小説 | ナノ


4.



逃げなきゃと思うのに逃げ出せない自分がいた。
そうまでしてリボーンと一緒にいたいのかとそんな自分に呆れる。
それでも唯々諾々と流される訳にはいかないからと立ち上がれば、それを見計らったように腕を引かれて車に押し込められた。
降りようとすると車の外から先ほどの警備員の人がオレに頭を下げてくる。それを見て慌ててオレも頭を下げた。
そんなことをしている内にリボーンは車を走らせてしまうから降りられなくなる。
こんな状況まで嬉しいと思う自分はバカだ。
苛立ちを抱えたままシートベルトを締めずに座った。
いつでも逃げ出せるようにと車の外を眺めていると横から声が掛る。

「うちに来るか?」

気軽に言われてカッとした。即座に言い返す。

「嫌だ」

「なら、ツナの家でいいぞ」

「それも嫌だ!」

どこがいいんだ、オレは嫌だと言っているのに。
リボーンの身勝手さは出会った頃から変わりないが、それにしてもオレの気持ちすら無視されて余計に腹が立ってきた。自分勝手すぎる。
睨むために運転席を覗き込めば、リボーンはあの店で水を掛けられたままの状態で運転していた。
いくら秋とはいえ夜風は冷たい。
つい心配になりハンカチを取り出そうとして我に返った。
見なかったふりをして顔を背けると車の向こうの世界が後ろへと流れていく。
今のオレみたいに状況だけが通り過ぎていって、オレ自身は置いてきぼりにされている気分になる。
どこに連れていかれるとも知れない状況で、とにかく気持ちを落ち着けなければと流れる景色から目を背けた。
色々なことがあった。
思い返してみるとリボーンと付き合うということはこんなことの繰り返しだった気がする。
押し切られて付き合いだした一年前のことまで遡っていれば、ふとリボーンと交わした約束を思い出した。
横目で車のデジタル時計を確認すると、あと4時間後に迫っていたことに気付く。
こんな時に思い出しても意味がない。
いっそ忘れていればよかったのに、自分の間の悪さに唇を噛んだ。
座席に額をつけたまま目を閉じていると、ゆっくりとブレーキをかけて車が止まる。
顔を上げ車の外を覗いていると、横から声が掛った。

「着いたぞ」

言うだけ言うと運転席から出ようとするから慌てて引き留めた。
やっぱりあそこだ。

「待てって!オレはいかない。いきたくない」

行くなら一人で行ってくれと言えば、リボーンは座席に戻るとこちらに身を乗り出してきた。

「お前と一緒じゃなきゃ意味がねぇ」

真顔で言われて息が詰まる。

「っ、」

知るか!とか勝手にしろ!とか、だったらなんで……と胸の中に万の言葉が渦巻いた。なのに声にならなかった言葉は嗚咽になって零れ落ちる。
ポロポロと溢れ出た涙を袖で拭うと、近付いてきたリボーンを突き飛ばした。

「リボーンなんて大嫌いだ!」

「ああ、それでも構わねぇ。オレがお前を愛していることに変わりはねぇからな」

いけしゃあしゃあと語る声に嬉しいより怒りが増す。

「だったら!だったらなんで浮気するんだよ……意味分かんないよ」

オレのことを好きでも男同士だから?身体は別っていうことなのか?
それは結局うまくいかない元なんじゃないのか。
オレはリボーンと一緒にいれば男女のそれみたいにイチャイチャとまでは出来なくても触れていたいし、男だからって気持ち悪いとか嫌だとか感じたこともない。
だけどリボーンは、キスしたり優しく抱きしめたりする以外はいつも距離を置いている。
その距離を少しだけ縮めたいと思っていたけど、リボーンはそう思っていなかったのだろう。
つまりはそれって恋人の「好き」じゃなかったということだ。
オレとリボーンの気持ちがすれ違っていたことを、一年も気付かなかったオレは間抜けとしかいいようがない。
情けなさに涙も引っ込んで妙な笑いが漏れそうになる。
いきなり笑い出したら気が狂ったと思われそうだなんて頭の片隅で自嘲しながらどうにか言葉を続けた。

「リボーンのそれはさ、浮気じゃなかったんだよ。女の人が好きなのは当たり前だし。……オレはちょっとバカだからリボーンにとって目新しかったんじゃないかな。それだけなんだよ。うん、お互い誤解してたってことでよしとしようか」

これ以上喋り続ければボロが出てしまいそうで、そんな自分を知られたくなくて口を閉ざした。
俯いて何度も深呼吸を繰り返す。
4度目の深呼吸でようやく零れそうになるため息を胸に収めることに成功して、顔を上げた。

「別れても友だちだろ?」

またなと言うと車のドアに手を掛けた。
これで本当に別れるんだなと覚悟を決める。
ここから駅までは少し歩くが気分を変えるのに丁度いいかもしれない。
深夜まで営業しているワイン専門店の灯りに目をやると、また涙が出そうになった。
一年前のオレの誕生日に見付けたワインだけを専門に扱う店。
リボーンの住むマンションのすぐそこにある店に足を踏み入れたのはたまたまだった。
ワインやシャンパンを飲み干してしまったリボーンと一緒にぶらりと訪れた店内には、さまざまな国のワインが並んでいて、年代物のワインの価値なんて分からないオレに店主とリボーンが丁寧に教えてくれた。
その時見付けたワインにオレもリボーンも目を奪われた。
まるで示し合わせたみたいにリボーンとオレの2日続けての誕生日とまったく同じ日付が刻印されたワインが並んでいたのだ。
27年物といえば結構古い。
店主も開店祝いで仕入れたワインだが、値段が値段だけになかなか買い手がつかないんだと笑っていた。
訪れるたびにまだ置いてあることを2人で確認ていたのには訳がある。次の年の2人の誕生日に思いきって購入しようと思っていたのだ。
そうあと4時間で迎えるリボーンの誕生日に。
このワインのように2人で長く一緒に居たいと笑い合っていた日が懐かしい。
店の灯りから目を背けるように顔を伏せて身体を横にずらす。手に力を入れてドアを開けると、後ろからリボーンの腕が回ってきた。
リボーンもオレと同じように寂しく思ってくれているのだろう。
だけどいつまでもこのままではいられない。
リボーンの手を解くとドアを押し開けようとして、失敗した。

「リボ、ん……むぅ!」

助手席のシートに押し付けられて、身動きが取れなくなったところにキスをされる。
こんなことを繰り返していたら別れられなくなると知っているから抵抗するも、体格的にも体力的にもリボーンには敵わない。
シートを押し倒されてしたたかに頭を打ったオレを気にすることなく手が伸びてきた。
今まで触られたこともなかった場所をスラックスの上から撫でられて声が漏れる。
気持ちいいとか悪いとかより、何をされているのか意味が分からないから怖くなった。
キスというより口腔を荒らされていくような舌の蠢きに息が続かなくなる。
息を求めて顔を横に背けるも、すぐに唇が重なってくるから浅い呼吸を何度も繰り返した。
互いの唇の隙間から漏れる声も震えと怯えが入り混じる。
リボーンのこんな姿は知らない。
いつも余裕があって、俺様何様の傲岸不遜が信条で。
それがこんなにも余裕のない、オレに縋るみたいに見えるリボーンの姿を見たのは初めてだった。
されるがままに任せていると、ようやく重ねていた唇から顔を上げるリボーンが見える。
強引な口付けに抵抗する気力も奪われたオレが虚ろな視線をリボーンに合わせると、頭の上のリボーンが悔しそうに息を漏らした。

「くそっ、情けねぇな……ツナの前だと何でこんなに格好悪くなっちまうんだ」

リボーンの言葉に首を傾げていると、リボーンはため息を吐いてオレの上から離れていった。
手を引かれてどうにかシートの上に起き上がると、顔を手で覆いながらオレの身体を指差す。

「自分でやっといてなんだが目の毒だな。このままここで襲いたくなる」

まるで見てはいけないものを見ているようなリボーンの態度に、どうしたのかとリボーンの指先を視線で辿っていけばとんでもない格好になっていた自分の姿に目を瞠る。
ジャケットどころかシャツまではだけ、スラックスは膝まで落とされてほぼ下着姿にされていたのだ。
全然気付かなかったオレもオレだが、あのわずかな時間にここまで脱がすリボーンもリボーンだ。
慌ててスラックスを掴んで履き直すと、リボーンに背を向けて前を整える。

「恥ずかしかったか?」

当然のことを訊かれて顔を赤らめ俯いていると、リボーンは更に重ねてきた。

「気持ち悪かったか?怖かっただろう…?こんな風に欲望のままに触れたことはなかったからな……お前を怖がらせることはしたくなかった」

呟くように言われて顔を上げた。

「キスをしている最中のうっとりとしたツナの表情がどれだけ色っぽくて、どれほど我慢したか知らねぇだろ?少し手を伸ばすとすぐに震えて息を弾ませやがって、またそれが可愛くてな。何度このまま押し倒してやろうかと考えたことか」

初めて聞くリボーンからの生々しい声に、オレの中のなにかが吹き飛んだ。
シャツを嵌める手を止めると、リボーンの座る運転席に向き直る。

「だ、だったらすればよかったじゃないか!オレのこと好きにすればよかったじゃないか!!」

唸るように声を上げると、リボーンは呆れた顔をオレに向けてため息を吐いた。

「……痛いんだぞ。2、3日歩けなくなるぐらい痛くなるらしいのにいいのか?」

「え」

オレが聞いたり読んだ本にはそんなこと書いてなかった。触りっこをするだけでそれほど痛くなるのかと驚いていれば、リボーンはそんなオレの誤解に気付いたように首を横に振った。

「男同士ってのはな、ココでするんだぞ」

リボーンの指が伸びてきて、そのまま背後に回るとオレのスラックスの後ろを撫でた。
思ってもみなかった場所を触られて短い悲鳴が漏れる。

「ひぃ…!や、やだぁ」

逃げ場もない車内で背中をドアに押し付けて距離を置けば、こちらに身を乗り出していたリボーンは運転席に戻るとハンドルに肘をついてオレを眺める。

「ほらな、怖いだろう。そうやって困らせたり、泣かせたりすんのはオレの沽券にかかわる。それに一度理性が飛んじまったら泣いても叫んでも止められねぇだろうしな」

だから手を出せなかったと言われても納得できない。
シートの上に座り直しながらもリボーンに近付いていくと、騙されまいと目に力を入れる。

「じゃあさ、浮気したのはオレと出来ないからそういう目的でってことかよ?」

詰め寄るように睨みつければ、リボーンは観念したように泳いでいた視線を戻して吐き出した。

「ああ、正直そのつもりだった。だがキスまではできてもそれ以上は出来なかった。しなかったんじゃねぇ、出来なかったんだ」

やけくそ気味に言われても訳が分からない。どういう意味だと続きを促せば、リボーンは濡れた頭を掻きながらバツが悪そうに答えた。

「つまりだな…………勃たなかったんだ」

それはよかったと思うべきなのか、大丈夫なのかと心配してやればいいのか迷う。
しばらく言葉を選んでいれば、リボーンはオレの考えを見透かしたように否定した。

「バカ野郎、人をインポ扱いするんじゃねぇ!つうか、手ぇ貸せ!」

貸せと言った癖に勝手にオレの手を取っていったリボーンは、自分の股間の中心にオレの手の平を押し付けた。
自分のものとは比べ物にならないほどの質量でスラックスの前を膨らませているそれを感じて動揺する。
慌てて手を振り払いリボーンから逃げるように車内の隅に飛び退れば、リボーンはそれ以上迫ってはこなかった。

「お前だとこうなる。自分でも驚くほどだぞ」

驚いたのはこっちだが、そう言われると本当かもしれないと思えてきた。
尻の間を撫でられた時には怖かったが、それをリボーンが望んでいるのなら応えてもいい。
そう思えるぐらいにはリボーンのことが好きだ。
浮気なんてされたくない。
オレだけを見て欲しいという気持ちが高じて、意気込むように顔を上げた。

「オレ、と……セックス、しよう?」

リボーンを覗き込むように見上げながら、どうにか言うことができた。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
しかも男同士のそれがどんなものかなんて知らないけれど。
それでも勇気を振り絞って言ったオレに、リボーンはポカンと口を開けてただただオレを見詰めていた。

「リボーン…?あ、れ?違ったのかな……オレとなんかする気ない?」

誤解だったのかと慌てていれば、オレの言葉にハッとしたようにリボーンの視線の焦点が合う。

「いや、それでいい。違うな、お前としたい。身体中に舌を這わせて奥深くまで繋がりたい。だが……」

低く艶のある声で囁かれると背中がゾクゾクしてきた。
伸ばされた指がオレの顎を撫でて喉仏まで降りていくも、シャツの襟元でピタリと止まる。

「本当に嫌じゃねぇのか?……怖いくないのか?」

重ねて訊ねられれば正直なところ頷くしかないが、それでも嫌という訳ではない。

「聞くなってば……!したことないんだから、怖いのは当たり前だろ!」

羞恥と恐怖で決意が揺らいでしまいそうだから訊かないで欲しい。
顔を赤くしたまま言い募ると、リボーンは伸ばしていた手を戻して顔を顰めた。

「痛かったから別れるとか、言わねぇか?」

「そっ……!」

あんまりな台詞に言葉が詰まる。
というか、リボーンらしくない。
勢いで出そうになった詰る言葉を飲み込むとリボーンの手に手を重ねて握り締めた。

「なんでそこでヘタレるんだよ!いつもみたいに強引にすればいいだろ!」

鼻をすり付けるように顔を寄せるとリボーンの唇に自分の唇を押し付けた。
浮気されたことを忘れた訳じゃないし、思い出せば今でも腹は立つ。
だけどこんなにもリボーンに思われていることを知って、それでも怒りを持続させることなんて出来そうにない。
甘いのかもしれないが、自分にも非がなかったとは言い切れないから今回だけは目を瞑ることにする。
かなり痛いらしい男同士のセックスはどんなことをするのだろうか。
先ほどまでとは違う意味で逃げ出したくなってきたが、ここで逃げたら男がすたる。
閉じていた瞼をあけて間近に見えるリボーンの顔を覗き込んでいると、オレにされるがままでいたリボーンがおずおずと手を伸ばしてきた。
らしくない仕草に笑いが漏れる。
背中に回された腕の温かさにほぅと息を吐き出せば、オレを抱きすくめる腕の力が強くなってリボーンとの距離が縮まった。
ぴったりと頬をリボーンの肩に押し付けて、しがみ付くようにオレもリボーンの背中に手を伸ばす。
何やってるんだろうという冷静に突っ込みを入れる自分の他に、このままでいたいと思う自分もいた。

「オレ、リボーンに抱き締められてるだけでもいいかな」

未知への恐怖というより目先の幸せに浸っていれば、リボーンは反論することなくあぁと頷いた。
いくら浮気の現場を押さえたとはいえ、妙に大人しいリボーンに違和感を感じる。

「お前変じゃない?何でいつもみたいに今すぐやろう!とか言い出さないんだよ?」

リボーンの肩から顔を上げて視線を合わせれば、リボーンは視線を横に泳がせて口籠る。
そんなリボーンに不安を覚えたオレは、リボーンの背中から手を外すと項垂れた。

「やっぱりオレじゃ面白くないもんな。ムリしなくていいから……」

はしゃいでいた自分が恥ずかしくなる。
ごめんなと言って身体を離すと、すぐにリボーンの腕が追ってきた。

「何早とちりしてやがる。てめぇはこんな場所で襲われてぇのか?痛いって忠告してんだろうが。それでもいいってんなら準備も用意もなしにヤるぞ」

ガバリと上から伸し掛かられてシートの上に転がると、すぐにリボーンが迫ってくる。
余裕のなさが分かるほど強い力で押し付けられると、どうすればいいのか分からないオレは固まるしかない。手を伸ばしてリボーンを抱きしめればいいのか、それとも邪魔をしないようにしていればいいのか迷った。
そんなオレを見たリボーンは呆れ顔を見せるとオレの上から起き上がる。

「冗談だ。とりあえず今は、な」

今じゃないならいつだろう。折角の決心が鈍らない内にしたいなと思った自分に照れる。
リボーンと裸で触れ合ったらどうなるんだろうと想像していると、リボーンはオレの腕を引いて車から外へ出た。
どこに行くのだろうと思っていると、ワイン専門店に歩き出す。

「ここまで来たんだ、買ってくぞ」

「うん」

そう返事をしたオレの手を握るとリボーンはぼやくように呟いた。

「こうでもしないとあそこでヤっちまいそうだったんだぞ」

それでもよかったとは言ってはいけないらしいと気付いたオレは口を閉ざした。






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