小説 | ナノ


1.



昨日はオレとリボーンが付き合い始めて1年経った日だった。
女の子でもあるまいし記念日だとはしゃぐ気持ちはなかったけれど、それでも色々あって付き合い始めたオレたちだからその日を大切に思っていたのだ。
リボーンはモテるけど、オレには本気だと言ってくれていた。
オレは何をするにも不器用でうまくいかないことが多いダメツナで、正直最初はリボーンが苦手だった。自分と真逆のタイプだから逃げてばかりいた。
それがひょんなとこからリボーンに付き纏われはじめ、押し切られる形で恋人として付き合うこととなった。リボーンとは男同士だからムリだと言ったオレに気にしない大切にするとも言ってくれたっけ。
本当に嬉しかった。
乏しい知識ながら男同士の付き合いについて情報を掻き集めたオレは、リボーンが手を出さないことを不審にも思っていなかった。
だって男同士のエッチは触りっこぐらいが精々で、男女のセックスのようなことはないのだと聞きかじっていたのだ。
それにしても触りっこすらしないことに不満はあった。
折しもお付き合い記念日が目の前にある。これは絶好のチャンスではないかと閃いた。
1ヶ月前からそれとなくリボーンに話をしたり、その日を空けてくれるように声を掛けたりとオレなりに働きかけもしてみた。
だから一度も使ったことがないリボーンから渡された合鍵でマンションに忍び込んだ時には、ドキドキとワクワクで胸がはちきれそうになっていた。
リボーンには仕事から帰ってきたらケータイに電話をして欲しいと伝えてある。
しかし今、オレはリボーンのマンションに居るのだ。
いつでも転がり込んで来いと言われていても、互いに仕事を持っているから時間の都合がつかないことが多い。リボーンに嫌われたくないという欲も出てきはじめた。
そういう建前というグダグダした気持ちを吹き飛ばすほどの勢いに身を任せている自分に驚いている。
今日こそは!と意気込んで息を吐き出すと、ガチャリという錠前をいじる音が聞こえてきた。
とうとうリボーンが帰ってきたのだ。
テーブルの上には以前リボーンが美味しいと言ってくれた卵焼きとクラムチャウダーがある。
卵焼きは中学生のときに調理実習で習ったもので、クラムチャウダーは材料を切って炒めて混ぜていくだけだからどうにか出来た。見た目はアレだが味はいい。教えてくれた会社の同僚に感謝しなければ。
そんなことを思いながら物音が聞こえる玄関に近付いていく。
驚かせたいから足音は立てないように慎重に玄関まで身を乗り出すと、廊下の向こうに見える玄関の明りの下には2人の人影が見えた。
誰か友だちでも呼んできたのだろうか。2人きりになれなかったことを残念に思いながらも視線を上げて声が漏れた。
一人はリボーンで、もう一人は。
オレの声に気付いた2人はこちらに視線を向ける。
抱き合い、キスを交わしていたことがはっきり分かる濡れた唇。女性の高揚し潤んだ瞳は欲情していた。
何も言わなくてもさすがにこの状況は理解できる。
裏切られたというより、やっぱりなとどこか納得した自分がいた。
慌てて女性から身体を離すリボーンと、それを不満そうにこちらを睨む女性から顔を背けるとキッチンへと足を向ける。
テーブルに置きっぱなしだった合鍵を掴んで廊下に戻ると、リボーンたちがいる玄関へと踏み出した。
動揺しているから足音が荒くなっているのが分かる。
情けなくて、悔しくて、それを誰にぶつけることも出来ない自分が惨めだった。
下駄箱の隅に隠していたオレの靴を掴み取ると無言で足を入れる。
声も出ない様子のリボーンに顔を向けると手の中の鍵を押し付けた。

「なんか悪いところに来ちゃってごめん。もう来ないし。さよなら」

ボソボソとどうにかそれだけ声に出すと玄関から飛び出した。
泣かずに言えてよかった。
みっともないところを見せずに済んだ。







「だから、別れたよ」

忠告という名の呪いにも似た助言を、会う度にしてくれていたスカルにそう告げる。
言われた通りに別れたのだからよかったとでも言ってくれてもいいのに、スカルはバカみたいに口を開けたまま目を見開いてオレを凝視していた。

「……なんだよ、何か言えって」

まるで本当は別れるなんて思ってもいなかったような顔でオレを見るスカルにカチンときてそう呟くと、正気を取り戻したスカルはテーブル越しに間を詰めてきた。
手を握られて近付いてくる顔に驚いていると、後ろから獄寺くんがスカルの肩を蹴り上げた。

「ちょ、大丈夫!?」

いつの間にオレの背後にいたのか気付かなかった。おかしい、彼は別の仕事を仕切りのかなり向こう側でしていた筈なのに。
スカルとは学生時代からの付き合いとはいえ仕事の話は別だからと、わざわざ仕切りのある方に移動して話をしていたのだ。
ネットワークやその他諸々のセキュリティをしている会社に就職したスカルとは大学時代に知り合った。職場は別だが縁あってこうして仕事場で再会したのだ。
気の置けない友人として色々と相談に乗ってくれたり、お節介を焼かれていたりする。
リボーンとはスカルの会社の同僚で仕事を通じて付き合うようになった経緯もあり、一応話をしておいた方がいいかと思ってこうして恥を忍んで言ったのに。
周囲に視線を向ければ興味津々といった顔でこちらを覗き込んでいる。
これはみんなに聞かれたなと内心で深いため息を吐くと、床に転がっているスカルに手を差し伸べた。

「お前、本当に別れたのか?その……先輩がそんなに簡単にお前を手放すとは思えないんだが」

獄寺くんの足跡がはっきりと残るシャツを払ってやると、スカルはそんなことを言いだした。
ちなみに獄寺くんというのはオレの補佐をしてくれている、こちらも学生時代からの親友だ。当たり前のようにオレの後ろに立つとスカルを睨みつけたまま動こうとしない。
仕切りの向こうで聞き耳を立てているだろう気配を感じながらも返事をした。

「うーん……でもさ、オレ達付き合ってなかったのかも。オレだけ舞い上がってたみたいだ」

よくよく思い返してみればそうなのかもしれない。オレの一人相撲だったのだろう。
情けない顔で肩を竦めていると、スカルは思い切り手を左右に振って迫ってきた。
今度はオレの手を握る前に獄寺くんの足が飛ぶ。
キャラが立ってるなぁと半ば感心しながら再度床に沈んでいくスカルに慌てていると、スカルはめげずに顔を上げた。

「お前何言ってるんだ?!あの鬼ち……いや、俺様何様の先輩がお前を口説き落としたから付き合いはじめたんだろ!」

そう言われると恥ずかしいが、傍から見ればそう感じたのだろうか。
どうにか椅子に座り直したスカルは納得できない様子でブツブツと何かを呟いている。
何を言われても撤回する気はないからと言うと仕切りの向こうから一斉に声が掛った。

「しつこかったもんな!切れてよかったぜ!」

清々したよな!と山本に爽やかに言い切られると物悲しくもある。
中学からの親友兼オレの右腕を(何故か)獄寺くんと競い合っている山本は、獄寺くん同様オレの下についてくれている。そんな彼は裏表のない性格をしていた。つまりは言葉に忌憚がない。
彼から見てもオレとリボーンは不釣り合いだったらしいと知って今更だがショックを受ける。
へにょりと眉を寄せて泣き笑いの顔をしていれば、今度は横から手を握られた。

「大丈夫です、オレが居ます!」

「え……?」

身体まで引き寄せられそうになるも、後ろで控えていた獄寺くんがランボの前頭部を指で掴んで締め上げた。
ギリギリと音がしそうな締め上げに慌ててストップをかけていれば、今度はランボの後ろから声が聞こえてくる。

「……私、今日ひま」

ポツリと呟いた声に顔を上げると、クロームが恥ずかしそうに俯いていた。
言葉数は少ないものの、オレを気遣うクロームに驚いて瞼を瞬かせる。

「あり、がとう…クロームは出向中の身なのに、気を使わせてごめん」

オレの勤めている会社は母体が大きく、子会社が幾つもある。その子会社のひとつから業務提携をする地ならしとして出向中のクロームは、オレの下で勤めながらも別の会社にも席がある。
クロームを送り出した子会社の上役を思い浮かべてしまい慌てて頭を振るとスカルに向き直った。

「ま、気にするなっていうのもムリかもしれないけど、少しほっといてくれるかな。これまで通り仕事はお願いするし、私情を挟むつもりもないんだ」

仕事の関係上会わない訳にはいかないが、プライベートと仕事を混同させるつもりはない。こんな話をしたのはそれを伝えたかったからだ。
スカルはリボーンと同僚というだけではなく、部下としてこの会社に出入りすることが多い。だからこそ先に言っておくべきかなと思った。
友人として理由も分からず使いっパシリにされるのは見ていて忍びない。
今日はリボーンもこちらに来る予定だったが、スカルが一人で来たところを見るにオレと会いたくなかったのだろう。お互いが落ち着くまでこんなことを繰り返していたらスカルにはいい迷惑だ。
ごめんなと謝ると複雑そうな顔でため息を吐かれた。理由が分かったとしても迷惑なことに変わりはない。

「言いたいことは色々あるが……まあなんだその、今度はいいヤツが見付かるさ」

「うん……」

今はまだ考えられないけど、そう言ってくれるスカルの気遣いが嬉しくなって顔が歪む。ここで泣いたら情けないと堪えていれば、後ろから獄寺くんがずずいっと顔を寄せてきた。

「やけ酒、やけスナック菓子、なんでもお付き合いします!」

鼻息も荒く誘ってくれる獄寺くんにどうにか笑い掛けることが出来た。こんな情けない自分を気にしてくれる人がこれだけいることを実感する。

「ありがとう、嬉しいよ。でも今日は教官コンビの説教が待ってるんだ……オレ、あの2人の言うことを聞かなかったから叱られてくる」

泣き笑いみたいな顔で肩を竦めると、獄寺くんはガクリと肩を落として後ろに戻った。
それを聞いたスカルが素っ頓狂な声を上げる。

「なっ、ラル姐さんとコロネロ先輩はもう知ってたのか?!どこ情報だ……!」

多分コロネロからだろうと思っている。
コロネロとリボーンは水と油のように反発しあう癖に、妙なところで気が合うというか趣味が似ていた。
リボーン曰く、自分が納得した物件の隣に何故かコロネロが転がり込んできたと。しかしコロネロから訊くと全く違う不動産会社で探し、ここぞと決めて入居してみたら同じ日にリボーンも越してきたと言っていた。
気が合うんだか合わないんだか分からない2人だ。
つまり昨日の一件を同じアパートの隣に住んでいるコロネロが見てしまったのだろう。
恥ずかしいところを見られたと思えど、説明する手間が省けたのも事実だ。
ありがたいかありがたくないかは別として。
抜け駆けだと憤るスカルにナイナイと手を横に振って否定する。

「いや、ラルって綺麗だけどコロネロと付き合ってるんだろ?別れたばっかだしラルと付き合いたいなんて思ってないって」

「いや、そっちじゃなくてだな…」

言い難そうに言葉を濁すスカルに首を傾げていると、獄寺くんが話に割り込んできた。
時計を見ればもう昼だ。
きりのいいところでお開きとなった。




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