リボツナ2 | ナノ



2.




ヨレヨレの汚れた白衣に何日剃刀をあてていないのかと問いたくなるほど伸び放題の無精髭、そして極めつけは無頓着に跳ねた髪だ。
同じアルコバレーノでも『彼』とは正反対の存在。
自身に無頓着というのならばラルやコロネロも同じだが、ヴェルデの場合は構わないのではなく構う時間すら惜しいということなのだろう。
自分の存在意義は研究にあると考えているらしいヴェルデにとって、見た目など瑣末事といったところだ。

かれこれ10年振りの再会だが、先ほどの意味不明な発言と10年前の出来事を心に留めるまでもなくヴェルデの来訪に神経を尖らせた。

「おいおい、そんな顔で睨むもんじゃない。私はゴクデラに頼まれた薬の試作品を持ってきただけだ。」

「隼人が…?」

そんな話など聞いてはいない。
そもそもこの神出鬼没な緑のアルコバレーノとどうやって連絡が取れたのか。
しかもどうやらオレには内緒ですすめていた話をわざわざオレにバラす意図はどこにあるのか。

ひょろりと長い印象を与えるヴェルデが底の知れない笑みを浮かべたまま脇に抱えたアタッシュケースを地面に置くと何やら取り出し始めた。

「どうして秘密裡にすすめていたことをお前に教えるのかと思っているのか?そんなこと簡単なことだ。」

取り出したのは怪しい小瓶…ではなく、ガラスで出来たマグカップくらいの大きさで密封できる容器だった。
中には紅茶か薄いコーヒーかといった茶色い液体が7分目くらいまで入っている。

それに視線を落とし、変質していないか確かめたヴェルデはそれをオレに差し出してきた。

「怪しいものじゃない。性別が変わるだけだ。」

さも普通の飲料水を手渡す勢いで押し付けられ、思わず受け取ってしまう。けれどこれだけは言いたかった。

「十分怪しいだろ…」

「ふむ、それは凡人の思考だな。匣兵器や死ぬ気の炎、10年バスーカなどお前の周りには普通では考えられないものが溢れている。それに比べればこれは至って普通だ。」

違う、ぜったい違う。
けれども手の中のガラスカップを地面に叩きつけることに躊躇いを覚えたことも事実だ。
女になったからといって『彼』の愛人になれるとは到底思えない。何故なら『彼』の愛人は容姿端麗、頭脳明晰、騒がしさなどとは無縁の自分を持った女しかいない。顧みるに自分が女になったところでちんちくりんの目だけ大きなバランスの悪い女にしかならないような気がするのだ。

それでも想いを告げることは出来る。
手の中で握りしめたそれに視線を落としたヴェルデはわずかに眉を跳ねさせてから眼鏡の奥の瞳を緩めて言った。

「あくまで試作品だ。ゴクデラの言うように1年という期間限定で女になるというのは中々難しくてな…とりあえず、身体に負担を掛けず性別を替えることが出来ると思うのだが…まあ運が悪くても一週間寝込む程度だ。一生女になる訳ではない。」

タイムトラベルと同じく、男の身体を女に替えるのは難しいのだと楽しそうに笑うヴェルデは難しければ難しいほど研究に身が入るらしかった。

「でも、なんで一年…?」

そこが不思議だ。何の気なしに呟くとそれにはつまらなそうに答える。

「女は子を産むのに十月十日かかるだろう。後継ぎがどうとか言っていたが、私にはどうでもいいことだ。」

研究費と研究場所さえ確保できればいいとさらりと告げたヴェルデは研究バカというより研究キチガイに他ならない。
オレの知らないところで進められていた恐ろしい計画に身を震わせていると、ヴェルデがどうするのだと声を掛けてきた。

「飲むのか、飲まないのかはっきりしてくれ。」

「ってか、どうしてオレに訊ねるんだよ?」

「お前はバカか?見て分かるだろう、飲まなければならない量が多すぎるんだ。他の飲み物に混ぜることも出来ない上にゴクデラはお前に対して嘘が吐けない。そしてお前は超直感の持ち主だ。」

「…だったら最初から作らなければよかっただろ。」

「研究は面白そうだったからな、」

そう嘯くヴェルデの顔を見ながらそれでも手からそれを落とすことが出来ずにいた。
そんなオレの葛藤などどうでもいいと言わんばかりにクルリと踵を返したヴェルデはついでだと言うようにスプレー缶を放り投げて寄越した。

「もし使うのならば使用後にゴクデラ経由で知らせてくれ。誰にも見つかりたくなければそれを使うといい。お前のその髪が少しはまともになる特殊なヘアスプレーだ。骨格から内臓まで女になるからバレはしない筈だが、その髪では万一バレんとも限らん。逆にそれさえ隠せば分からんだろう。」

お前にだけは言われたくないと思いながらも、それでも腕に抱えてしまった時点でオレの負けだった。











ヴェルデから渡された薬とスプレー缶を自室に隠して仕事を終わらせてからずっと、それを前にしたまま悩んでいた。

当たって砕けてしまおうとしたことなら幾度もある。でもその度に今のこの関係すらなかったことにされてしまう恐怖に負けて同じ数だけ口を閉ざした。

諦めようとしても諦めきれずに用意したチョコレートは今年の分を入れて5個を数える。
毎年、賞味期限を過ぎてゴミ箱に捨ててしまうそれはエコとは程遠い代物だった。

長いため息を吐いたあと、蓋を開けて匂いを嗅いでみた。飲めないほどの異臭はしない。
全部飲まなければ効果が出ないと言っていたことを思い出し、ぺロっと舐めてみた。

「…すっぱ!」

けれど飲めないほどじゃない。
ごくりと唾を飲み込んで、それから目を瞑ったまま勢いをつけて飲み干した。
途端、食道から胃、そして血管へと瞬時に痛みが走る。
ミシミシという骨が軋む音と、全身の血管が破裂しそうな血の流れ、それから眼球を焼くような光を脳裏に感じて意識がふっと途切れていった。


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