リボツナ2 | ナノ



ホットココアとコーヒー




昨夜からの雪がうっすらと残るアスファルトの上をいつもより広い歩幅で歩く。
まだ降るのか墨絵のような灰色の空は厚い雲に覆われて太陽の光は届いてはこない。
滑りやすい革靴で難なく雪の上を歩いていくリボーンは、いつもより急ぎ足で目的のカフェへと足を運んでいた。

吐き出す息さえ白く染まる凛と冷えた空気が心地いいとさえ感じるのは、待ち合わせた場所に待ち人が待っていてくれるからかもしれない。
知らず零れる笑みに、足は益々早くなる。

無表情でいればモデルのような完璧な美貌のリボーンだが、今は柔らかな瞳をしていた。
すれ違う女性はみな心奪われて足を止める。そんなことなど眼中にないリボーンはいつものカフェに約束の時間より5分だけ遅くなって辿り着いた。

カランと音を立てて開かれるドア。
一番最初にいつものテーブル席を探す。そこがツナの一番のお気に入りの場所だからだ。
最初に出会ったのもその席で、次に再会したのもこの席だ。
だから自然と視線がそこを探す癖が付いている。

やはりその席に座っていたツナの傍に寄っていく。リボーンを見つけたツナはふんわりと柔らかい笑顔に変わっていく。この瞬間が堪らなく愛おしい。

「悪い、遅くなった。」

「全然!それより仕事勝手に終わっちゃってよかったの?」

「いいんだ。土日まで返上して働いてんだ、これくらいの融通はつけられる。」

「ふ〜ん、そういうもん?」

マスターにいつもの、と注文してから席に着く。テーブルの上にはココアと思しきチョコレート色の液体が入ったカップが置かれている。

「お前…コーヒー専門店でココア飲むヤツがいるか。」

「べー!いいんだもん。おじさんが作ってくれたんだ!」

ココアを抱えて舌を出す姿に、お前は一体いくつなんだと訊ねたくなる。どうみても弟たちと大差ない。
いや、ココアを抱えている時点で弟たちよりも味覚は幼いのだろう。

客もまばらなのは夕食前の時間帯だからだ。
コーヒーしか出さないこの店は、この時間が一番空いている。

「お待ちどうさま。」

そう言ってマスターが手元に置いていったエスプレッソを持ち上げて香りを楽しむ。
ここ連日、休みなしで働き詰めだったリボーンは珍しく甘い物が欲しいと感じた。

「一つ貰うぞ。」

ツナの前にあるチョコレートを一つ摘もうとすると、それを遮ってツナがビターチョコと思われる色のそれを摘んで口許まで運んでくれる。
口を開けるとゆっくり押し込まれた。

「美味しい?」

手についたチョコを舐め取る仕草は妙に艶かしい。
なのにツナの口許を食い入るように見詰める視線に気付いたツナは、色気とは無縁の笑顔でこちらを見る。

「…甘ぇ。」

「チョコだから当たり前だろ。」

人を煽っておいていつも通りの顔でいるツナに意趣返しをしたくなる。
あと一つ残っていたチョコを摘むとツナの口許に押し付けた。
そっと開かれる口の中に指の先ごと捻じ込むと、チョコを受け取りにきた舌に乗せて爪で舌先を引っ掻いた。

「んん…!」

ぼわっと赤く染まる顔を眺めながら指先を濡らす唾液ごとチョコを舐めると、益々赤く染まっていく。

「なに、この猥褻物。おまえ顔にモザイクかけたら?」

「バカ野郎、この美貌を世に出さねぇなんて罪だろうが。」

「自分で言うな!信じらんないよ。」

赤い顔のまま言われても説得力はない。
否定はしないツナにニヤリと笑うと慌てて顔を下に背けた。
それを追ってカップを掴む手ごと引き寄せると、赤く染まった目元が潤んでいる。

「苛め甲斐のある面すんな。酷くされてぇのか。」

「バッ…!」

言葉を詰まらせて歪む顔さえそそるというのに。
しばらくぶりにツナと2人きりで話がしたかっただけだというのに、煽られて引き返せないところまで押し上げられる。

少し残っていたエスプレッソを煽ると、伝票を掴んで支払いを済ませツナが後ろについてくることを確認して店を出た。
寒さに弱いツナがぶるりと震える。

「温泉に行くか?」

「いいね!日本の冬の醍醐味って感じで。」

「そうか、いいんだな。」

パーキングに停めてある車までの道のりをゆっくりと歩きながらそう話しかけると、ぴたりとツナが足を止めた。

「えーっと、それっていつの話?来週?それとももっと先?」

「今からに決まってんだろ。」

あっさり言い切るとブンブンと音が聞こえそうな勢いで頭を横に振りはじめた。

「ムリ!確かに明日は土曜だけど、コロネロたちにもなんにも言ってないんだよ?支度もしてないし!」

「支度はいらねぇだろ。必要ならあっちで揃えればいい。弟どもには言う訳がねぇ。言ったらついてきやがるからな。」

そう、この計画のために先週からずっと手配と仕事に追われていたのだ。
邪魔な弟たちを置いて、ツナと2人きり温泉でしっぽりと…。

「さあ行くぞ。」

「や、ちょっと…あの、なんか悪寒が。」

生意気に抵抗するツナを車の助手席に押し込むと、すぐに乗り込みアクセルを踏み込んだ。

「ひぃぃい!お前、スピードメーター見てみろ。こんな街中で100はないだろ!」

「普通だろ。」

「普通じゃないよ!」

逃げられないと観念したツナが大人しくシートベルトを装着したのと、ツナの携帯電話に電話がかかってきたのは同時だった。
胸ポケットから取り出した携帯を横から取り上げて電源を止める。

「お前、」

「たまにはいいだろ、2人きりってのも。」

ポイッと後部座席に放り投げた携帯に手を伸ばすことはしないで口を噤むツナの顔を覗くと悔しそうに顔を赤くしていた。

「どうした?」

「っ…!オレも、嫌じゃないよ。」

ハンドルを握る手が疎かになるほどの言葉に身体の奥から熱くなっていく。
それでも目的地まではと理性を効かせて走らせれば、隣のツナがまたも一言呟いた。

「これって新婚旅行?なんてね。」

貸切の温泉でおいしく食べられたツナが、もう二度と旅行には行かないと言い出すのは分かりきった先の話だった。


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