて近寄る幻術士を見詰める視線は虚ろになった。

「何度でも言いましょう。クロームをマフィアごときの手駒に使われることは僕が許しません。」

「悪かった…どうしても霧の使い手が入用だったんだ。」

かなり立腹しているのか幻覚を止める気はないらしい。
目で見るものと脳に映し出されるもの、それとは別だと警鐘を鳴らす自らの勘との狭間でぐったりと机に突っ伏していると、いつの間に横にきていたのか骸がオレの頭に手をかけて髪の毛を掴み上げた。

「っ…!」

「今回はこちらの利益にもなりましたから大目に見ましょう。けれど次はありませんよ。」

掴み上げられるまま骸の顔を見上げるとひどく冷めた目をしてこちらを見ていた。
けれど温度の感じられない視線の奥に纏わり付くような執着が見え隠れする。
雲雀さんと違いギブアンドテイクではない骸たちとの関係は危うい均衡の上で保たれている。
そこから一歩踏み出そうものなら飲み込まれてしまいそうな暗い執着は何に対してのものなのか、オレはいまだに知ることができなかった。

髪の毛から手を離したと同時に幻覚を解いたせいで思い切り机の上に顔を打ち付ける羽目になった。
べちゃ!と音がしてあまり高くはない鼻をおもいきり打った。

「っつ!」

「10代目!ご無事ですか!」

情けない声を上げていると隼人がすごい剣幕で執務室に駆け込んできた。
オレの横にいる骸と顔を押えるオレとを交互に見詰め、慌ててオレに駆け寄る。

「10代目!」

「平気だよ。前回の件でクロームが怪我をしたから骸が心配して出てきただけだって。」

オレと骸の間に入ってオレを庇う隼人の背中にそう声を掛けた。
前回、マフィア間の抗争にクロームを呼んだのは他でもないオレだった。
クロームを守るつもりで守られたオレには骸になにも言う言葉を持ってはいない。
すると骸は隼人を忌々しげに睨んでからさもついでというようにオレを一瞥する。

「そういう君も怪我をしたとクロームから聞きました。死んでは困るので顔を見に来ただけですよ。」

「……そっか。ありがとう、骸。」

鼻を擦りながら礼を言うとふいっと顔を逸らす。その頬が若干赤くなっているような気がして覗き込むと背中を向けた。

「マフィアのボスなどという人種と顔を合わせてなどいられない。」

と言った途端にクロームが現れた。
突然入れ替わったらしいクロームはキョトンとした顔で辺りを見回すとやっとオレに気が付いていつものように抑揚のない口調でさらりと言い切った。

「骸さま照れ屋なの。本当はボスのことすごく心配していた…」

まだ言葉を続けようとしていたクロームが突然黙り、またも聞き覚えのある声に変わる。

「違います、誰が君のことなど心配するものか。器が壊れるのは困るから覗きにきただけですよ。いいですね!」

「う、うん。」

クロームの顔で骸の声だと違和感がありすぎて、怖いというより珍妙だった。
笑わないように気をつけていると今度は窓がいきなり割れてとんでもない人が侵入してきた。

「わお。なんでここに南国果実がいるの。綱吉、そいつを始末してもいい?」

「って、イヤイヤイヤ!ダメですよ!!それ以前になんで雲雀さんがここに?」

「何、僕が来るのは迷惑なの?」

防弾ガラスが張られた窓を難なくぶち破って現れた雲雀さんは、すでにトンファーを手に戦闘態勢に入っていた。それを迎え撃つ気でいるクローム…ではなく骸もまた三叉槍を構えていた。
そして勿論隼人も…。

「てめーらいい加減にしやがれ!ここをどこだと思ってるんだ!」

言いながらも隼人もボムを懐から取り出していた。
うん、もうぶっちゃけ君たち戦わないっていう選択肢はないんだよね。きっと。
その後は互いの得物どころか匣まで取り出しての大乱闘に発展したのは言うまでもないかな。


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