小説 | ナノ


3.



まだ支度の出来ていなかったコーヒーを自分で3つ用意して、それから資料を小脇に抱えて応接室へと向かった。
途中で獄寺くんや山本が同席を申し出てくれたが、彼らの仕事を増やすことになるからと断った。
たかだか元交際相手が仕事の話で来ただけなのだ。これからも仕事上の付き合いは続くのだから今逃げても仕方ない。
そう彼らに言えば心配そうにオレの顔を覗き込んできた2人は条件を出してしぶしぶながらも納得したようだ。
何かあれば大声を出すことを約束させられたオレは、その約束の意味に首を傾げながらも応接室の前に辿り着く。

「お待たせしました」

スカルもいるし平気だと自分に言い聞かせて中に入ると、どういうことかリボーンしかいない。
思わず後ずさりかけた足を意思でねじ伏せて前に踏み出す。
トイレかもしれないとドアを半分空けておくと、リボーンが顔を上げた。

「資料をひとつ忘れたんだ。取りに行かせたからしばらく戻らねぇ」

「そ、そう……ですか」

スカルの間の悪さに顔を顰めそうになるも、どうにか咳払いひとつで収めてリボーンの座る席の前につく。
手に持っていた資料をテーブルに置いて姿勢を正した。
スカルが戻ってくる前に少し進めてしまおうと顔を上げると思った以上にリボーンの手がオレの手の上に乗ってきた。

「ツナ、話がしたい」

何の話だととぼけることも出来ないし、突っ撥ねることも出来ない。
テーブル越しに詰め寄られて身体が逃げる。
その逃げた分だけにじり寄られ、ソファの背凭れに追い詰められた。

「話しを聞いてくれ、悪かったと思ってる……謝りたいんだ」

「…だ、」

見たこともないぐらい真剣な顔で迫られて思わず顔を背ける。
それでも言葉を続けようとするリボーンを手で振り払うと大声を上げた。

「嫌だ…っ!!嫌だって言ってるだろ!?謝られたら、あれは浮気だって認めなきゃならないじゃないか!お前にとってはオレはただの付き合ってる恋人の一人かもしれないけど、オレは違う!恋人として好きなのはお前だけだったんだ!」

言ってから自分の気持ちがはっきり分かった。
オレはリボーンに浮気されたことに怒っているんじゃなく、大勢いるリボーンの恋人の一人として扱われたことがショックだったのだ。
真剣に付き合っているつもりでいたのは自分だけだと知ってしまった。
だから別れたいし、言い訳を聞く気にもならない。
自分とリボーンとの気持ちの差を知りたくなかった。
声を張り上げたせいで獄寺くんと山本がすごい形相で駆け込んでくる。
リボーンはといえば、オレの台詞に動きを止めて考え込んでいるようだ。
ソファに座り直したリボーンからオレを引き離した2人は、オレを庇うように立たせると応接室から連れ出してくれた。
目配せをして応接室に戻る獄寺くんと、オレを抱えるように付き添ってくれる山本は何も聞かない。
自分の部署に戻ったオレを席に着かせた山本が、いつもの笑顔でコーヒーを淹れてくれた。

「ほい、ミルクたっぷり入れといたぜ」

聞いていただろうに何も訊ねない山本の好意に今は甘えることにする。
ありがとうと言って受け取ると、部屋の隅にいたクロームがお菓子の袋を差し出した。

「これ、今の私のお気に入り……」

押し付けられたそれを見て涙が出そうになる。弱っているところに気遣われて目頭が熱くなって困った。
こんなことで泣いたら益々心配させてしまうと堪えていると、ランボも負けじと飴を抱えて飛んできた。

「オレの飴も元気でますよ」

いつも彼が持ち歩いている飴をデスクの上にぶちまけられてクスリと笑いが漏れた。
飴にまみれたデスクを前に何故だかゲラゲラと笑いだす。そんなオレを見た山本もつられて笑った。

「ランボの飴、効果あったな!」

「ん……!」

ランボとクロームに礼を言うと、渡されたコーヒーを飲みながらクロームのチョコ菓子を口に入れる。
本当に美味いから止まらなくなってすぐになくなってしまう。
それに気付いたクロームがまた慌ててくれるから喜んで受け取っていると、部署の扉が勢いよく開いた。

「すまん!沢田はいるか?!」

滝のような汗を流したスカルが飛び込んできた。本当に急いで戻ってきたのだろう。見て分かるほど慌てた様子で息も絶え絶えだ。
そんなスカルを見て3人の視線が鋭くなる。それに気付いたオレが3人を制止するとスカルに顔を向けた。

「いいんだ、スカルが悪い訳じゃない。……ごめん、途中で獄寺くんに変わって貰ったんだ。何かあった?」

「何かって…………いや、オレのミスだ。すまない」

資料を忘れたことかと思ったがそれには触れず、席を立つとスカルを仕切りのある方へと促した。

「ネットワークセキュリティはスカルと詰めた方がいいかな?リ、リボーンとは獄寺くんが警備の再編も含めて話し合っていると思うんだけど」

リボーンの名を呼ぶときに少しだけどもった自分に苦笑いが漏れる。
そんな気弱なオレを断ち切るようにスカルは顔を近付けてきた。

「それは決裂したぞ。というか、先輩と獄寺は話になってない」

「え!」

獄寺くんは身内贔屓が過ぎるからまたオレのせいで暴れているのではと腰を浮かせば、スカルは違うと首を振る。

「先輩が悪いんだろ?戻ったついでにラル姐さんから話を聞いた。浮気されんだってな」

「……」

図星を突かれたオレは答えたくなくてスカルから視線を逸らすと黙り込んだ。
そんなオレを無視してスカルは話を続ける。

「自業自得だからな、ツナに振られていい気味だと思ってる。あんなヤツとは別れた方がいいっていうのは誰もが思ってたことだ。そこはいい。だがお前が悲しむ顔は見たくない……オレのミスで2人きりにさせて悪かった」

まさかそんなことで謝られるとは思ってもいなかったから驚く。顔を上げると憤慨していることが分かるしかめっ面のスカルが見えた。

「忘れた資料もどうやら先輩がわざとオレのバインダーから抜いてったらしい。オレは何度も入れたことを確認したからおかしいとは思ってたんだ。くそっ」

悔しそうに舌打ちするスカルの気持ちが嬉しい。それだけオレを気にかけてくれていたのだろう。礼を言うのも違う気がしてなんと声をかけようかと迷っていれば、後ろからそれを打ち消すように響く低い声に遮られた。

「うるせぇぞ、パシリ」

「っ」

音もなく現れたリボーンに声も出ないほど驚いた。
確かめるように振り返れば、リボーンは何かを言い掛けてやめると息を飲み込む。

「……また来る」

オレに向かって告げられた言葉に返事も出来ずにいれば、リボーンは睫毛を伏せて踵を返した。
仕切りの向こうに消えていくリボーンの背中を見送ったオレは、山本や獄寺くんの声を耳に入れながらも涙を零した。会社なのに、自分の気持ちに振り回されている。

「少しでもオレのこと気にかけてくれてるのかなって、そんなことが嬉しいなんて変だよな。もう振ったのか振られたのか分からないよ」

自分でも笑えるほど頭の中がお目出度い。
そう呟いたオレにスカルは何も言わなかった。







仕事を終え、今日は自宅に帰らねばと駅へと向かう。
朝の分を取り戻すべく、少し残業をしていたら気が紛れた気がした。
山本や獄寺くんにランボ、はてはクロームまで心配してくれたらしく遊びに繰り出そうと誘ってくれたが体力が限界だった。
二日酔いは抜けたが寝不足で頭が痛い。
今夜はゆっくりしようとトボトボ歩いていると、横からバイクのクラクションが聞こえてきた。

「沢田!沢田っ!!」

自分の名を呼ばれたことに驚いて顔を向けると、車道からバイクに乗ったスカルがヘルメットのバイザーを上げてオレに声を掛けていた。

「あれ?仕事終わり?」

「いや、まぁ……それより家まで送っていってやる」

泳いでいる目を見てなんとなく悟る。オレを心配して帰りを待ち伏せていたのだろうと。
スカルのことだから残業で待っていた間にトイレかコンビニで時間を潰していたらオレと行き違いになったに違いない。そういう間の悪さまでオレと友だちだ。
スカルの前で泣いてしまったことを申し訳なく思いつつ、それでも支えてくれようとするスカルに甘えることにしてバイクに近付く。

「ありがとう、助かるよ。それとさ、スカルがこの後用事がなければどっかで夕飯とってかない?家で作るのが面倒なんだ」

「いいぜ。オレも作りたくないからな……お、そこのカフェいつの間に出来たんだ?」

新しい店の灯りに気付いたのかスカルがオレの後ろを指差した。
それを振り返りながら視線を向ける。

「あー……先週だったかな、昼になると女の子がいっぱい並んでるよ。今はそんなにいなそうだね。入ってみる?」

「……沢田と2人で食事したってバレたらラル姐さんに殺されそうだな」

「あはは!ラルって過保護だよね。オレのこと出来の悪い妹だと思ってそう!っていうか、男だって思われてなさそうなんだけど」

昨晩の一件はバラしたくないから黙っているとしても、穢れただの処女だのと心配されてしまうのは情けない。
駐輪スペースにバイクを置いたスカルがヘルメットをしまうと肩を竦めて振り返る。

「まあラル姐さんより漢らしい漢はみたことないからな。あの人にとっちゃ、コロネロ先輩も弟なんだろうな」

確かにと頷きそうになって慌てて首を横に振った。ひょっとしてコロネロとラルは付き合ってないのかもと頭を過ったが、まさかそんなことはないだろう。多分、おそらく。
気を紛らわせるような軽口をかわしつつスカルと小洒落たカフェに入店する。
少し明度を落とした店内は広めに座席の間隔が空いていて、隣を気にすることなく食事が出来そうだ。
いくつか空いていたテーブルの間を縫って2人掛けの座席に案内されると、すぐにメニューを広げてスカルの顔を覗き込んだ。

「どれがいいかな……さっき向こうのテーブルで食べてたパスタも美味そうだったよな」

スカルはどうする?と笑い掛ければ、ぼんやりとこちらを見ていた顔がハッと正気付いた。

「そ、そうだな!なんでもいいぞ!」

「いや、だからさ…」

上の空というか慌てた様子に首を傾げる。
パスタは嫌だったのかと別のメニューを探していると、斜め前の席から水が掛けられる音が聞こえてきた。
ガラスが割れる音は聞こえなかったから何事かと顔を上げると、スラッとした髪の長い女性が席を立つところだった。
肩で風を切るように店内から出ていく女性の後ろ姿を見送っていると、水音がした方向を見ていたスカルが呻き声を上げる。

「うげ……っ!なんで先輩が」

先輩という言葉に視線を戻せば、見覚えのありすぎる顔があった。
頭の上から水を掛けられたのか髪からジャケットまで水浸しだ。
何事だと注目を浴びているにも関わらずリボーンは平然とした顔で水をハンカチで拭うと立ち上がる。
頬を滴り落ちる水が気になってオレも思わずつられた。

「リボーン!」

人目は気になるものの、それ以上にリボーンが気になって小声で話しかけると前に立ちはだかる。
オレがいたことに気付いていなかったのか、少し驚いたように目を見開いたリボーンだがすぐにいつも通りの顔を見せた。

「どうした、こんなところで。お前はこういう場所は恥ずかしいんだろ?」

チロリとスカルを眺めた視線が少しだけ不愉快そうに歪んだことを見て慌てる。スカルがいじめられては申し訳ない。
そう思って開いた口は自分の気持ちとは別の言葉を喋り出した。

「そっちこそ水なんか掛けられてどうしたんだよ。早く彼女を追い掛ければいいだろ」

こんなことを言いたかった訳じゃないのに止まらない。
手にしていたハンカチを後ろに握り締めて睨むようにリボーンを見詰めていると、リボーンは水に負けて額に落ちた髪の毛を手で掻き上げて力なく笑った。

「彼女じゃねぇぞ。今別れたからな」

何と答えていいのか分からなかったオレは声もなく黙る。今の女の人以外にもたくさんいるんだろうとか、オレには関係ないとかそんな言葉が喉元までせりあがってくる。
そんなオレにリボーンは重ねるように呟いた。

「これで全部別れた。今は誰とも付き合っちゃいねぇ」

「だから?」

ダメだと思っても止まらなくなる。
言い訳なんて聞きたくないのにどうしてそんなことを言うのか。
苛々とした不快感のままに口から声が出る。

「オレには関係ないから」

言ってしまってからこれ以上は自分が辛くなると気付いてスカルが待つ席に戻ろうとすると、リボーンに腕を取られて行く手を阻まれた。
キッと睨んだオレにリボーンは辺りの目を気にすることなく抱き寄せられる。
嬉しいと一瞬でも思った自分が恥ずかしい。
咄嗟にリボーンの胸を突っ撥ねると後ろに飛び退く。

「な、なにするんだよ!」

見られている恥ずかしさより、リボーンの手の平で踊らされている自分に腹が立った。自分から別れを告げたのにいつまで引き摺るつもりなのか。
押さえなきゃと思っていても、声のトーンが上がってしまったせいで店内の注目を集めてしまう。
どうしていいのか分からなくなったオレは、その場から逃げ出すと顔を伏せたまま店の外へと飛び出る。
後ろからスカルの声が追ってきたが、振り返ることも出来ずに駅に向かって駆け出した。
心の中はリボーンへの罵倒と自分のバカさ加減を嘲笑う声でいっぱいになる。
周りの声も、音も、何もかもが薄れていて、まるで夢の中にいるように感じた。
ふわふわとして現実味のない視界の端で誰かにぶつかってしまったようだ。
どすんと音がして、自分が道端に尻もちをついたことに驚いた。

「うわ、すみません!大丈夫ですか?」

警備員らしき格好の男の人が慌てた様子で手を差し伸べてくる。
それに手を伸ばすことも出来ずに見詰めていると、視界が歪んできた。
自分は泣いているらしいと気付いて焦っていれば横から声が掛った。

「悪いな、オレのツレだ。酔ってるらしいから気にすんな」

車道の向こうから車を止めて近付いてくるリボーンが見えた。




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