1.約束をするときには、よく条件を確かめてからにしよう。これからは絶対に。 アルコバレーノの呪いを解くと言い出したのは去年の春先のことだった。 まだボンゴレ10代目に就任して幾月も経ってはいない日の昼下がりに、10年来の家庭教師の先生が突然言い出したのだ。 「…何だって?」 「だから…オレたちアルコバレーノの呪いを解いてくるぞ。」 ボルサリーノから覗くグリグリお目々に可愛いお口がニッと口角を上げて笑う。 ムチャクチャ可愛いくせに男前な笑顔がらしい先生はこともなげに告げた。 「って……えええ!!リボーンたちの呪いって解けるの?!」 10年経っても赤子のままだったのだ。てっきり呪いは解けないものだと思っていたのに。 執務机に首っきりだった身体を慌てて起こすと、優雅にエスプレッソを飲んでいる先生のソファの前まで飛んでいった。 「まぁな、ヴェルデとバイパーとボンゴレ科学班とで解明したんだとよ。」 「そっか…ともかくよかったよ!これでリボーンたちも元に戻れるんだね!」 リボーンの座るソファの前に腰を落ち着けると、カップから口を外したリボーンがふとそのつぶらな瞳をこちらに向けた。 見た目はどう見ても赤子だというのに、たまにこうした瞬間に年齢相応と思われる表情をする。 その瞳を見ていると妙にドキドキしてしまい、それに罪悪感を覚える。 相手は赤子なんだよ。オレはそういう趣味じゃない。 いつもはすぐに逸らされるリボーンの黒い大きな瞳が、今日は逸らされることなく真っ向からむかってきた。 オレの視線の先の先生は、座っていたソファからひょいとオレの膝の上に飛び移るとネクタイを下に掴んで顔を近付けて言った。 「オレはガキじゃねぇぞ?なぁツナ…オレの呪いが解けたらひとつ欲しい物をくれ。」 「う、あ…うううっ…分かった!分かったから手離して!」 5センチと離れていない顔にドキドキと心臓が煩く跳ねていた。きっと顔は真っ赤になっているだろう。その顔を見たリボーンは、物凄くイイ顔で笑うとオレの唇をその小さい舌でペロリと舐めた。 「っ〜〜!!」 「手付けだ。またな…」 そう言うとまるで体重のないもののような足取りで執務室から出て行った。 そのリボーンの小さいけれど、頼もしい後姿を眺めたのはそれが最後となった。 それ以来、まったく音沙汰がなかったリボーンから一本のワインとともにカードが贈られてきたのは昨日のことだ。 実は呪いを解く方法は分かったのだが、それは成功確率が50%を割り込むような危険な賭けだったと聞いたのは、リボーンが消えてから一週間が過ぎてからだった。 たまたまこちらに報告書を出しにきたマーモンを掴まえて、どうやって呪いを解くのだとしつこく訊ねて、勿論普段の報酬の10倍はぼったくられた情報料に少し泣きが入ったが、それでもどうにか聞き出すことに成功した。 「何、きみ聞いてないの?……フン、あいつもバカだね。今生の別れになるかもしれないのに…それともそうやってツナヨシの中に残りたかったのかな。」 「ちょ…!今聞き捨てならない単語が出た!!今生の別れって何?!!呪いを解くのって危険なの!?」 プカプカと宙を浮くマーモンを掴まえると、マーモンはその小さい肩を竦めた。 「そうだよ。決まってるじゃない。呪いを解くんだ、生きるか死ぬか…そいうもんだよ。だから僕もヴェルデも呪いを解く方法が見付かっても試してないんじゃないか。」 「そ、んな…」 目の前が真っ暗になったような気がした。 だって何にも言わなかったのだ。そんな大事なことを内緒にして、ひとりで抱えていたリボーンに気付いてやれなかった自分を責めても責めきれない。 マーモンを腕に抱えたまま床に座り込むと、マーモンの幻術で頭を大きくひとつ殴られた。 「うっとおしい、一々泣くんじゃないよ。」 「泣いてなんか…」 ズズッ…!と鼻を啜って滲み出した目元を擦ると、マーモンの小さい手がふかふかとオレの髪の毛を撫でてくれる。 見ると照れているのかどこかを向いたままで、フードに隠された表情は分からないけれども心配はしていてくれるようだった。 「ん…ごめん。オレ、リボーンを信じて待つよ…!」 「…どうでもいいよ。ツナヨシさえ泣かなきゃね。」 これがアルコバレーノ流の慰め方なんだろうか。 そんな風にマーモンから教えて貰って以来、ずっとボンゴレの情報網を使ってリボーンの消息を集めていたのに、その行方はようとして掴めなかった。 それが突然、リボーンの名前で贈られてきたワインとカードに不安と期待が入り混じったとしても誰にも咎められやしない。 そっとカードを手にして、その文字を辿る。 見覚えのある文字。 ヒットマンであるリボーンは滅多なことで自分の情報に繋がるものを残しはしない。 けれども、あの並盛での平穏な日々でわずかに与えてくれたリボーンの欠片は今でも心の奥深くに残っていた。 綴られた文字は一言。 約束を覚えているか 指で文字を辿ると、カードに水滴が落ちて文字が滲んだ。 気が付けば緩んだ涙腺に苦笑いを浮かべ、そっとため息を吐く。 生きていた!生きて帰ってきてくれる! それだけでもう何も望みはしない。 いつ帰ってくるともなかったカードを恨めしく思いながら、それでも日々の仕事を片付けて自室のある塔へと帰ってきたのはすでに深夜と言われる時間帯だった。 プライベートを過ごすために色々と警備を固めてあるこの塔は、まだ誰もこの寝室にまで辿り着いたものはいない。 構成員に見守られて、自室に入ると我が目を疑った。 誰か居る。 間接照明しかないこの部屋の真ん中にあるソファの近くに帽子を被った背の高い男が一人、立っていた。 「…誰だ?」 ポケットにある手袋に手を這わせると、その男がクツクツと笑い出した。 見たこともない男の筈なのに、すごく懐かしいのは何故だろう。 警戒を解くなと叫ぶ心と、大丈夫だと告げる勘とがせめぎあってどうすればいいのか分からなくなった。 「てめぇの勘は、相変わらずべらぼうだな…ツナ。」 声が違う。身体の大きさも見覚えのある赤子姿からは想像もつかないほどだというのに、そのオレを呼ぶ声色だけは変わっちゃいなかった。 「リボーン…!」 やっと会えた、生きて帰ってきてくれたリボーンにしがみ付くと、想像以上に育っていた。 頭一つ分近く違う身長と、細身だけれど肩幅のしっかりある大人の男といった姿になったリボーンに逆に抱き寄せられた。 気にせず顔を引き寄せて覗き込む。 「お帰り、リボーン…」 「ああ、帰ってきたぞ…ツナ。」 そう笑ってそのまま顔が近付いてきた。 . |