小説 | ナノ


2.



ラルとコロネロに呼び出された場所は、よく連れて行かれていた地下二階のカウンターしかない小さなバーだ。
一人なら出入りすることもないような薄暗い店内へと足を踏み入れると、目当ての2人はすぐに見付かる。
ガタイのいいコロネロが手を上げて早く来いと手招きするから慌てて2人の横に飛んでいって席に着く。

「遅かったな」

「遅くないよ!これでも定時で終ってすぐに来たんだって」

コロネロの向こうに座るラルに向かってそう言えば、ラルは口をへの字に曲げたままフンと顔を背ける。
やっぱり怒っているらしい。
横に座るコロネロに視線を向けると苦い顔でオレにコップを押し付けてきた。

「まあ飲め」

いらないとは言えないし、心情的に飲みたくない訳でもない。
コップ一杯でアルコールが回ってしまう体質だが今日は担いで帰ってくれそうな頼もしい友人がいるからいいかと受け取った。
かけつけ一杯と行きたいところだが、さすがにそれをすると話しにならない。
ここまで来て何も話さずに酔い潰れたらラルが怖い。
一口含んでどうにか飲み込むと途端に食道から胃が熱くなってきた。

「おい沢田、何か言うことはあるか」

スカルやリボーンたちと同じ会社の警備部門の課長を担当しているラルが、女性とは思えないドスの効いた声で睨みつけてきた。

「……ラルの予想通り、です」

言うと手の平をカウンターに勢いよく打ち付けた。バン!と大きな音を立てたラルを周囲の人たちは振り返るも、あまりの形相に誰もがそっと視線を反らす。

「あのバカ…っ!ツナの純潔を奪っておいて!」

「ちょっ、声!声がでかいよっ!っていうか、初恋はリボーンじゃないよ!中学で済ませてるって!」

誤解をされそうなラルの台詞に慌てて訂正を入れると、コロネロとラルが2人揃って呆れ顔を見せる。

「お前の初恋が京子なのは知ってるぜ、コラ」

イタリアからの留学生だったコロネロはオレの初恋の人である笹川京子ちゃんの家に1年ほど下宿していたらしい。聞いた時は腰が抜けるほど驚いたっけ。
しかしコロネロと知り合ったのは会社に勤めてからで、夜間警備やセキュリティを務め先の会社が契約する過程でスカルに伴われてやってきた。
スカルも外人さんだから雰囲気があると思っていたら、コロネロは金髪碧眼の軍人のような屈強な身体をした男だったから初めて見たときは正直怖かった。
言葉も出なかったオレの緊張を解すために、コロネロがいきなりナンパしてきたことは今ではいい思い出だ。
母親似の顔のせいか、はたまた太らない体質のせいでか、可愛いだの彼氏はいるのかだのと矢継ぎ早に日本語で質問されて緊張が解けた。主に流暢な日本語の部分が大きかったが。
男だから彼氏は居ないと笑えば、コロネロは顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏したことを思い出す。
そういうおっよこちょいなところを見せてくれたから安心できたのだ。
今は仕事とは別に友人として付き合っている。
手にしたコップの中を舐めるように口に入れると、アルコールのせいだけじゃなく顔が赤くなる。
そんなオレを見ていたラルが苛々と自分のコップにウイスキーを注いで水で割ることなく一気に流し込んだ。
見ているこっちまで酔ってしまいそうだ。

「お前は何を頓珍漢なことを言っているんだ。あの気障野郎が沢田の2度目に惚れた相手なのは知っているし、初めての恋人になったことも分かっている。腹立たしいがな……。しかし純潔というのはそっちではないだろう?身体の純潔、つまりは処じ」

「うわぁああ!酔ってるんだよ!一気に飲んじゃダメだって!」

というか、女性が口にすべき台詞ではない。
常々ラルは男らしいというか、男そのものなのにこれはいけない。男のオレが女のラルに言葉のセクハラを受けるなんてどういう事態だ。
いくら酒の勢いがあるとはいえ続きは言わせまいとラルに手を伸ばすと、その手を取られてコロネロ越しに手を握られた。

「大丈夫だ、沢田。オレは気にしない。オレならお前を幸せに出来る!女だからな!」

硬くゴツゴツした手で迫られても困る。
コロネロの軍人時代の教官だったというラルは6年ほど前に日本に渡ってきた元エリートだと聞いている。立ちあげたばかりのセキュリティ会社の新人指導と監査という契約でやってきたのだと。
軍を退役したコロネロを日本に呼び寄せたのもラルらしい。
リボーンに迫られていた1年半前に、そんなことを言っていたなと思い出す。だから養ってやるとまで言われて少しだけ気持ちが傾いたことは内緒だ。
それはともかくいくら元軍人とはいえ性格が男前過ぎだし、誤解は解いておかないとリボーンにも迷惑かもしれない。
口に出すのも恥ずかしいが、言っておかないと後々まで誤解されそうだ。
コホンとひとつ咳払いをして小声で告げた。

「オレとリボーンはそういうことはしてないですっ!前にラルも言ってたじゃないか。男同士なのに出来る訳がないって」

だから浮気されたのかなと、ふと今思い付いた。
気が付けば去年の今頃までは恋人の一人もいない、そんな悲しい人生を送っていたオレには分からない辛さがあったのかもしれない。
性別的には女性であるラルにすら心配されるほどオレはそういった知識に乏しい。
その意味でも別れてよかったのかと改めて突き付けられた事実に項垂れると、何故かコロネロが興奮した様子で迫ってきた。

「ほ、本当か!コラ!」

「え?う、うん……」

真横から顔を真っ赤にしたコロネロに訊ねられて恥ずかしさに顔を伏せながら頷く。するとラルがコロネロを押し退けてオレの胸倉を引き寄せた。

「ではまだ穢れていないと?!」

「苦しぃ……!って、え?どういう意味だよ?」

ラルはオレの性別を誤解してるんじゃないかと疑いたくなる。
というかこの歳で経験がないことを自ら暴露したというのに、どうして笑ってくれないんだ。
マジでかえされたら居た堪れないじゃないか。
ラルの手から逃れたオレはバカ正直に答えた自分に憤死するほど悶えてテーブルに突っ伏した。
どうせ後でからかわれるんだ。童貞で悪いか!
リボーンやラルたちと違ってモテませんよ!と心の中で不貞腐れていると、コロネロがオレの肩を掴んでテーブルから引き剥がされた。

「……オレは最後まで責任を取るぜ、コラ!」

「うん?何の話?」

珍しく酒に酔ったのか顔を赤くしているコロネロの言葉に首を傾げた。
仕事の話はしていなかったのになぁと考えていると、コロネロの頭が横にブレてラルの顔が現れる。

「今日は朝まで帰さないからな!」

「え……ここの営業時間は午前4時までだよ?ラルの家に行くと会社まで遠いからちょっと朝まで飲むのは付き合えないかな」

ごめんなと続けると、2人揃って長いため息を吐き出した。

「お前、リボーンにもこの調子だったのか?」

「うん、そうだけど。……ひょっとしてまずかったのかな?!」

男同士だから可愛げなど求められていないとばかり思っていたが、少しは女の子のように甘えてみればよかったのだろうか。
そういった恋人同士のノウハウが足りないから浮気されたらしいと気付いてショックを受けていると、ラルが頭を振ってコロネロの言葉を否定する。

「いいや、あの気障野郎の毒牙にかからなくて何よりだ!お前はそのままでいい。気にするな、沢田!」

そんな慰めとも気休めともつかない言葉をくれたラルにへにょりと眉を寄せて笑えば、ラルはコロネロを隣の椅子から蹴り落としてオレをそこに座らせた。

「飲め!あんなヘタレ気障野郎は忘れてしまえ!」

さあ!と先ほどラルが飲んでいたグラスを手渡され促される。
並々とブランデーを継ぎ足されて迷ったが口元まで運ぶとやけくそ気味に口を開いた。

「いっ、いただきます」

匂いだけで眩暈がしたそれを口に含んだところから、オレの記憶は途切れてしまったのだった。





翌日はひどい頭痛と吐き気に襲われながらも、どうにか会社に出勤することが出来た。
と言ってもコロネロとラルに両脇から抱えられるように連れて来て貰ったというのが正しい。
一気飲みした後の記憶はないが、気付いたらコロネロの家で寝ていた。雑魚寝をしていたのかソファの上に毛布を掛けられた格好で目が覚めたのだ。
ラルとコロネロはと探すと床の上で一升瓶を抱えたままテーブルを囲んだ姿で寝ているのが見えてホッとする。
やっぱり仲がいい。付き合っているのかと訊ねると2人とも否定するが、オレや他の人たちに知られるのが恥ずかしいのだろう。
少しだけ羨ましいと思った。
ああいう付き合い方がオレたちに出来れば違っただろうか。そんなとりとめもないことを考えた自分が情けない。
そんな2人をどうにか起こして、こうして出社したという訳だ。
口うるさいとはいえ心配してくれる友人2人を悲しませたくないから、どうにかため息を飲み込んでいってらっしゃいと声を掛けて送り出す。
ラルもコロネロも顔を真っ赤にして走り出していったから、その元気さに呆れ半分羨ましさも半分湧いた。
2人の背中を見送ってから行きがけに買ったスポーツドリンクと二日酔いの薬を手に仕事場へと足を向ける。
すると駐車場に見覚えのある車を見掛けて足が止まった。

「あ、沢田!」

後ろから声を掛けられてビクッと身体が震える。
すぐにスカルの声だと気付きホッとして振り返ると、スカルの隣には今一番会いたくて会いたくなかった男がいた。
視線を逸らしそうになるも、ここは職場だと自分に言い聞かせて笑顔を作る。
それでも普通の声は出せそうにないから頭だけ下げると止まってしまった足をどうにか動かした。
自分でもぎこちない歩みで建物に入ると、それを追うようにスカルとリボーンもついてくる。
追われるようでイラつくも朝から打ち合わせが入っていたことを思い出した。
それにしても出社時間に来るなんてと内心で愚痴りながらもドアを開けて中へと促す。

「バタバタしていてすみません。どうぞお入り下さい」

事情を察した獄寺くんや出社時間が同じになったクロームが心配そうにこちらを覗き込んできた。
それに大丈夫だと目配せをして、今日はスカルとリボーンを連れて応接室へと案内する。
仕切りだけの方だと聞き耳を立てられるからだ。
今はまだみんなに囃したてられるのは正直辛い。
それなりに調度品を整えてある室内へと一緒に足を踏み入れると、オレの横を通り過ぎていったリボーンが顔を寄せるとボソリと呟く。

「コロネロとラルの姿が見えたが、一晩中一緒だったのか?」

非難するようにリボーンに訊ねられてカッと腹の中が熱くなったが、ここは仕事場だからと頷くだけにとどめて着席を促した。

「そうですね、仲良くしていただいています。あっと……資料を持ってきますので少々お待ち下さい」

たとえばここでやけ酒を付き合って貰っただとか、お前には関係ないと言ってしまえば感情に負ける。
職場で痴情のもつれなんて醜態は晒したくはない。
怒りとも悲しみともつかない顔を隠すために頭を下げて部屋を出た。




[*前] | [次#]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -