リボツナ2 | ナノ



1.






教師という仕事は楽に見えるのに意外と仕事量も多ければ、拘束時間も多い。教師なんぞに興味もなければ用もなかったので知らなかったのだが、今は別だ。
春休みに入ったというのに恋人に会える時間は、今までより少ない。
授業があれば休み時間の合間や、昼休みにちょくちょく顔を見に行けるというのに。

自宅のマンションでソファに背を預けながらも、目の前の時計ばかりを気にしていた。
もうすぐ昼になる。
昼前には終わるから、と言っていたのにまだ来ない。
やはり迎えに行くか…とヘルメットを手にしたところで玄関から音が聞こえてきた。
慌ててヘルメットを置き直すとソファに座る。
表情を表に出さないことは得意だった筈だ。なのに何故か恋人の前ではそれが緩む。
少しの遅れなんざ気にしていなかったと思わせたいのにそれは成功するだろうか。

できるだけ偉そうに見えるようにとソファの上にふんぞり返って、オットマンに足を組んで上げる。
そのタイミングで居間のドアが開かれた。

「ごめ…!お待たせ!」

春休みということもあり、いつものスーツ姿ではないツナが肩で息をしながら駆け込んできた。
ふわふわの髪はすぐにセットが崩れてしまい、それが益々童顔に見える手助けをしている。

「気にしてねぇぞ。」

オレより幼く見える童顔を視界の端に入れるが、すぐに手元の新聞へと戻した。
あまりじっくり見ると色々としたくなる。

「そう?……それじゃこれは何?」

ゆっくりとオレの座るソファーの前のテーブルに手を付くとグローブを持ち上げてひらひらさせた。
それはヘルメットと同じく、バイクに乗るときに使っている物だ。
頭隠して尻隠さずとはよく言ったもので、隠しきれなかった待ち遠しさを露呈させていた。
バツの悪さに顔を上げられなくなると、いつの間にか横にきていたツナがオレの頭を抱き寄せた。
ぐりぐりと小さい子供を撫でる手付きと同じ仕草にムッとする。

「てめぇの方がガキみたいな面してんのに、ふざけんな。」

それでもツナの腕を振り解けない。ツナの撫でる手からはオレのことを愛おしく思っていると伝わってくるからだ。
最近、やたらとツナからの接触が増えた。
オレが触ろうとするとダメの一点張りのくせに、自分からはいいらしい。
2人でテレビを見ている際に手を握ってきたり、背中に抱き付いてきたりと一日に一度は触れてくる。
その度に抱き寄せたい衝動を抑えるのに必死になるというのに、ツナはそれに気付いていないのか…まさか気付いてやっているのだとしたらとんだ小悪魔だが…とにかく毎日がギリギリ一杯だった。

今も走ってきたせいで汗が滲む身体からはツナの匂いがして、それを思い切り吸い込んでいると自然と手がツナの背中へと周っていく。あと少しで抱き締められるというところで、ツナがパッと手を離すと遠退いた。
鈍いくせに勘はいいらしい。
小さく舌打ちしていると、オレの手の届かないところまで逃げたツナが昼どうする?と訊ねてきた。

「喰いに行くか。」

「えー…お前、外食ばっかだろ!オレが作ってやるよ。材料も買ってきたんだ。」

ビニール袋いっぱいに食材を買い溜めてきたらしいツナがにっこりと笑いかける。その笑顔の可愛さにうっかり頷きそうになって、どうにかとどまった。

「…確かにツナの料理は上手いが、てめぇは片付けがなってねぇ。一昨日の夕飯の片付けは誰がしたと思ってんだ。」

「いいだろ!たまにはキッチンの掃除にもなるし、一石二鳥だって!」

頬を膨らませながらも言い募るツナに、やはり折れるのはオレの方だった。
最近は負けが込んでいる。
悔しいが、それはオレのことを思ってのことが多くて、結局は言いなりになるしかない。
あんな顔でも大人なのだと思わせる言動の数々に、最初は苛立ちともどかしさでどうにかなりそうだった。

作り置きもしといてやるから!と楽しげにキッチンへと消えてゆく小さい背中を見詰めて、ゆっくりと最初の邂逅から思い出していた。






バスがいつもは止まらない停留所で停車したと思っていると、中央の入り口からミルクチョコレート色した髪の毛が纏まりきれていない青年が乗り込んできた。青年と思ったのは着ているのがスーツだったからで、普段着ならばオレより幼いのではと思わせるほどスーツが似合っていなかった。
初めて乗るバスなのだろう、どこに身を寄せればいいのかとキョロキョロあたりを見回す瞳は零れそうなほど大きくて、その瞳に吸い寄せられたように視線が青年を追う。

運悪くというか、痴漢の前しか空きはなくそこに滑り込んでいく小さい身体にハラハラさせられた。
案の定、痴漢はその青年の尻を幾度か撫で、それに気付いていないらしい青年に気をよくしたのだろう痴漢は行為を段々とエスカレートさせていく。
逃げようとした時にはすでに痴漢は自分の世界にいってしまっていて、青年のほっそりした手首を掴んだ瞬間に足が前に出ていた。
咄嗟に痴漢を追いやったが、それからがどうしていいのか分からない。
こちらを見詰める大きな瞳は尚一層大きく見開いて、唇は半ば呆然といった様子で開いていた。
そんな無防備な顔にどうしようもないほど胸が疼いた。
相手はどんなに好みの顔だろうと男だ、と言い聞かせて何も言わずに後ろへと逃げた。



その青年が降りたバス停は同じ学園前。
よほど地理に疎いのだろう青年は、校門前でウロウロしていた。
気になってどうしようもなくなって、声を掛けようとしたところを従兄のディーノが声を掛ける。すると花が咲いたようにパッと笑い、あろうことか抱き付いていた。それに嬉しそうに答える従兄の顔が脂下がっていないとは思えなかった。
どうしようもない苛つきを抱えて、教室へと足を運んだ。勿論、昼休みにディーノを締め上げてあの青年とどんな関係かを吐かせてやろうと心に決めて。

それが思わぬ展開となったのは朝のSHRの時間。
オレが理事長の孫だと知って、オレばかりをおだてておべんちゃらを使う副担任とは反りが合わず、それを知っていた教師たちが担任の代わりにと2ヶ月だけ臨時で雇った教師が今日来たらしい。
そんなことに興味がなかったオレは、ガラリと副担任が開けた扉の後ろから恐る恐るといった調子で入ってくる人物をみて目を瞠った。

嘘だろう。
我が目を疑い、たが何度見ても先ほどの青年だった。
教師になるということは、教育学科を卒業しているということで…しかも今は2月。卒業から一年近く経っている筈だ。少なくとも23歳にはなっている相手の顔を眺めていると、硬い表情でこちらを見回していた目がオレで止まる。目と目が合って、らしくもなく赤面しそうになる顔を慌てて下げることで取り繕うと青年は嬉しそうにふんわりとこちらを向いて笑った。

一目惚れから本気へと変わった瞬間だった。


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