リボツナ2 | ナノ



5.




どんな返事がかえってくるのか怖くてぎゅっと瞑った瞼の向こうでくつくつと笑われた。
やっぱり本気には取られなかったんだと思うと力が抜けて、ストンと椅子に崩れ落ちた。

日本語での告白は周囲のイタリア人たちには意味不明だったのか、オレが座るとすぐに喧騒を取り戻す。
なかったことにされたことが怖くて顔も上げられずに手の中の小さな箱を握っていると頭をポンポンと叩かれた。

「笑って悪かったな…だが、そいつはオレへのもんじゃないだろ?」

「ちがう、よ。この日のために用意したんだ…!」

諭すような口調に思わず反論する。けれどそれさえ聞く気はないのかまたも頭を軽く叩かれて前髪をその大きな手で掻き上げると額に生暖かい何かを押し付けられて驚いて顔を上げた。

「この髪と瞳の色に惹かれてつい構っちまった…悪かったな、お嬢さん。もう少し育てばいい女になるぞ、きっとな。」

「っ!?」

ついでと言わんばかりに一房取った髪の毛に口づけた唇がニッと笑って遠ざかっていく。
誰かへの当て付けでリボーンにチョコレートを押し付けたように勘違いされたまま遠ざかる背中に小さく訊ねた。

「その人のこと、好きなのかよ…」

聞こえなくていいと思った。
返事なんかいらない。だけと訊ねずにはいられなかった。
聞かれていませんようにと願ったのに神様は無情だ。
ピタリと立ち止まった背中が少し揺れてこちらを見るとはなしに振り返る。

「…あぁ、さっき気付いた。」

聞き取れないほど小さな低い声での囁きに、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
そんなオレの気持ちなど気付かないまま背中の向こうから手を振るとそのまま立ち去っていった。

取り残されたオレは零れそうになる涙を鼻をすすることで堪えると急いで立ち上がって駆け出した。
普段より筋肉量が少なくなったせいで思うように動かない身体だが、それだけ軽いという利点もある。
慣れないヒールのあるブーツのせいで幾度も転がりそうになりながらも、どうにかボンゴレ邸まで辿り着いた。

代々のボスが過ごしたというボンゴレ邸は、元々初代が使用していた城だった。
広い敷地には最新型のセキュリティが張り巡らされ、その穴を埋めるように構成員が見張りについている。

どこに行くにも守護者や構成員が付き纏うことに嫌気が差すと持って生まれた超直感を駆使して抜け出したりしていた。
だからこうして抜け出せた訳だが、入るとなると中々苦労する。

それでもいつもよりさらに小柄になった身体を使い、どうにか自室へと帰ってくることができた。
途中、隼人が構成員たちにゲキを飛ばしていたが、それも今は目を瞑ることにした。
とにかく疲れた。

上着を脱ぎ、ブーツを放り投げてワンピースを脱ぎ捨てた。そのままゴミ箱に放り込もうとしたのにどうしても出来ず、結局はクローゼットの一番隅に押し込めた。
下着に手を掛け、どうにか脱ぎ終えたところで昨晩と同じ身体の痛みと強烈な眠気に襲われる。

まだ暗くはない室内にある時計を首を巡らせて覗くと薬を飲んでから丁度12時間過ぎるかというところだった。
1日持たないじゃないかと内心で悪態を吐きながらも、それでもリボーンにはバレなかったことに安堵したところでブツリと意識が途切れた。









目が覚めると窓を囲む格子の長い影が部屋の奥まで落ちていた。
オレンジ色の光はどこの国でも同じなんだと、この国に来たときにもそう感じたことを思い出す。

起き上がって自分の身体を確かめると男へと戻っている。
あの激痛は骨や筋肉などを緊縮させたり膨張させたりするために起きた痛みなのだろう。今はどこも痛みを感じてはいなかった。

乳房のなくなった胸とその下を確かめていたが、よく考えれば何も身に付けていない格好で寝てしまったことを思い出す。
辺りを見渡すと女性物の下着が散乱していた。

自分が着ていたことを思うと死ぬほど恥ずかしい。慌てて散らかっていた上着ごと丸めるとブーツと一緒に袋に詰めてゴミ箱に投げ入れた。

無造作に投げ捨てられていたチョコレートの小さな箱をつまみ上げ、綺麗に包まれていた包装紙を破り箱の蓋を開ける。
毎年この時期の行事のひとつとなっていた行為。それも今年で終わりだろう。

女になっても結局は受け取って貰えないままで終わったバレンタインチョコに自嘲が浮かぶ。
リボーンの残していった言葉を思い出したからだ。
もっと育てばなんてこれ以上ムリだ。なにせもう24の上に男なのだからイイ女に育ちようがない。

「それに意味ないしな…」

そう意味はない。例えばヴェルデから女になる薬を貰ったとしても、それでイイ女に成長できたとしても意味はないのだ。

適当に引っ掛けたシャツ一枚のみの姿でソファに胡坐を掻いて座るとチョコレートを一つ摘み上げた。
甘いものが苦手なリボーンに合わせて選んだそれは黒くて小さいプラリネだ。
ビターチョコにスパイスが香るそれを見て、これなら食べて貰えるかもと心弾ませていた頃が懐かしい。

指で摘んだそれを口に入れるとコンコンというノックのすぐ後に黒い影が入ってきた。

「やっぱり戻ってきていやがったか…獄寺に一言ぐらい入れとけ。」

「んー…んん。」

いつもの顔、いつもの態度。変わらぬリボーンに小さく胸は痛んだ。
それでも悟られる訳にはいかないとへらりと曖昧に笑う。

オレと同じ髪の色、瞳の色の愛人とは上手くいった?と訊ねそうになった言葉を飲み込む。
そんなの聞くまでもない。

口に広がるカカオの苦味に眉を寄せていると、呆れ顔のヒットマンが近付いてきた。

「美味くねぇのか?誰からのチョコレートなんだ…」

「誰からのでもないよ、自分で買ったんだ。でももう買わない。」

不味いからじゃなく、もう意味はないんだと心の中だけで呟いてもう一つを摘もうと指を伸ばす。
すると上から手が伸びて目の前から箱ごと取っていかれた。

「なに…」

「いらねぇんなら貰ってくぞ。」

「は?」

言われた意味が分からずぼんやりと箱の行方を眺めていると、リボーンの大きな手が小さな箱を難なく片手て握った。

「それからな。獄寺呼ぶんなら下は履いとけよ?」

「…した?」

気まずそうに視線を横にやったままのリボーンにそう言われ、下を向いて顔が赤くなった。

「ご、ごめん!変なもん見せて!パンツ履き忘れてた。」

リボーンのいる対面からだと見えるか見えないかギリギリの位置だった。
急いで手で覆うとリボーンが背中を向けていた。

「っ!いいか、ツナ。こいつは貰ってくぞ。それから3月の14日は何が何でも時間を空けろ。いいな?」

「へ?それは隼人に聞かないと…」

「いいな?!」

駄々っ子のように同じ言葉を繰り返すリボーンの気迫に飲まれて否とは言えなかった。
分かったよと返事をすると絶対だぞと念まで押され、こちらを振り返ることなくリボーンは出て行った。

「…何だったんだろ。」

バタンと締まった扉を目で追いながらそう呟く。
てっきり報告に来たのかと思っていたのに、したことといえばチョコレートを取っていき、約束を交わしたくらいだ。
怠けてんじゃねぇ!と発砲のひとつやふたつは覚悟していたのにそれもなかった。
どこか調子でも悪かったのかと心配しはじめた頃、突然携帯電話が鳴り出した。

あまり使うことのないそれは、いつも寝室のベッドヘッドに置きっぱなしの代物だ。
慌てて寝室まで戻るとけたたましく鳴り響く携帯電話の通話ボタンを押した。

『ツナ?!ねぇ、そこにリボーンはいる?』

ビアンキだった。
切羽詰った声音に、やはりリボーンの身になにかあったのかと耳をそばだてた。

「今はいないけど…」

『そう…』

それを聞いたビアンキの声は小さく萎んでいき、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。

「どうかしたの?」

『リボーンが…リボーンがチョコレートを受け取ってくれないのよ。』

「チョコを?」

『私も、私以外の愛人の誰からもなのよ!』

「…う、うん。」

いま一つ意味が飲み込めず曖昧に相槌を打つと、それに気付いたビアンキが声を荒げて食いついてきた。

『分かる?あのリボーンがなのよ!どうしてって聞いたらひとつ以外はいらないって……誰なの!私の恋路を邪魔する者は死あるのみよ!』

と怒りに震える声が聞こえてきたと思ったところで電話が切れた。
オレはというと、ビアンキのもたらした情報のどこかに引っ掛かりを覚えた。

「誰のも受け取らないって……オレのは持ってった、よな?」

女のオレからのチョコレートは受け取らなかった癖に、男のオレが摘んでいたものは取っていった。
しかも甘い物はこの時期にほんの一粒、二粒消費する程度のヤツが。

「わかんないよ…」

3月14日が来れば分かるのだろうか。



おわり










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