18.目の前の、暗く絡め取るような視線にすら激しくなる動悸に、趣味が悪いとつくづく思う。 こいつのこの顔は虐めっ子の本領発揮している時の顔だ。 こうなると容赦はない。 「昨日からさんざん無視しやがって、どうなるか分かってんだろうな?」 「…理不尽だ。オレにだってプライバシーはあるんだよ!」 「んなモンはねぇ。」 「あるよ!?何言っちゃてんの!ぐふっ…!」 ちょっと反論しただけで、鳩尾に膝が入った。蹴られてはいない、ぐりぐりと体重を乗せると息が詰まる。 ゲホゲホと噎せると、今度は首に噛み付かれる。犬歯を立てて柔らかい鼓動を刻むそこを容赦なく噛む。 あまりの痛さに涙が滲んでくるが、手は頭の上で足は絡められているので身動き一つできない。 「てめぇはオレのだ。」 噛んでいたそこにぬめっとした感触を覚えた。舐められているらしいそこにちくっと痛みが走る。 動けないが、理不尽な物言いに腹の中から怒りが込み上げた。 「っ…ビアンキさんがいるじゃないか!オレなんかただの幼馴染みだろ!離せよ!!」 「ビアンキがどうした?てめぇとは違うだろ。」 カッとしてどうにも大人しくしていられず、思い切り暴れる。ここまで真剣に嫌がるのは初めてかもしれない。 そんなオレの葛藤すらも、容易く押さえ込んで唇を寄せてきた。 馬鹿にしてんのか。 絶対に嫌で、顔をおもいきり横に向けてソファの革に顔を埋める。ここまですれば分かる筈。 逆にそれが悪かったのか、顎を取られると無理矢理上を向かされた。 睨むオレと、苛立つあいつ。 視線は外さない。拒否の姿勢を崩さないオレに益々鋭くなっていく視線。 「…コロネロがいいのか?それとも昨日のお友達か?」 「どっちも違う。オレは言い寄られれば誰でもいいお前とは違うんだ!」 「よく言うな…昨日コロネロと何してた?」 ベッドの上で…と口端だけニイと上げていやらしく訊ねる。 思い出して顔を赤くすると、黒い瞳が暗く光る。 そんな顔は初めて見た。何に怒っているのだろう。やっぱりおもちゃを取られて癇癪を起こしているのか。 ぎゅう!と胸の奥が軋んで悲鳴を上げている。 それでも好きなんだ。 だからってこいつのおもちゃにはなっていられない。そんな曖昧な関係で傍に居るのは辛い。 ならばいっそ。 「好きな人がいるんだ。だからコロネロとも山本ともそういうことにはならない。」 リボーンの目が驚愕に見開かれた。これも初めて見る顔だ。 この先を言えばもっと見たことのない顔が拝めそうだけど。 「誰だ?」 緩んだ腕から自分の手を抜き取り、リボーンの身体から這い出る。 ソファの下に座り込み、落とした視線を合わせるために上に向けた。 きちんと視線があった。 久しぶりのような気がする。 そして最後かな。 「お前だ。」 リボーンの動きが止まった。鼓動さえ動いていそうにない。 きっかり30秒止まったままでいたが、小さく息を吐くと恍ける。 「ああ、幼馴染みとしてだろ。」 「…どう思われてもいいよ。とりあえず言ったから。そんじゃ。」 そうやってかわされることも承知の上だった。いいんだ。別に。 顔を背けて居間から出て行こうとすると、腕を取られた。 強くはない、ただ掴んだだけのその腕にさえ力が抜ける。 それでも腕の持ち主の顔を今は見たくない。 「ツナ…。」 呼ばないで欲しい。 ここに、傍に居たくなるじゃないか。 「ツナ、こっち向け。」 「…嫌だ。」 少し震えている声に、掴まえられた腕に、意地悪な幼馴染みにムカつく。そっとしといてくれ。 それでも振り解けないオレはぐいっと引っ張られてリボーンの腕に収まる。 「ひでぇ顔してんな。」 「…煩い。ほっとけよ、ばーか。」 「馬鹿はてめぇだ。」 涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔に口を寄せてきた。 汚ねーからやめろ。っていうか何すんの。 「さんざん口説いてた時には気付かねぇで、人に口説かれて気付くなんてな…どこまで足りねーんだ。」 「酷っ!………って………え?誰が誰を口説いてたって?」 「オレがお前を、だろ。」 …………………………えええええーーー!! ぽかんと見上げると非常にイイ顔をしていた。 オレお前に虐められた記憶しかないけど?それともこいつにとってアレが愛情表現だったんだろうか。…だとしたらオレは好きになる相手を間違えた!今更だけど…もういいや。 「ひとつ聞いてもいい?」 「幾つでも訊ねていいぞ。」 う〜ん、かなりご機嫌なようだ。照れるけど…ちょっと嬉しい。 頬が勝手に緩む。それを見てリボーンの腕の拘束が強まる。 …強過ぎだっつーの!絞め殺すつもりか!? ジタバタしていると今度は服の中に手を突っ込んできた。ちょっ!くすぐったいって。 笑い出すとため息を吐かれた。何で? 「…こっちは変わらずか。」 「こっち?どのこと?」 処置なしだぞ。って相変わらず失礼だな。っと、そうじゃなく! 「ビアンキさんって、リボーンの何?」 「言ってなかったか。イタリアに行っていたのは仕事でな、その仕事仲間だったんだぞ。」 「え…留学じゃなかったの?」 「ああ、家光と似たような仕事だ。その関係で邪険にできねぇだけだ。…何だ、妬きもちか?」 ニヤニヤしやがって! 「そうだよ!だってビアンキさん美人じゃん、オレじゃ敵わないし…。」 「馬鹿だな。」 抱き締められたまま口を耳に寄せて囁かれる。 耳にかかる息にびくりと身体を震わせると、益々口を寄せてきた。 「ツナの方が可愛いだろ。」 「っ…!?」 腰砕けになる低い声で囁くな。 力が入らなくなって、リボーンの膝の上でふにゃりとしているとまた手がシャツの中に入ってきた。 肌を確かめるような卑猥な動きと寄せられた口からの息に意味も分からず震えが走る。 「ちょっ…!やっ!」 脇腹を撫でられてまた笑いの発作が起こる。苦しい…!! ゲラゲラ笑っていると上から圧し掛かってきていたリボーンが舌打ちした。 「進めねぇのは変わらねーのか?感度が良過ぎるのも考えもんだな。」 「おまえが擽るからだろ!?」 そっちじゃねぇ…とぶつぶつ言うと、今度は抱え上げられた。 そのまま居間を出てコロネロの家まで行くと玄関を何度も蹴り上げる。 オイ!お前の蹴りじゃ玄関扉が外れちゃうだろ?! しかも抱えたままの体勢は不安定で、怖くて思わず首にしがみ付いた。 「何だコラ!」 バッドタイミングで玄関を開けたコロネロがこちらをばっちり見た。 …よく考えたら、オレ告られたんだっけ。ヤバイ!逃げよう!とリボーンの腕から飛び降りようとしたけど、勿論逃がしてはくれない。 「よう。ツナはオレんのになったからな、手ぇ出すなよ。」 脂下がったリボーンなんて滅多にお目にかかれないレアな顔だ。それを晒しながらしっかり釘を刺す。 ついでに見せびらかしているようだ。 「…ツナ、考え直せ。コイツは最悪だぜ!」 うん、知ってる。 もう10年の付き合いだし。でも… 「ごめんな。オレこいつがいいみたい。趣味悪いって分かってるけど。」 「浮気して泣かされるんじゃねーか?」 「ぐっ!…それはありそう。」 苦笑いを浮かべると、コロネロは苦しそうな顔をもっと歪める。 一度、大きなため息を吐くとニヤといつもの不敵な笑い顔になった。 「そうなったら、オレのところに来い。」 「はははっ…すぐだったりして!」 コロネロと2人で笑っていると、リボーンの気配が暗くなってきた。 やべ、虐められる?! 「いい度胸だぞ。そんなにねっちょり調教されてーのか?」 「だから、どうしてそっちにいくんだよ!」 「てめぇが疑うからだろうが。しかも襲った相手と何仲良くしてやがる。」 「そう言えば、昨日のアレはファーストキスだったのか?」 コ・ロ・ネ・ロォ〜!! リボーンとオレの会話に、何さらっと混じってんの!しかもそれは言って欲しくなかった!! 「ギャーーー!!何言って!そこは突っ込まないでよ!」 「ほう…何時の間に。そんじゃあ今からセカンドから先も先生としような?」 「しません!オレは今から学校です!!」 もう7時半なんだよ。お願い行かせて! 勿論オレの言うことを聞いてくれるカテキョー様じゃないので、しっかりと遅刻していったのだった。 それだけで開放されただけ、ありがたいと思えと言われたけれど。 終わり |