その1落ち着いた赤い絨毯の上を、音を立てない足取りで執務室へと向かっている。 途中、中を守る構成員たちからにこやかならざる挨拶をされたり、晴の守護者のロードワークに遭遇したのだが。 ゆうに一ヶ月ぶりのドン・ボンゴレの執務室の前に立つ。 ノックなどしたことのない青年は、けれども中の激しすぎる物音にドアノブを掴む手を止めて様子を窺う。 数秒、そうして立ち尽くしていたように見えた黒い帽子にカメレオンを乗せた彼リボーンは、躊躇なくドアを開けると想像通りの執務室の中の有様に少し垂れ気味の眉を片方だけ器用に上げた。 「おい、てめぇらいい加減にしやがれ。ツナも止めろ。」 リボーンの声に、ぴたりと止む騒ぎとその中心にぽつんと座っていたツナがパッと顔を上げて…両手を広げて駆け寄って来た。 「リボーン!」 言って、首に巻き付いてくる腕。成長期を迎えたリボーンより頭ひとつ分小さい身体がぎゅうと抱き付いてきた。 ふわふわの髪の毛が視界の端に入り、甘い優しい香りに包まれた。 驚いたのはリボーンだ。 今までそんな素振りなど互いになく、あくまで元家庭教師とその教え子、ボスと専属ヒットマンとしての関係しか無かったのだから。 だからと言って嫌な訳ではない。 成長期がきた辺りから守護者たちと同じく、機会を窺っていたのだから。 それにしても急すぎる。この感覚はそこにいる骸が何かしやがったな、と当たりを付けて口を開こうとした瞬間、顔を手で固定され下を向かされると白い顔が迫ってきていた。 意外に長い睫毛と、ふっくらした唇に、心の中でひっそりほくそ笑むと、ツナの後頭部に手を回して重ねた。 それを見ていた嵐の守護者の絶叫と、霧の守護者の呪詛と、雨の守護者の隠しきれない殺気を背にしばらく貪っていれば、途中でカクンと意識を失ってしまった。 別にそこまで激しくはしていない。腕の中にいるツナは眠っているようだ。 抱きかかえて後ろを振り向くと、三者三様の苦虫を噛み潰したような面をしていた。 まあそうだろう。 今まで参戦していなかった元家庭教師が、突然強力なライバルとなったのだから。 「で?骸、てめぇツナにどんな術を掛けやがった?」 「クフフフ…お分かりでしたか?ここ2週間くらい不眠気味だと言うので、眠くなるよう暗示をかけていたのですよ。」 「それから?」 「おや?何か不足でも?」 左右の瞳の色が違う術士は、胡散臭い笑顔を貼り付けて問う。 くだらない茶番は苦手なリボーンは、懐に手を入れると目にも留まらぬ早さで発砲する。 けれどもそこは骸。発砲した先には幻覚のみで、本体はリボーンの傍にきていた。 腕の中の安らかに眠るツナを見る目は、普段の骸からは想像もつかないほど優しい。 もう一度抱え直せば、少し身動ぎするものの起きる気配はないツナに笑みを深くしている。 「…眠くなる暗示で、どうしてオレに抱き付いてきた?」 別の暗示を入れていたら殺す、とヒットマンの視線で骸を見詰める。 それに肩を竦めると、つまらなそうにぼやいた。 「眠れない原因が君の不在だったからでしょう?忌々しいことに、君への心配が募っての不眠だ。それを認めることからはじめていれば…。」 「てめーが如何わしい台詞で、10代目に触れるからだろうがっ!」 今度は獄寺が口を挟んできた。 憤懣遣るかたないといった表情で。 「どこが如何わしいのですか?だた、心を開放して僕に預けなさいと抱き締めていただけでしょう?」 「そこがだっ!10代目に気安く触れるんじゃねー!」 「って、獄寺が暴れてっから、オレが止めに入ったのな。」 最初に入室した時の状況では、とても止めに入っているとは思えなかったが。 まあいい。 「寝れば治るんだな?」 「その状態のことですか?心を開放している状態から普段に戻るまでにはもう少しかかりますよ。綱吉くんの体調によってですが、3時間から一晩というところでしょうか。」 表情の見えない顔でツナを抱え直すと、私室へと消えて行ってしまった。 取り残された守護者3名は、後片付けを放棄して各々の仕事に戻るしかなかった。 ドン・ボンゴレの私室の奥にある寝室へとゆったりとした歩調で進む。 首に手を巻きつけたままで、よく寝られるものだ。 それでも表情は穏やかで、悪夢に魘されている気配もない。 寝室のドアを開け、ツナが4人くらい寝られそうな大きなベッドにそっと下ろしてやる。 首に回る腕を外そうとすれば、いつの間に目を覚ましていたのか泣きそうな顔に見詰められた。 「離さねぇと寝れないだろ。」 「嫌だ。一緒に寝よう?」 潤む瞳と優しく掻き抱く腕に、思わず理性の箍が外れそうになるが、今はダメだ。 骸によれば心配による不眠だそうなのだから、寝かしてやるのが正しい。 且つ、こいつの寝ようは枕を並べて寝入る方の寝るだ。 「離せ、ツナ。」 すると大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れてシーツを濡らしていく。 動揺していると、首から離れた腕が背中に周って抱き付いてきた。 何の我慢大会だ?! 心の中で悪態を吐いていれば、そっと胸に頬を寄せてくる。 泣いていることにより、目元が赤くなっていて普段より随分艶かしい。 「リボーン、リボーン。どこにも行かないで。」 「仕事だ。しかもお前が寄越したヤツで飛んでたんだろうが。」 「ん。分かってるけど、傍にいて。」 普段なら絶対言わない台詞。 最近は、好んで遠くへの仕事をこなしていた。 任務に就く前に顔を見に行けば、寂しそうな顔でけれども何も言わずに「頼むな、リボーン。」と言うだけ。 ボスの顔になりきれないツナに、一言お説教をして出て行く。 それを数度繰り返していた。 離れない腕に小さくため息をつく。 靴を履いたまま、ツナの横に転がってやればパッと笑みが広がった。 相変わらず、マフィアのボスに見えねぇボケた面だがそれが気に入っているとは誰にも知られたくない。 「居てやるから寝ちまえ。」 「うん…。」 リボーンのスーツの裾を掴んだまま、深い眠りへと誘われていった。 喉の渇きに目が覚める。 どうしてだかスーツ姿のまま寝てしまっていたようだ。 気持ちよい目覚めに、ふと視線を窓にやれば明け方特有の太陽の明るさが窓辺に広がっている。 最近は、何故だか寝つきが悪かったというのに、今日はよく寝れた。 両腕を頭の上に押し上げて伸びをすれば、隣にあるベッドの沈み具合と包まる上掛けの様子に誰か一緒に寝てくれたんだと気が付いた。 獄寺でも山本でも一緒に寝られるこのベッドは、けれども誰も一緒には寝てくれないのだ。 獄寺には「めめめ滅相もない!一緒になど…グハッ!!!」と鼻血を出され、山本も「理性が持たないのなー…激しい運動になっちまうけどいいのか?」などと訳の分からないことを言われた。さすが元プロ野球選手。寝ながら野球でもするんだろうか。オレにはとても付いていけない。 さて、誰が一緒に寝てくれたんだとこっそり覗き込むと。 「ええええっ!リボーン?!」 思わず大きな声が出てしまい、咄嗟に手で口を押えた。 元家庭教師から、睡眠中は起こすべからず、と叩き込まれているので。 それでも、もう一度こっそり覗き込む。 …うーむ、やっぱりリボーンだ。 しかも、リボーンまでスーツ姿のままで寝てる。 昔はよくこうして一緒に寝てたのになぁ。 ハンモックからはみ出るようになると、オレのベッドに潜り込むようになったリボーンは、そのままオレの身長近くになるまでは一緒にこうして寝ていたのだ。 それがここ最近は自室で寝るようになり、あまつさえ仕事も遠くの時間が掛かりそうなものばかりを選んで請け負う。 一緒に居たくないのかと寂しく思っていたのだが、杞憂だったのだろうか。 寝顔は傍に寄るのも嫌な相手と寝ているとは思えない程安らかだ。 骸によって表層に現れた気持ちは、言葉にするならば「好き」だ。 家族愛なのか、仲間意識なのか、それ以上か。 それはこれから考えていけばいい。 そっと頭を撫でると、音を立てないようにベッドから降りた。 「さて、久しぶりにリボーンに腕を振るっちゃおうかな。」 鼻歌交じりに寝室から作り付けのキッチンへと遠ざかるツナは知らなかったのだが、実は起きていたリボーンは布団の中でニヤリと笑っていた。 「なるほど。」 呟くリボーンのご機嫌はすこぶるいい。 何せ、読心術は彼の十八番なのだから。 しかも自分のもって行きたい方向に話を進めるのは得意中の得意だ。 まずは、昨日のキスから始めようか。 終わり |