リボツナ2 | ナノ



なんて罪作りな




いつもより足早に家路を急ぐ男子学生が一人、住宅街を縫うように走る。
こんなに急いでいる様を彼を知る人が見ればきっとびっくりして言葉も出ないことだろう。
普段の取り澄ましたような怜悧な表情が、今はわずかに微笑んでいる。
道行く人が振り返るのは、何も彼が尋常ならざる勢いで駆けているからだけではない。
横を通り過ぎた近所のおばあちゃんが恋人に会いにいくのかい?とスカルに訊ねた。
それに足も止めずに振り返るだけで答える。

「いいえ、大好きな人が待っているんです!」

そうかい…という老婆の声もそこそこに、彼の待つ自分の家へと急いだ。




洗濯籠を片手に、かなり乱雑にそこに押し込めていく。干したての洗濯物が皺くちゃになるということは頭にないらしいツナが鼻歌交じりで取り込んでいた。

青い空、白い雲、暖かい寝床、ご飯は美味しく食べられて、ちょっと性格が強引過ぎるけどまぁそんなところも悪くないかな〜なんて思える恋人と一緒に住んで。その恋人の兄弟たちとも愉快に過ごせているという状況に満足してにへらっと笑っていると、件の恋人の弟が駆け足で門をくぐって来た。

「あ、スカルー!お帰り〜!!」

「ツナさん!」

玄関へと向かっていた足をぐぐっと横へ向け、方向転換する。ツナを確認した瞬間、眩しそうに目を眇め、それからハッとしたようにツナへと駆け寄ってきた。
スカルが心の中で「新婚みたいだ…」と思っていたなんてことは知らない。

「洗濯物くらいオレが取り込みます。」

「いいよ。オレ今は休職中の身だもん。これくらいさせてよ。」

にこっと笑い掛けられてスカルの頬はわずかに染まった。
少し傾いたおひさまにふわふわと上を向いている髪が光りを孕んで彼を優しく包んでいる。
可愛い…
これに尽きた。

何であんな傍若無人な長兄といい仲になっているんだ、すごく理不尽だ。世界の七不思議のひとつに入ると思う。これで脅されて付き合っているとかならまだ自分にもチャンスはあるというのに、心底惚れているらしい。
恋は盲目ということなのか。

などと失礼なことをスカルが考えているとは露とも思っていないツナは、いつまでも見詰めたままのスカルを無視して洗濯を取り入れている。
身長があまり高くないツナは、物干しの一番上まで手が届かない。
つま先立ちで手を伸ばしていると、やっと気が付いたスカルがひょいっと洗濯を取り寄せていった。

「…ありがとう。」

「どうかしたんですか?」

悔しそうにスカルを眺めると、洗濯籠を前に押し出した。
そこに取り寄せた洗濯物を軽く乗せると、スカルは洗濯籠を取り上げる。

「いいのに…」

「ツナさんが居ないときにはオレが全部やってたんですから、これくらいやりますよ。」

ツナだとようよう片手で抱えるといった具合だった籠も、スカルが持てば軽々と抱えている。それを見て、またもむうと頬を膨らませればスカルは笑った。

「そのままでいいじゃないですか。可愛いですよ。」

「先生に可愛いなんて言うもんじゃありません!」

益々むくれてしまったツナ。その顔も可愛いですなんて言ったらどうなるか。

「休職中だから先生じゃないですよね?」

「1月から復職すんの!」

「それまではうちのツナさんだ。」

「……」

ぼわっと顔を赤らめたかと思えば、くるりと踵を返して足早に玄関まで駆けていってしまう。
言い過ぎたかなと思っていると、玄関で振り返ったツナが赤い顔のままスカルが来るのを待っていてくれた。
慌てて玄関まで行くとツナがぼそりと呟く。

「ずっとみんなと居たいって思ってるよ?」

「…オレは『みんなと』じゃなくて『オレだけと』がいいです。」

「ったく、リボーンみたいなこと言うなよ!恥ずかしい兄弟だな。」

あははと軽く流されてしまった。
長兄のみならず、兄弟全員がツナとふたりっきりがいいと言っているのに冗談だと思っているツナはどこまでも鈍い。この鈍さに救われてもいるが、少し気付いてくれてもいいんじゃないかと思うのは欲張りだろうか。

器用とはほど遠いツナは必死に洗濯物を畳んでいるのだが、畳めば畳むほどしわが増えるだけとなる。
それでもタオルを積み上げ、次は下着に手をかけた。

「ちょっ…!下着はいいです!」

掴み上げたのはスカルのもので、慌てて取り上げるとパチパチと瞬きしてびっくりしていた。
冗談じゃない。オレにだって羞恥心くらいはある。
そう思い兄弟たちの分も引っ張ってくると、その上にトランクスを乗せられた。

「下着は畳んでくれるんだよね?こっちのシャツ畳むからオレのもよろしく。」

「ふぐっ!」

こんな派手な(というか、子供っぽい)トランクスは誰のだと手に取っていれば、予想外の持ち主に吹き出した。
むせて咳きこむオレに慌てたツナさんが背中をさすってくれる。
間近に迫った顔は心配げに顰められ、それが本心からだと知って淡い期待に胸が膨らむ。

今はまだ学生で、兄たちの扶養である身だと押さえていた気持ちが溢れそうになる。
背中をさすってくれているツナさんの手を掴むと、少し力を入れて引き寄せる。するとなんの抵抗もなく腕の中に転がり込んでくる身体に手を掛けようとした、その瞬間。

間抜けの着信音がツナさんの胸ポケットから鳴り出した。
虚を突かれ咄嗟に手を離すと、なんの疑いもなくにこりと微笑んでちょっとごめんなと立ち上がっていってしまった。

残されたオレは、あの着信音に邪魔されたのか助けられたのか判断はつかなかったが、それでもこれでよかったのだろうと思った。

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