リボツナ2 | ナノ



3.




あれは3月の半ばのまだ寒い日のことだった。


沢田家との初対面は、親子3人で来た挨拶まわりを対応したことだった。
10歳になっていたオレは興味なく愛想笑いでいたことを覚えている。

その頃からすでに頭脳明晰だったオレは世渡りも上手だったのだ。
両親は仕事の都合で滅多に帰ってこないが、オレは別に困ったとも寂しいとも思っていなかった。

沢田家には日本人にしては大きい父親と、いくつなのか聞きたくなるほど若い母親、その母親に瓜二つな息子の3人家族だと朗らかに説明してくれた。

今どき珍しいほどのアットホームな家族だ。
こちらのことも聞き出すと、よかったら息子と遊んでね…なんて言われたが、誰が遊ぶか。大体オレは誰とも遊ぶことはしない。頭の回転が違い過ぎてついてこれない格下なんざお断りだ。
そんな風に考えていると、下から手が伸びてきた。

「さわだつなよしです。おにいちゃんは?」

怖がりもせず、臆しもしない綺麗な目がオレを捉えた。
何故かたじろいで、しかしそれが気に喰わなかったオレはわざと屈むとつなよしと視線を合わせてニヤリと笑ってやった。これをすると赤ん坊ですら泣く。さあ泣け。…しかし鈍いのかきょとん?とした顔をすると逆に笑い返してきた。思いっきり嬉しいという表情で。

「…リボーンだぞ。」

負けを悟ったオレは名前を言う。するとつなよしはオレの頭に手をやると撫でてきた。

「かっこいいなまえだね。」

「ありがとよ。」

これが間抜けで可愛いツナとの出会いだった。




小さい頃はよかった。最初の頃はオレもまだ小学生だったし、ツナは幼児でお頭のデキが少々不安ながらも幼児独特の無邪気さで懐いていた。馬鹿な子ほど可愛いと思っていたくらいだ。
それが覆ったのは今から4年前くらいのこと。ツナの可愛さはあまり変わらなかったが、色々な馬鹿さ加減が際立ってきて、不都合がでてきはじめたのだ。主に自制心が試される方向に。

こちとら男子高校生、相手は6つ下の小学生。どうにかできる筈もない。それなのに無邪気に懐くツナは会う度にべたべたとしがみ付くは、膝の上に乗るは、風呂は一緒に入ろうとするわでたまったもんじゃなかった。
その度に犬をけしかけたり(騒いで逃げ回ったが最終的にはオレに抱きついたので失敗だった)、対戦ゲームに負ける度に髪を一本一本抜いてやったり(一時期禿げそうになっていた)、風呂に沈めてやったり(そのせいで水がいまだに苦手らしい)して返り討ちにしてやった。

お陰で気持ちは気付かれてはいない。いない代わりに悪魔だと恐れられている。
さして気にしてはいないが。

「ツナ。」

「なんだよ。」

宿題は見ていねぇとすぐにサボるので、真横に腰掛けながら宿題を覗き込む。馬鹿、ここの式が違う。
間違えている式を指差すが、間違いにすら気付いていない。…これで高校受験できんのかよ。

「てめぇ、朝コロネロの自転車に乗ってただろうが。」

「み、見てた?」

「ばっちりな。」

「コロネロのお陰で間に合ったけど、死ぬかと思った…。」

余程怖い思いでもしたのか、ブルブルと震えだした。
あの筋肉馬鹿のことだ、自転車で車くらいのスピードでも出しやがったのか。

あいつもツナのことを憎からず思っている。
オレと同じ年で中学からの腐れ縁のコロネロは、ツナにとっていい兄貴らしい。
あっちはそんな気がないというのに、鈍感で天然なこいつは気付いていない。

「明日から早く起こしてやるぞ。」

「…結構です。オレ目覚ましあるんで。」

「てめぇ、いい度胸じゃねぇか。オレが起こしてやるっつってんだ。そこは素直にありがとうだ。」

「断固、遠慮しとく。」

こいつ、即答しやがった。やっぱりガキの頃の虐めがきいているのか。ったく、やりずれー。
カチンときたんでピカ○ュウの時計に向ってエアガンを撃ち込んでやった。がちゃん!と床に落ちると見事に部品がバラバラになる。

「っ!お前〜!何してんだ!これしかないんだぞ、目覚まし時計!!」

ツナが慌てて目覚ましを拾いにいったが、使えねーことだけは分かる。
にんまりと笑うと、それを見たツナが肩を震わせた。

「オレが、今日より早く起こしてやるって言ってんだ。お願いするよな?」

「……なぁ、今日みたいに意地悪しない?」

「………。」

「どうしてそこで黙るんだよ!お前の虐めは半端じゃなく怖ぇ!やっぱ母さんに目覚まし勝って貰いにいく!」

手にした時計を抱えて下に降りようと部屋のドアノブを掴んだところでシャツの端を掴まえた。

「っぶね〜。何だよ、壊れたんだから新しいのを買って貰うくらいいいだろ!」

壊したのお前だし。
掴まれたまま睨んできた。

変わってねぇと思っていたが、その表情は前よりいい。ゾクゾクするほど加虐心をそそる。
力を入れて引っ張ると、オレの座るベッドの床に転がってきた。
がらがらと時計がばら撒かれる。

「いってぇー!…おまえ、カテキョーなんだろ?何でこんな酷いことするんだよ?」

そう、あまりのデキの悪さに困ったツナのママンがオレに家庭教師を依頼してきたのだ。住み込みでと言われたのは、留学から帰ってきたのに両親はいまだに不在で、それならばうちにいらっしゃい!ついでにツナを見て貰えると嬉しいのだけど…という流れだ。
不満などあろう筈もない。願ったり叶ったりだ。

1週間前から住み込みで面倒を見始めたのだが、小学校からやり直しをしなければならないレベルだった。
しかも物覚えが悪い。

話が逸れた。

「そうだぞ。住み込みのカテキョーだからこそ、起きてから寝るまでを躾け…じゃなかった教育してんじゃねぇか。」

「お前、今躾けって言った!ううううっ…やっぱりお前オレのこと嫌いなんだろっ!それなら何でこんなこと引き受けるんだよ!?母さんに頼まれたからって、ここまでしなくてもいいだろ!もうほっとけよ!!」

でっかい瞳から涙が零れそうだ。
やべぇ、やり過ぎた。つつくとすぐに反応するツナが可愛くてついつい虐め過ぎた。

「…わりぃ。」

「そんなに焦るくらいなら、二度とやんなよ。」

二の腕を掴んで身体を引き寄せると、ツナがオレの膝の上に乗り上げる。
オレの表情の機微に気が付くのはツナだけだ。それくらい一緒にいた証拠だ。

「オレもリボーンとじゃれるのは好きだよ?でもお前、最近…っつか、帰ってきてからおかしいよ。余裕がない感じ。なぁ、どうかしたの?」

ツナは馬鹿で天然だが、妙に聡いところがある。
諦めて一つ息を吐くと、ツナの脇の下に手を入れてベッドに座らせた。

「聞きたいのか?」

「う〜ん。聞かずに済むなら聞きたくない。何か碌でもないこと言いそうな予感がする。」

「聞きたいんだな。」

「…分かったよ、聞くよ。聞かせて下さい。」

「よし、よく聞け。オレは自分のモンを人に触られるのが嫌いだ。」

「知ってるよ。オレ様だもんな。で?」

まったく気付く様子なく促してくる。横に座らせていた身体をベッドに転がすと顔の横に手を付いて逃げられないようにする。
それでも気付かない。鈍い、鈍過ぎだ。

「10年前からお前はオレのモンだ。だから他のヤツに触られんのは許さない。」

「…はぁ?オレ、いつの間にお前んのになったの?同意した記憶ないけど。」

「初めて逢ったときに、オレが決めた。」

「勝手に決めんなっ!オレはお前のおもちゃじゃねぇ!」

「おもちゃだなんて思っちゃいねぇぞ。」

胡乱げな視線を向けられた。

「大体、モノ扱いするとこ自体間違ってる。」

珍しくツナが切れかかっている。目が据わりはじめた。

構わず覆いかぶさる体勢で、徐々に顔を近付ける。
やはり気付いていない。ここまでしているのに。

「ガキ。」

「なにをぉーー!リボーンの方がガキだろ?!コロネロと一緒に登校したからおもちゃを取られたみたいに思ってるくせに!」

「誰がだ。あんなヘタレなんざ相手にするか。」

言ってもっと顔を近付ける。唇まであと1センチ。
それでも視線を逸らせもせず、睨み付けてきた。…悲しいほどお子様だ。

「やっぱりてめぇは育ってねぇ…。」

深いため息が漏れた。
あからさまな雰囲気で迫ってもこいつが育たないとムダだ。スルーしやがって。



それでも懲りないリボーンから、この雰囲気のなんたるかを教えられるのはもう少し先の話。



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